「……………」
俺が使った『霊体召喚』の魔法陣は特別製だ。
召喚術師チームと死霊術師チームが滅多にやらない協力をして、レア素材と技術の粋を詰め込んで徹夜で作った。
この魔法陣で呼び出せないようなら、他に何をしても召喚できないだろう、そのくらいの最高傑作だ。
魔法陣がブゥンと振動して、直視できないくらい眩しい閃光を発した。
ズン、と世界が脈動するような、視界が一瞬ブレるような感覚に襲われる。
召喚ゲートが開いた証拠だ。
今この瞬間だけ、確かに時空が捻じれたのだ。
魔王城の方にも異変が生じた。
勇者が抉った切り口から閃光が漏れる。
ゴーレム魔王城、デーモンズ・キング・ジョーの動きが不自然に停止した。
閃光が消え、静かになった。
魔法陣の上にコトン、と音を立てて硬いものが落ちた。
コロンコロンと左右に揺れる、それは一個の魔石だった。
大きいが、形がいびつで、色が暗く、透明度も低い。
何か伝えたいのか、魔石内部で光が明滅している。
意味はさっぱり分からないが。
一つ言える事があるとすれば。
「ガンファンクル、お前の魂、濁ってる。魔石としての品質は粗悪。俺なら銅貨1枚でも買わないな」
※
「聖女、光の檻を解除してくれ。シスター・フィリスもアンカー回収してください」
「僕は?」
「少し待て」
撤収、撤収。
諸悪の根源を捕まえたので、もはやここに用はない。
ガンファンクルの薄汚い魂をハンカチ越しに摘んで魔力遮断容器に入れようとしていると、勇者が寄ってきた。
「その人、どうするの?」
「直属の上司に提出だな。その先はどうなるか俺にも分からん」
直属の上司は俺の師匠だ。
死霊術のプロだから、任せてしまえばいいだろう。
浄霊されるのか、何かに使われるのか、間を取ってゴーレム知識吐き出させてからあの世に送るのか。
上の方でも意見が割れそうだな。
「警察に引き渡す感じなのかな? なんかすごく怒って色々言ってるよ。『二つの王冠を戴く者に対して不敬である、敬意を払え』……何の話?」
「あー、称号か。一つ目の王冠は『魔王』だろ。二つ目は知らんけど、自分の事を『不死者の王』だと思ってたんじゃないか?」
「それで不敬って言われても、僕達この人の臣下でも国民でもないのにね」
まったくだ。
こういう非論理的な執着があるから、ゴーストは嫌いなんだ。
「おい、ガンファンクル、念の為教えておいてやるが、お前は『不死の王』じゃないからな。たまたまダンジョンコアにへばりついて死んだから、魔力の過剰供給で死体がいつまでも保存されただけだ。お前は死体に憑依して動かしてただけの、ただのワイトだよ。今はその死体からも引っ剥がされてるから、一段落ちてゴーストだな」
勇者がドン引きしている。
「うわあ、残酷。サーモって時々、魔王より魔王っぽいよね」
なんでだよ。
「分類学上の正解を教えてやっただけだろうが」
執着の元になってる誤謬を正してやったんだから、むしろ親切だろ。
魔石が激しく明滅し始めた。
「なんて言ってる?」
「聞きたくないような悪口たくさん。すごい大声で怒鳴ってるよ。サーモ、本当にこれが聞こえないんだね」
「霊体との親和性が低いからな」
子供の頃はもっとはっきり見えたし聞こえてたんだが。
師匠に弟子入りして、実習と称して墓場ダンジョンに連れて行かれて、すっかりゴーストが嫌いになった。
それ以来だな、霊体の声が聞こえなくなったのは。
「アンカー片付いたよ〜」
聖女とシスター・フィリスが撤収作業を終えた。
「よし、勇者、出番だ。あのデカブツ叩き壊せ」
「いいの?」
「残しておいてもいい事ない。バラバラにしろ。特に魔王がいた辺り、でっかいダンジョンコアがあるかもしれん。念入りに粉砕しとけ」
「分かった」
操縦者を失って動かなくなったゴーレムを勇者が切り倒す。
胴体を横薙ぎにされたゴーレムは大木が倒れるように倒れ、二度と起き上がらなかった。
「魔王城討伐完了。撤収する」
ダンジョンコアらしき巨大魔力結晶を粉々に壊し、回収できる魔石はアイテムボックスに回収、できない粉塵は聖女が聖杯で吸い取り何処へともなく消し去った。
もうここに用はない。
「……」
視線を感じる。
「………」
ものすごい圧を感じる。
シスター・フィリスから魔王ガンファンクルの魂を納めた容器へ『なぜその悪魔を滅ぼさないのですか? 貴方がやらないのなら私に貸してください、二度と生まれてこないように滅ぼします』という無言の圧を感じる。
「撤収!」
「…………」
見ないでください、これは証拠品なので上司に提出しなきゃならないんです。
「……………」
無言の圧、怖い。