風と共に来た人は
乾いた風の吹く日にそいつは来た。
「ハ〜イ、天才くん。麗しの姉弟子様が来てあげたわよ〜」
うげっ、デネボラじゃねえか。
陽気に手を振る金髪の美女。
バーンと豊かな胸と腰、砂時計のようにくびれたウェスト。
ぱっと見二十代に見えるが騙されてはいけない。
実際には俺の倍以上生きている化け物だ。
やだなあ、こいつ苦手なんだよな。
「何しに来たんですか」
「ん〜、その言い方可愛くな〜い。愛想が足りない。ほら、スマイル、スマイル」
俺の頬肉を摘もうと両手を伸ばしてくるから、容赦なくはたき落とす。
「やめて下さい。そういうじゃれ合いは要りません」
「スキンシップは幾つになっても良いものよ」
黙れ、痴女。
「用件は何ですか。もしや師匠に頼んだ件ですか」
ちょっとばかり不適格な人材かとは思うが、勇者の世話役を交替してくれると言うのなら…。
「そうそう、その件ね。勇者の世話役を…」
マジで?
替わってくれる?
「交替は出来ないんだけどぉ」
なんだ。
期待させんなよ。
「魔法の指導なら手伝ってあげてもいいかなって。ほら、私そっちの専門だから」
「ああ、そうでしたね」
「魔力があるのに上手く使えない子は魔女っ子デネブちゃんにおまかせよ☆」
そのポーズと名乗り、恥ずかしいから止めてくんないかな?
同門の姉弟子、デネボラ・スターリット。
三角帽子に黒マント、ミニスカワンピにロングブーツと長手袋。
黒ずくめのコスチュームを髑髏型のシルバーアクセサリーで一層尖らせた、どこからどう見ても変人である。
一見すると悪の組織の女幹部、でなければ危ない性癖持ちのお色気女。
これで実態は3歳〜7歳の幼児に魔法を教える幼児魔法教育研究家だっていうんだから、見た目と中身の一致しない人である。
俺が保護者なら、こんな怪しげな見た目の者に子どもの教育を任せようとは思わないのだが、意外と人気があるらしい。
世も末だな。
とりあえず有能なのは間違いないので、魔法トレーナーとして勇者に紹介しよう。
※
「というわけで、魔法指導のためにお越しいただいた魔女デネボラだ。一応、俺の姉弟子で身元は確かだ」
「ハ〜イ、勇者くん。デネボラよ。デネブちゃんって呼んでね☆」
「デ、デネブちゃん?」
「無理するな。デネボラでいい」
初対面の挨拶で両手を掴んで上下にブンブンされて、押され気味の勇者である。
「あ、あの、デネボラさん?」
「デネブちゃんでいいのよ〜」
「デネブちゃんさん…? ちょっと距離が近いというか…」
勇者、腰が引けている。
無理もない。
ピュアな青少年に押しの強いオバサンとのコミュニケーションは荷が重かろう。
だがこれは必要な事なので、痴女のセクハラから救ってはやれないのだ、すまんな。
「ん〜、これはね、手のひら越しに魔力を送って、勇者くんの状態を診断しているの」
「診断? デネブちゃんさんはお医者さん?」
「魔力の流れを診てるんだけどね。怪我や病気もわかるわよ。ドクター・デネブと呼んでくれても良いわよ〜」
ふざけた服装とふざけた言動にも関わらず、彼女は本当に魔力診断が出来るウィッチドクターである。
「勇者くん、体はどこも悪くないみたいね」
「あ、はい。こっちに来てから絶好調です」
「だけど魔法の出力にムラが有りすぎるって話よね。ん〜、大体分かった、かな?」
デネボラは勇者の手を離し、ニッと笑った。
魔女らしく、不敵に。
「貴方のお悩み、魔女っ子デネブちゃんが解決しちゃう☆」
だからそのポーズと名乗りを止めろや、オバハン。