勇者が猫を返しません
会話及び回想での間接的な暴力表現が有ります。苦手な方はご注意ください。
前略 お師匠様。
秋の気配が深まる中、いかがお過ごしでしょうか。
報告が遅くなり申し訳ございません。
勇者は本日ダンジョンにて魔王の尖兵を討伐する事に成功しました。(と言っても最下級のゴブリンですが)
聖剣については性能を引き出しつつあります。
が、如何せん剣術において極端に未熟であり、使いこなすに至っておりません。
専門家に師事しての1日も早い技術習得が望まれます。
魔法に関しては結界を使いこなしており、習熟度は十分と思われます。
総合的に見て、魔法指導よりも剣術指導を優先すべきと考えます。
可及的速やかに、同行者の選定と交替をお願いします。
草々 サーモ・アリーナム
※
師匠への報告書に封をする。
師匠わかってくれるかな?
はっきり書いた方が良かったかな?
辞めさせてくださいって。
まあいいか。
ふんわり匂わせる程度で。
師匠は鋭い所があるから察してくれるだろ。
それより『前略 草々』にしたけど『拝啓 敬具』の方が良かったかもしれない。
それかもっと無機的かつビジネス風に徹するか。
何が師匠受けがいいか、やってみないと分からないからな。
変人を上に持つと苦労するぜ。
封蝋に指輪の印章
をペタと押して出来上がり。
後でカラスに届けさせよう。
「勇者様は大丈夫でしょうか」
シスター・フィリスが話があるというから聞いてみたら、勇者の件だった。
「ケガは無かったな」
疲労は多少あるだろうが、一晩眠れば回復するだろう。
あいつ寝るの得意だし。
シスター・フィリスはそうではないと言いたげに首を振った。
「心の負担が心配です。私も初めての討伐の後数日は物を食べる事が出来ませんでした。何を見ても屍肉に思えて」
ああ、そういう心配か。
人間型の魔物を初めて討伐した時、まるで人を殺めたかのような錯覚を起こし、苦しむというアレだな。
考えてみた。
あいつはゴブリン初討伐にショックを受けているか?
無いな。
「気掛かりなのはわかるが、勇者に限ってそれはあるまい。ああ見えて図太い神経の持ち主だ」
「それでも、です。気丈に振る舞っておられても、慣れない事なのです。誰かが側に付いて見守らなくては」
誰かって誰が?
俺が?
俺、あいつとは気が合わないんだが。
世話役も辞める気なんだが。
後任が決まり次第。
嫌だと言える雰囲気ではなかった。
仕方なく俺は勇者の部屋を訪れた。
勇者は窓際に座っていた。
さっきの話のせいか、奴の表情が心持ち暗いように見えなくもない。
とりあえず気晴らしに誘ってみるか。
「飲みに行くか?」
「お酒は飲んだ事ないし、元の世界だとまだ飲んじゃダメなんだよね」
勇者の故郷には意味不明な法律があるらしい。
年齢による飲酒制限はその一つだ。
二十歳未満は飲酒禁止だと。
旅の途中、水場から遠い所で、飲める物がワインしかなかったらどうするんだ。
草の汁でも飲むのか?
「じゃあ甘い物でも食いに行くか?」
「あんまり欲しくないかな」
もしや本格的に落ち込んでいるのか。
こいつにそんな繊細さがあったのか。
勇者の神経アダマンタイトで出来ていると思ってた。
少しは真面目にケアしてやるか。
「愚痴なら聞くぞ」
「愚痴っていうか、自分の中でもまとまってないんだけど、モヤモヤしてるっていうか」
「いいから話せ」
人に話しているうちに見えてくる事もある。
勇者はしばらくの逡巡の後、話し始めた。
「今日ゴブリン倒したよね」
「怖かったか?」
「全然」
勇者は首を振った。
「怖いとか気持ち悪いとか全然なかった。どこをどうやったら動かなくなるか、ソレばっかりで。ニオイは臭くて嫌だったけど、辛くはなかったよ」
ふむ、そうか。
「後半になると手応えもあって。狙った所に上手く当たると倒せるし。むしろ面白いと感じる瞬間もあって」
そりゃそうだよな。
「そんな自分ってどうなんだろうって」
どういう事だ?
「こっちに召喚された時、自分の中で決めたんだ。力を与えられたんだから、世のため人のために使おうって。この先嫌な事があっても、絶対に悪の道には走らない、善でいようって」
善悪や正義の基準は相対的に変化するものだけどな。
まあ言わんとする所は分からなくもないが。
「なのに生き物殺すのが楽しいってどうなんだろうと」
「狩猟は貴族の娯楽だぞ?」
釣りも娯楽にする人がいる。
獲物を取るのは基本的に楽しい事なのだ。
「そういうのとは違うよ。ゴブリンは食べられないんだし」
「食わないが、有害生物だから駆除対象だ」
「僕、元の世界では虫も殺した事なかったんだけど」
マジか!
「蚊とか蝿も?」
「殺した事ないよ」
「ノミやシラミも?」
「そんなのいなかったよ!」
信じられん。
どれだけ特殊な環境にいたんだ?
「言っとくけど僕が特別なんじゃないからね? 生まれた国が世界一清潔だっただけ。モモネさんも同じだと思うよ?」
理解不能。
虫がいないってどんな国だ。
そういうファンタジーな国の話はさて置き。
「話を元に戻すぞ。要するに、魔物を殺す楽しさに目覚めた自分に懸念を抱いている、と」
「うん。何だかこのままだと人殺しも平気になりそうで。そんなの人としてダメだと思うし。心にブレーキかけないと。でも戦闘は避けられないし。どうしたらいいのか」
「あのな」
俺は勇者の肩にポンと手を乗せた。
「俺も初めて討伐した時は楽しかった」
あれは十歳の時だった。
「父親に連れられてダンジョンに行ってな。その頃には魔法が使えてたんで、最初は魔法で倒してたんだが、だんだん詠唱が面倒くさくなってな。父親から借りたショートソード使ったらこれがいい感じでハマって」
ノリノリで父親と二人で殺りまくって、家に帰ったら母親に絶叫されたんだよな。
『その返り血はなんなの!』って。
「だからお前の感じた楽しさはよくわかる。面白いよな、討伐」
「そうなんだよ。スパーンと斬れると気持ちいいんだよ。でもゲームじゃないんだよ。殺戮なんだよ」
「安心しろ。お前は善性を失わない」
「なんで断言できる?」
できる。
なぜなら。
「繰り返すうちに嫌になるからだ」
ぶっちゃけ面白かったのは最初のうちだ。
百回、二百回とやらされればただの作業になる。
そして疲れて嫌になる。
ならない訳がない。
この勇者だぞ?
三日で飽きるわ!
「討伐に忌避感がないのはむしろ僥倖だ。その調子でサクサクやれ」
勇者が薄目で俺を見る。
「実はサーモが魔王なんじゃないかって気がしてきたよ」
なんでだ。
「もういいよ。寝て忘れるから。猫貸して」
なんでだ。
勇者は俺の猫を捕まえてサッサとベッドに入ってしまった。
『結界』
俺の猫が。
翌日になっても勇者は猫を返さなかった。
様子を見に来たシスター・フィリスに『猫抱いてたら安心して眠れた。アニマルセラピー凄い』などと笑って話している。
どうでもいいが、お前、猫返せよ。