第十章 三畳紀の赤い大地
潜水艇の窓を覆っていたまばゆい白光が、ゆっくりと引いていく。
ペルム紀の終わり、あの「死の海」の光景が嘘のように、視界には全く別の色彩が飛び込んできた 。
「……熱い。それに、水がないぞ?」
そーすけは計器を確認した。外部気温は40度を超え、潜水艇の周りには海水ではなく、カラカラに乾いた空気が満ちている。モニターの時代表示には、はっきりと 「中生代 三畳紀(トリアス紀)」 の文字が浮かび上がっていた。
「潜水艇、陸上走行モードに切り替え!」
そーすけがスイッチを押すと、潜水艇の横から頑丈なクローラー(無限軌道)がせり出し、赤い大地を力強く踏みしめた。
窓の外に広がるのは、見渡す限りの荒野だ。遠くには背の高いソテツやイチョウのような植物が、陽炎の中にぼんやりと見えている。空は、今の地球よりも少しだけ赤みを帯びた、不思議なオレンジ色をしていた。
ガタガタと潜水艇を走らせていると、岩陰から奇妙な生き物が姿を現した。体長1メートルほどで、丸っこい体つきに、イノシシのような短い牙を持っている。
「あ、リストロサウルスだ!」
そーすけは、図鑑の知識を思い出しながら声を弾ませた。
彼らはペルム紀の大量絶滅を生き延び、この三畳紀初期に大繁栄した「サクセス・ストーリー」の持ち主だ 。
過酷な環境を耐え抜いたその姿に、そーすけは力強い生命の息吹を感じた。
しかし、その平和な光景は一瞬でかき消された。リストロサウルスの群れが、何かに怯えるように一斉に逃げ出したのだ。地響きとともに、ソテツの茂みをなぎ倒して現れたのは、三畳紀の陸上の覇者、ポストスクスだった。
「で、でかい……! ワニみたいだけど、足が長くてまっすぐ立ってる!」
目の前に現れたポストスクスは、体長5メートル を超える巨大な捕食者だ。ワニに近い仲間だが、今のワニのように地面を這うのではなく、恐竜のように四肢を体の真下に伸ばして、堂々と歩いている。その分厚い皮膚は赤い泥で汚れ、鋭い眼光は獲物を確実に捉えていた。
標的となったのは、リストロサウルスよりもずっと大きな巨体を持つ草食動物、プラケリアスだ。
牛のような体格に、突き出した大きな牙。プラケリアスは逃げ切れないと悟ったのか、ポストスクスに向かって牙を突き出し、低い唸り声を上げた。
「くるぞ……!」
そーすけは操縦桿を握りしめ、固唾をのんで見守った。
ポストスクスが電光石火の速さで突進した。巨体からは想像もつかない瞬発力だ。プラケリアスも必死に応戦し、鋭い牙でポストスクスの側面を突こうとする。しかし、ポストスクスはしなやかな動きでそれをかわすと、プラケリアスの首筋に向かって、巨大な顎をガバッと開いた。
バキッ!と、骨の砕けるような鈍い音が潜水艇の中まで響く。
ポストスクスの強力な咬合力(噛む力)が、プラケリアスの厚い皮膚を貫いたのだ。プラケリアスは激しく身悶えし、赤い砂埃が周囲を包み込む。力と力がぶつかり合い、乾いた大地に生々しい生命の闘争が刻まれていった。
やがて砂埃が静まり、勝敗は決した。ポストスクスは誇らしげに咆哮を上げ、獲物を引きずって茂みの奥へと消えていった。
「すごい……ペルム紀であんなにたくさんの生き物がいなくなったのに、たった数百万年で、こんなに強くてかっこいい生き物たちが現れるなんて。」
そーすけは、自分の胸が高鳴っているのに気づいた。大量絶滅は悲しい出来事だったけれど、それがなければ、このポストスクスのような新しい主役たちは生まれなかったのかもしれない 。
「地球は、何度でもやり直すんだ。絶滅は終わりじゃなくて、新しい物語の始まりなんだね。」
ふと見ると、ポストスクスが去った後の地面を、小さな、二本足で走るトカゲのような生き物が横切っていった。それは、まだ誰にも注目されていない、生まれたばかりの「恐竜」の祖先だった。
そーすけは、次なる冒険に向けてアクセルを踏み込んだ。
この赤い大地の先には、一体どんな進化の驚きが待っているのだろうか。




