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第十一章 紺碧のテチス海と深海の巨人

「陸上モード解除、潜水モードへ移行!」

 そーすけが操作パネルのレバーを引くと、潜水艇のクローラーが格納され、代わりに左右から流線型のフィンが突き出した。 潜水艇は赤い断崖を滑り降りるようにして、広大な「テチス海」へとダイブした。

 ドボンという衝撃とともに、視界は一気に鮮やかなコバルトブルーに染まる。

「きれいだ。さっきまでの乾燥した大地が嘘みたいだ」

 窓の外には、温かく透明度の高い海が広がっていた。水温計は二十八度を指している。今の地球の熱帯の海よりもさらに暖かい。海底には色鮮やかなサンゴの仲間や、ユリの花のようなウミユリが群生し、その間をアンモナイトたちがプカプカと浮遊している。

「よし、深度を下げよう。三畳紀の海には、とんでもなくデカい『ぬし』がいるはずなんだ」

 潜水艇が水深二百メートルを超えたあたりで、ソナーが「巨大な物体」を捉えた。

「出た! ショニサウルスだ!」

 そーすけは思わず声を裏返した。 前方の暗がりに、まるで巨大な潜水艦のようなシルエットが浮かび上がったのだ。 体長は優に二十メートルを超えている。現代のジンベイザメの大きさを遙かに超える三畳紀最大の魚竜だ。

「図鑑では見てたけど、実物はなんて大きいんだ。まるで巨大なラグビーボールにヒレがついたみたいだぞ」

 ショニサウルスは、陸上のトカゲに近い仲間から進化した爬虫類だ。しかしその姿は、魚に近い流線型へと作り変えられている。 大きな目が潜水艇のライトを反射して不気味に光る。深海のわずかな光を捉えるために進化した、直径二十センチを超える巨大な目だ。

 次の瞬間、その平和な巨人の背後から、不穏な影が高速で接近してきた。

「あれはキンボスポンディルスだ! こいつら、ショニサウルスを狙ってるのか?」

 現れたのは体長十メートルほどの、細長い体を持つ別の魚竜だ。ショニサウルスのような厚みはないが、ウナギのようにしなやかな体つきと、ワニのように長く鋭い顎を持っている。

 三頭のキンボスポンディルスが、まるでオオカミの群れのように、巨大なショニサウルスの周囲を取り囲んだ。

「くるぞ、海の中の生存競争だ!」

 キンボスポンディルスの一頭が、電光石火の速さでショニサウルスの尾びれに食らいついた。 ショニサウルスが巨体をよじると、海中に凄まじい衝撃波が走り、潜水艇がグラリと揺れる。

「すごいパワーだ……! ショニサウルスは歯がないタイプだと思ってたけど、この巨体そのものが武器なんだ!」

 ショニサウルスは逃げるのではなく、その圧倒的な質量を活かして反撃に出た。 巨体をひるがえし、一頭のキンボスポンディルスの脇腹へ体当たりを食らわせたのだ。ドォン!という鈍い音が水を通じて響き、キンボスポンディルスはたまらず海水の泡を吐き出しながら吹き飛ばされた。

 さらにショニサウルスは巨大な尾びれを一振りし、周囲の水を激しく打つ。その圧力だけで残りのキンボスポンディルスたちは隊列を乱し、海の深くへと退散していった。

 

「ふぅ、心臓が止まるかと思った」

 そーすけは手に汗を握っていたことに気づき、ゆっくりと息を吐いた。 静けさを取り戻した海で、ショニサウルスは何事もなかったかのように再び深海へと潜っていく。

「陸では恐竜たちが進化を始めて、海では爬虫類たちがこんなに巨大な王様になっているんだな。一度は陸に上がった生き物たちが、また海に戻って、クジラよりもずっと早くこんなに大きくなるなんて、進化って本当に予測がつかないな」

 そーすけは去りゆく巨人の背中を見送りながら、命の不思議さに深く感動していた。 過酷な絶滅を乗り越えた地球は今、陸でも海でも次の時代の支配者を決めるための壮大な実験を繰り返している。

「よし、次はもっと時代を進めよう。三畳紀が終われば、いよいよ恐竜たちが地球を完全に支配する『あの時代』がやってくるんだ」

 そーすけが計器に手を伸ばしたその時、潜水艇の外部マイクが海水の変化を告げる不気味な地鳴りを拾い始めた。 海底火山が赤く光り、海流が激しく乱れ始める。

「まさか……三畳紀の終わり、また『大絶滅』が来るのか?」

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