表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/37

勇者は決意しました

「そっかー。リヒトくんの『浄化』は洗濯機方式だったかー」

 聖女がなんか言ってる。

 おコメ教なるものを信奉している少し変わった人だ。

 コメを発見する前は陰陰滅滅としていたが、今は明るくフレンドリーな雰囲気に変わっている。

 同郷の勇者と比較すれば精神年齢が高く、付き合いやすい人物と言える。


 本日はアンデッド討伐のため、聖女組に同行している。

「よーし、今日はお姉さんの『浄化』を見せてあげよう!」

「わ〜、頑張って〜」

 胸を張る聖女。

 拍手する勇者。

 明るい二人とは対照的にダンジョン内部は暗黒の気配で満ちていた。


「いつ来ても嫌な場所だ」

 俺がポツリと呟くと、勇者が耳聡く反応する。

「来た事あるの? 墓場ダンジョン」

「まあ、それなりにな」

 アンデッドばかりが出現する通称『墓場ダンジョン』。

 別に元から墓地だったわけだはない。

 何の変哲もない農地だったり、分け入る人もない砂漠の奥などに脈絡もなく発生する地下迷宮だ。

 今回は牧場に出現した。

 そのせいでウシの乳の出が悪くなり、早急な対処が求められている。


「墓場ダンジョンってさ、カビ臭いよね。丸洗いしていいかな、『浄化』で」

「よせ、やるな、却下だ」

 俺とゾンビを一緒に水でかき混ぜたら、俺はお前を消すぞ?

 笑い事ではないのだが、聖女はケラケラと笑った。

「今日はリヒトくんの出番はないってば。何か出たら私が…言ってる側から何か来たみたい」

 聖女の表情が引き締まる。

 気配を感じたか。

 俺はもっと早く気づいていたがな。


 通路の角を曲がって、ゾンビの群れが現れた。

「カビ臭い空気もまとめて退治するね。『清霧浄化(クリアミスト)』!」

 聖女の手にある聖杯から霧が噴出した。

 淡く光る霧が噴き出す、噴き出す、噴き出す…。


「バル○ンみたいだね」

 勇者がなんか言ってる。


 辺り一面、霧に包まれて何も見えない。

 ただ禍々しい気配が一つまた一つと消えていくのがわかる。


「もう大丈夫かな。『邪悪一掃(クリアイーヴィル)』」

 聖女が聖杯を腰だめに構えた。

 光る霧が聖杯の口にぐんぐん吸い込まれていく。

 霧の中に混じっている何か固形物も一緒に聖杯の中に消えていく。

 気のせいか、聖杯より大きな物体も吸い込まれていたようだが、目の錯覚かもしれない。


「ダイ○ンみたいだね」

 勇者がなんか言ってる。


 墓場ダンジョンは見る見るうちに清められていった。

 これが聖女の『浄化』。

 光る霧がすっかりなくなる頃には、なんという事でしょう、あのカビ臭かったダンジョンが、まるで新築の礼拝所のようにピカピカに。


「ビフォー○フターみたいだね」

 勇者がまたなんか言ってる。


「ふう、こんなもんかな」

 聖女が額の汗を拭う仕草をしてみせる。

 時間にして30分もかかってないが、成果は十分だ。

「なかなかの手際だった」

「お見事です、聖女様」

 俺とシスター・フィリスが率直な感想を述べると、聖女は照れたように笑った。

「これしか出来る事ないから。頑張らないとね」

「モモネさん凄いよ! ところで、サーモって人を褒めたり出来るんだね。僕も頑張ってるんだけど、たまには褒めてくれてもいいんじゃないかな?」

 勇者がなんか言ってる…と流すべき所だがしかしムカつくなあ!

 寛容の精神の修行中なんだがなあ!

 お前に褒める所などないって言っていいかなあ!

「お前に褒め」

 言いかけて言葉を切った。


 ゾンビどころではない忌まわしい気配が急速に接近していた。

「来る!」

「…っ!はい!」

 俺に一拍遅れてシスター・フィリスも気づきメイスを構えた。

「えっ?」

「何? なんか来るの?」

 召喚者二人は分かっていない様子。

 異世界人には感じ取れないのだろうか。

 あの恐るべき霊気が。


 それはゾンビと同じ通路の角を、ゾンビの数十倍の霊圧を放ちながら猛スピードで向かってきた。

『むすこよ〜、むすめよ〜』

 うるせぇ、こっち来んな。

「結界を張れ!」

「あ、うん、わかった!」

 勇者が結界を展開する。

 コイツの結界は破れまい、俺でさえまだ破れないんだからな!

 結界の外側にペタと貼り付いたのは…。

『わがむすめ〜、わがむすこ〜』

「お年寄り!?」

 爺婆の霊集団であった。


『わがこよ〜、わしじゃ〜』

 知らんな、赤の他人だ。

 さほど邪悪な様相ではないが、やはり亡霊なので気持ち悪い。

 おまけに空気がひんやりする。

 寒い。

「何これ!?」

「通称『アンデッド老人』。寿命で死んだ浮遊霊の集団だ。魔王と関わりのない単なる死霊だが、墓場ダンジョンに惹かれて集まってくるんだ」

 そう、何故か墓場ダンジョンが出来ると爺婆の霊が引き寄せられてくる。

 そして攻略しに来た若者を自分達の家族だと勘違いしてくっついてくるのだ。

『よめ〜、まご〜、むすこ〜』

「やかましい! 離れんか! お前らの孫でも息子でもないわ!」

 死んだくせに何を血迷っとるか。

 現世に執着せずに、サッサと昇天しやがれ。

「これ、どうしたらいいの!?」

「神の御本へ送って差し上げるのです。放置すると悪霊になってしまいますので。『死霊退散(ターンアンデッド)』」

 シスター・フィリスが神聖魔法を放つ。


 そう、この『アンデッド老人』の恐ろしい所は早期に駆除しないと魔力を吸収&蓄積して有害なモンスターに進化してしまう点である。

 平常時ならさほどの脅威ではないが、魔王が活性化しているこの時期、霊体が魔力を吸収しやすい環境になっている。

 現に今、空気がやけにひんやりと冷たいのはドレイン(微)がずっと続いているからだ。

 死霊は近くにいる生き物の生気を僅かずつだが恒常的に吸い取っているのだ。


 シスター・フィリスの神聖魔法を喰らって何体かのジジイが消滅…もとい昇天する。

『もういちど、まごをだきたかった〜』

『よめにえいえんのあいを〜』

 ここにお前たちの孫も嫁もいない。

 さっさと往ね。

『わがたからのまいぞうばしょは、あさひさす、ゆうひかがやく…』

 変な事言ってるジジイもいるな。

 往ね。

「『霊体破壊(ブレイクスピリッツ)』!」

 魔法使いは神聖魔法を使えないので、霊体をぶっ壊す方向性で対処する。

 魔力吸収して肥大化した部分を吹き飛ばせば、軽くなった魂は自然に昇天する仕組みだ。

『あ〜、としよりになんてことを〜』

『ばちあたりめ〜』

『これだからいまどきのわかいものは』

 うるせぇわ。

 往ね。


「『死霊退散(ターンアンデッド)』! うわーん、罪悪感が凄いよ。ごめんなさい!」

 聖女が半泣きで魔法を撃つ。

 聖杯から扇状に広がった光が亡者を消し飛ばす。

『泣かなくていいのよ』

『いいこ』

『ありがとうね』

「うわーん、おじいちゃん、おばあちゃん!」

 半泣きが本泣きになったな。


 一方、勇者は。

「たすけてー! ヤバいよ聖剣使えない! この人たちの魂まで砕いちゃいそうだよ!」

 己の破壊力がネックになり、結界を張ったまま身動きが取れない。

 その結界に夥しい数のアンデッド老人がへばりついている。

『まご〜』

『まご〜』

『まご〜』

「なんで皆さん僕を孫って呼ぶの!?」

 知るか。

 だが確かに異様に勇者の周りにだけ集まっている。

 次点で聖女。

 3番目がシスター・フィリスで、俺の前にはほぼいない。

「理想の孫に見えるのでは? 勇者様は優しそうですし。『死霊退散(ターンアンデッド)』」

 シスター・フィリスが淡々と爺婆をあの世に送りながら言う。

「わかる〜。『死霊退散(ターンアンデッド)』! お年寄りに可愛がられるタイプかも! おじいちゃんごめん! やるしかないからやる!」

 聖女は泣き止んだ。

 ヤケクソのように魔法を撃っている。

『まご〜』

『まご〜』

『まご〜』

「嬉しくないよ!」

 勇者、半泣き。

 まあ嬉しくないわな。

「とにかく除霊しまくるしかない! 『霊体破壊(ブレイクスピリッツ)』!」


 アンデッド老人はまだ邪悪に染まっていない霊なので、聖女の浄化には耐性があるらしい。

 地道な除霊作業に半日かかった。


 ダンジョンコアを回収してダンジョン自体の消滅を見届けた後。

 勇者が珍しく真顔で言った。

「魔王を討伐すれば、ああいった悲しいご老人は減るんだよね?」

 悲しいかどうかはともかく、アンデッド老人化する霊体は確実に減るだろう。

「認識を新たにしたよ。魔王は討伐すべきだ、1日も早く!」

 勇者は拳を握りしめて沈む夕日を見つめた。

 よっぽど嫌だったんだな、爺婆にへばりつかれて。

 わかるよ。

 だから嫌いなんだよ墓場ダンジョンは。


 聖女とシスター・フィリスは神に祈りを捧げている。

 アンデッド老人たちよ、安らかに眠れ。

 二度と出てくるなよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ