第87話 車狂いのスパルタ運転指導
『30キロで縁石に突っ込み、クラッチも何もかも離してブレーキだけを力一杯踏み込みます。ぶつけても錬金術で修復できます。恐れず練習しましょう!』
結局10回くらいやってやっと成功した。停止する時はクラッチを踏むという染みついた行動は変えられないものなのだ。
『狭路を通ろう 報酬 使い捨て容器 紙袋 ビニール袋 クレープ包み紙』
「うわぁ。めちゃくちゃ嫌だー。」
狭路ってあれでしょ?クランクとかS字…って、この車でやるの?!マジで?
「いいから!やるよ!」
佐々木さんがスパルタである。いつもの彼からは想像できない程の強い口調なのだ。彼は車に乗ると性格が変わるタイプかも。
何度も乗り上げたりしつつやっとこさ成功である。
『坂道を作ろう アイテムボックス(湖の管理人室)』
「うわあー。やだあ。」
「いやいや、作るの君じゃないでしょ」
佐々木さんはサクッと坂道を作った。
『坂道発進をしよう スパチュラ クレープヘラとトンボ』
「何気に報酬しょぼいんだけどお!」
「文句言わない!」
強い口調にビクリとする。
イベントだからやらないと。教えてもらってるのに迷惑かけちゃだめ。
私は意を決して坂道を中程まで登る。
私は教習所で習った坂道発進の手順を何度も頭の中で繰り返す。よし、やるぞ。
「うわあ!エンストした!下がる!!」
「いやすぐブレーキ踏めばいいでしょ!はい、もっかいサイドブレーキ!」
や、やり直しだ!
サイドブレーキをしっかり引く。
ギアを一速に入れ半クラッチ。
アクセルを踏みながらサイドブレーキを解放。
「あああ!何で?何でエンストしてないのに下がるの?!」
「アクセルもっと踏んで!!」
私はもう一度止まって最初からやる。
落ち着け。落ち着け。
まずはサイドブレーキ。
佐々木さんは腕組みして人差し指で自分の腕をトントンしながら私を待つ。佐々木さんの苛立ちが伝わってくるのだ。
私は怖くて頭の中から手順が抜ける。次何だっけ。どうしよう。パニックになりかけた私に佐々木さんは言った。
「早く。やらなきゃ終わらないよ?」
佐々木さん、教習所の先生よりかなり怖い…こんな人が助手席に乗ってたら運転できないよ…。
『教習所なら訴えられるレベルですね。アオ、助手席にもブレーキつけましょう。』
「え?僕厳しい?ごめん…優しくするから訴えないで。」
いや訴えないよ?!
結局かなり苦労して坂道発進を習得した。
『路上パーキングを作ろう アイテムボックス(湖の売店)』
「うわぁ。縦列嫌い。」
佐々木さんはため息を吐いた。
「じゃあ何が好きなの?やらなきゃ終わらないでしょ?こんなんで運転したら地球で事故るよ?」
やだ。怖いよ…これから運転するたびに毎回怒られるんだ…。
思わずハンドルを握る手に力が入る。
『大丈夫です。アオは車狂いなので莉緒にハンドルを握らせません。』
それって信用して貰えないって事だよね。何もさせてもらえないって事だよね?
やだな。めっちゃやだ。この人と一緒になったら私ポンコツだから一生怒鳴られっぱなしかも。私は何をしてもダメな人間だと、ずっと支配されてしまう。
頑張らないと。文句言わずにちゃんと努力しないと。そう思えば思うほど気持ちは悪い方向へ。
「あ、ちょ。泣かないでりお。ごめん。怒らない様にするから。休憩しよ。ご飯しよ。」
ダメだ。泣くとか最悪だ。大丈夫、佐々木さんはあんまり嘘がつけないだけだ。その分きっと信頼できる。
「泣いてないよ?で、でもちょっとお腹空いたかな!休憩しよっか。ご飯食べたら頑張れるから!」
「ごめん。ごめんね。」
とにかく、今は泣き止まないと相手が困ってる。泣くのは卑怯だ。私最悪だ。
早く切り替えないと!
私は震える口角を必死で持ち上げる。
「車教えてくれてありがとね!めっちゃ助かる。次はちゃんとするから。迷惑かけてごめんね!」
私は家の前まで来て停止し、エンジンを切る。
「ごめんね。面倒かけた。根気よく教えてくれてありがとう。」
私はめっちゃ元気に笑う。
佐々木さんはシートベルトを外した私を抱き寄せ、背中をさすった。
「ごめんね。怖い思いさせて。今日はやめとこ。ご飯食べて地球戻ろ。」
「うん。ごめんね。面倒臭い女で。」
佐々木さんがぎゅうっと私を抱きしめた。
「りお…」
彼の呼吸が、私の耳元で乱れた。
それから私からそろりと離れた。
私は彼の腕を掴む。上目遣いに覗き見た彼の顔はとても切なそう。
ちょっとだけ背伸びをしようとしたら、彼はふいと横を向いた。彼の瞳が、何かから逃げるように揺らいでいた。
あの朝と、まるで違う態度。
その時永遠の声が。
『自宅にガレージを作ろう 冷蔵ショーケース×3』
「ええ?!りおに車庫入れさせる気なの?!無理でしょ!だいたい何でガレージ?!線引いて練習すればいいよね?!」
「うわー。台無し。」
私達は家の横にガレージを作り家に向かう。車から降りていたのでイベントは出なかった。私は追うように佐々木さんの隣に行く。彼の左手に触れようとした私の手は空を掴む。
佐々木さんが目の前で消えた。




