首を洗って待ってろよ
〜魔王城深奥部〜
侵入者を適切に処理した後、魔王は思索に身を委ねていた。
無礼な若者に面と向かって指摘されるまで、己が死体となっている事に気づいていなかった。
飲食不要・睡眠不要な体に変わったのは魔力による生命維持であると思い込んでいた。
人から魔物に変容したという自覚はあった。
己が成ったものが魔王と呼ばれる存在である事も理解していた。
その魔物の王たる称号に満足さえ覚えていた。
だが死んでいるというのはいかがなものか。
この事実は己の尊厳にどのような影響をもたらすだろうか?
死体を動かす魔物と言えばゾンビ。
美しくない。
腐肉を引きずる知性のない下等な魔物、ゾンビは自分には相応しくない。
よって自分が成ったものはゾンビではない。
ワイト。
これもあまり美しくはない。
死体に霊体が乗り移り、動かすものである。
ゾンビよりはマシだが魔物の王たる自分に相応しいとは言えない。
よってこれも除外。
リッチ。
これなら受け入れても良い。
熟練の魔法使いが秘薬と秘術とを用いて成るものとされ、別名は『不死者の王』。
特別な薬や術を用いた覚えはないという点が些か引っかかりはするが、魔王城という特異な場が自然発生的にその主をリッチに変えたのだと考えれば説明がつかないわけではない。
よって己が成ったものはリッチであると見なす。
魔物の王にして不死者の王。
王冠を二重に得た事に深い満足を覚える。
学会からはリッチの亜種と見なされるかもしれない。
あるいはダンジョンの進化に立ち会った事が秘術に相当するのかもしれない。
魔王という存在について解明が進んでいないため、死者が魔王に成れば必ずリッチと化すのか、それともヴァンパイア等、別種の魔物にも成り得るのか、そこは検証を待つしかないが、魔法使いがその知性を維持したまま不死性を得る方法として一つの道が開かれたのだ。
この発見は賞賛に値する…。
魔王の思索を遮ったのは魔王城外殻に設置したゴーレムからの警報である。
接近するもの有り。
「ふむ。悪夢の渦潮の再開か?」
順当に吸い込んでいた魔物の群が途切れたのは、あの若造がなにか細工をしたに違いない。
外部監視システムに重きを置かず、単純な警報を鳴らすゴーレムしか配備しなかったのは迂闊であった。
結果的にあのような若造の侵入を許してしまった。
だが総合的に見れば大した問題ではない。
あの若造は独房に閉じ込めてある。
空気の供給もない密閉空間であるため、今頃窒息して死んでいるだろう。
女二人と剣士はそれぞれ危険地帯へ転移させた。
生存の可能性は万に一つもない。
我が城を脅かすものはもういない。
異世界の勇者でも連れてくれば別だが、勇者召喚には百人単位の術師を動員して膨大な魔力を集め、数ヶ月〜数年に渡る儀式を行う必要がある。
気軽に実行できるものではないのだ。
学会が総力を挙げたとしても、実行できるのは数十年に一度。
前回行われた勇者召喚からさほどの年月は経過していない。
よって今現在、勇者は召喚されていない。
我が魔王城を破壊できるものは存在しないのだ。
「フハハハハ! 無敵ではないか、我が城は」
それにしても警報が鳴り止まない。
脅威にならない魔物には反応しないように設定を変えるべきだろうか?
どれ、外の様子を見てみるか、と投影鏡の切替魔石を『入』にすると。
「……何事だ?」
理解に苦しむ光景が映し出されていた。
魔物の群は影も形もない。
代わりにいるのは穴倉に閉じ込めたはずの生意気な若造、その連れの剣士、女二人。
どうやって脱出した?
どうやって舞い戻ってきた?
おかしい、奴らは既に死んでいるはずだ。
若造が監視用ゴーレムに視線を向けた。
投影鏡に向かって中指を立ててくる。
口を動かして何か言った、と思った途端に映像が乱れ、プツンと消えた。
暗くなった投影鏡の前で魔王は呆然とする。
若造の口の動きはこう読めた。
『首を洗って待ってろよ、魔王』