陥穽(ピットフォール)
「導師ガンファンクルよ、お前はもう死んでいる」
俺の放った衝撃的台詞にガンファンクルは片眉を上げて応じた。
「これは異なことを。私のどこが死んでいると言うのかね?」
「どこもかしこも死んどるわ! 体温は室温と変わらんし、しゃべる分だけしか空気を吸わんし、そもそも心臓も動いておらんだろうが!」
「……」
ガンファンクルは黙って胸に手を当てた。
「…おお!」
本気で今の今まで気づいとらんかったのか!
心臓の鼓動が無いのを今確かめて分かったのか!
「それはさておき」
とぼけた顔つきで会話を再開するガンファンクル。
さておくな! 重要な事だろうが!
「君たちを招いたのは他でもない。盗んだ物を返したまえ」
「は?」
後ろの3人を振り向く。
俺達何か盗んだっけ?
3人共首を横に振っている。
そうだよな、何も盗んでないよな。
一応、勇者パーティーなんだし、魔女会からは追われているが、基本的には正義の側に立っているという自負がある。
泥棒扱いされる謂れはない。
「不当な嫌疑だ。我々は何も盗んでなどいない」
「しらばっくれるか。図々しい」
ガンファンクルは大仰に両手を振り回し、天井を指し示した。
「上層にて! 設置されていた魔石を持ち去ったであろうが! そのせいで上層の回路に不具合が生じているではないか! このダンジョンは私の最高傑作だというのに! 速やかに返却したまえ!」
魔石?
あれか、勇者が掘り出した、今はシスター・フィリスが持ってるヤツ。
だがあれは魔石というより人格のある霊体が物質化したものだ。
人の霊体、特に魂は売買が禁止されている。
例外はあるが、所有するのも基本的には違法だ。
「あの魔石はゴーストが物質化したものだ。人格が存在するのを確認した。所有権を主張するなら、違法所持で有罪だな」
そこら辺のグレーゾーンを突かれて、俺は魔女会に追われている。
俺は正義寄りのグレーだが、このおっさんは真っ黒だな!
ガンファンクルは片頬を持ち上げてニヤリと笑った。
死体のくせに器用なヤツだ。
「多少は勉強しているようだな、若造」
この程度の雑学、学んだ内にも入りませんが?
「だが魔石に人格が残っているなど、どうやって証明する? 魔石が口をきくとでも言うのかね?」
バリバリ口きいてたらしいけどな、俺以外にはな!
「ゴーストだの魂だの、証明できなければ無いのと同じだ。死霊術師のたわ言だよ。作り話だな。巷の幽霊話は皆そうだ。あれら魔石はただの魔石だよ。何の変哲もない、道具にすぎんな、うん」
喧嘩売ってんのか?
俺の師匠が死霊術師だから当てこすりのつもりか?
あいにくだったなぁ!
ここの霊魂魔石は本物も本物、神官様・聖女様・勇者様、神聖魔法の権威3人のお墨付きだ!
「神聖魔法の使い手による鑑定済みだ。霊波も検出された。逃げられんぞ。有罪確定だ、ガンファンクル!」
ビシッと人差し指を突きつけてやったら、
「チッ、そこの女神官か」
忌々しげにシスター・フィリスを睨むガンファンクル。
どっちかと言うと、魔石の声を聞きまくっていたのは勇者なんだが。
「だがまだまだ青いな。私が何の策もなく長話をしていたと思うかね?」
割と思ってる。
この手のおっさんは無駄話が大好きで、意味もなく長々と話したがると思う。
だが、ガンファンクルは腐っても導師級、知恵はそれなりに回るはず。
ヤツが時間稼ぎをしていたとしたら…?
ヤツの専門分野はゴーレム、いや、導師級だから複数の分野を修めている可能性大だ、もう一つあるとすれば…。
ハッとなった。
「勇者、結界を」
注意喚起しようとしたが間に合わなかった。
勇者の『結界』なら防げた。
それ以外は多分、効果がない。
俺達の足元に黒い穴が口を開けた。
ダンジョン最下層の、そこから下には落ちる場所などないはずの所に、俺達は落ちていった。
一人一人、バラバラに。
俺はバカだ。
あの時、自分で自分に言ってたじゃないか。
『吸い込まれたゴーストの中に空間魔法使いでもいたのかもしれん』
吸い込まれたんじゃない、最初からいたんだ。
魔王城が魔王城になる前、まだ単なるダンジョンだった時から。
威厳のない魔王、死体に宿ったアンデッド、他人の魂を道具扱いする冷酷なゴーレム研究者にして空間魔法使い、ガンファンクル。
そいつが、俺達を異空間に落とした。
おそらくは出口の無いどこかに。
「術師アリーナム。君との会話はなかなか楽しめたよ。魔石は餞別に持っていきたまえ。さらばだ、永遠にな」