お前はもう死んでいる
魔王城の深奥部にいる態度のデカいしゃべるヤツ、すなわち魔王は、偉そうに怒鳴り散らす割に大して強そうでもないおっさんであった。
「よし、討伐しよう」
「ちょっと待った!」
聖女に止められた。
なんでだよ。
ゴーストじゃなかったんだから、いいだろ。
聖女に引っ張られて隅っこに行き、勇者とシスター・フィリスを交えてコソコソと密談を始める。
「まだあの人が魔王って決まったわけじゃないし。無闇に討伐したらダメでしょ」
「こんな所にいる自称『導師』のおっさんだぞ? 怪しすぎるだろ」
「でも人間なら話せば分かるかも」
「人間に擬態した悪魔という事も考えられます。安易な問答は危険です」
『殺すな。話し合え』という聖女&勇者組。
『問答無用。先手をとって殺せ』という俺&シスター・フィリス組。
世界の違いで意見が真っ二つに割れた。
「何をコソコソやっとるか! 礼儀を知らんのか、侵入者どもが!」
魔王が吠えた。
「チッ」
俺は軽く舌打ちしてから真面目そうな表情を作り、魔王に対峙した。
どっちみち勇者と聖女が納得しないのでは、先制攻撃のやりようがない。
俺の魔法はここでは役に立たないし、シスター・フィリスのメイスだけでは魔王の息の根を止めるに足りない。
勇者と聖女を説得するには、会話で情報を引き出さねば。
「導師殿、失礼した。俺はデンバー私塾門下、一級術師アリーナム。貴殿のお名前を伺ってもよろしいか?」
「ほう、デンバーの弟子か」
おっさんは師匠の名前を呼び捨てにして、尊大な笑みを浮かべた。
「私は導師ガンファンクル。ダイダロス私塾門下である。デンバーとは面識があるぞ。専門は死霊術であったな? 魂の内包魔力についての論文、惜しむらくは実用性に欠けるが、なかなか面白くはあった」
…貶してんのか、てめえ。
何が『実用性に欠ける』だ、偉そうに。
何様だお前。
カチンと来たが、顔には出さず会話を続ける。
「導師ガンファンクル。ゴーレムの動作制御についての論文を拝読した事があります。多関節アームの軸数と機械剛性について大変興味深く…」
「ほう、あれを読んだかね」
身を乗り出してしゃべり出しそうなおっさんだが、今聞きたいのはゴーレムの作り方ではない。
「しかしあの論文以来、お名前を見かける事もありませんでした。学会からは隠遁されたものかと。それがどうしてこのような場所に?」
「それには深い訳があるのだよ」
おっさんは重々しく語り始めた。
元々は研究のためダンジョンに入った事。
最初の頃は定期的に地上に戻っていたが、やがて面倒になり、ダンジョン内にラボを設けた事。
面白いように研究が進み、熱中し、寝食を忘れて打ち込んだ事。
「…そしてある日、気がつくとこの場から動けなくなっておってな。不思議な事に腹も減らず、喉も渇かない。都合が良いのでそのまま研究に打ち込み続けたが、動けない以上、外との連絡が取れず、せっかくの研究成果を発表する術がなくてな。我が才を世に知らしめる事ができぬとは、国家的損失であり、そこは反省点だな」
バカだ。
コイツはバカだ。
稀によくいる研究バカの中でも超弩級のバカだ。
背後で三人が密談している。
「あのおじさん、なんとなくサーモさんに似てない? しゃべり方とか、雰囲気が」
「才能に恵まれた者は高慢の罪に陥りがちなのです。神に仕える者でも、才に溺れて謙譲の美徳を忘れる者はいます。学会は己の才を誇る者の集まりですから、一層その傾向が強いのでしょう」
「つまり学会って性格悪い人の集団なんだね。デネブちゃん達に目の敵にされるのも分かる気がするね」
ごちゃごちゃうるせぇわ!
尊大なおっさん、自称・導師ガンファンクル、コイツの正体は『動けない』という自己申告とは矛盾するが、死霊術で言う『動く死体』だ。
死霊が死体に取り憑いたものだ。
くだらない話に付き合いながら観察したが、ガンファンクルの肉体は既に生命活動を止めている。
おそらく研究に没頭しているどこかの自時点で、栄養不足と睡眠不足が原因で死んだのだ。
自分が死んだ事にも気づかず、アンデッド化したのだろう。
霊体が肉体を離れる事なく、生前のままの活動を続けようとしている。
ぱっと見、死体とは分からないくらいフレッシュ感があるが、死体は死体。
現状、コイツは死体に霊体が憑依した魔物だ。
ワイトなのか、リッチなのか、その他の何かなのかは知らないが、とにかく生きた人間ではない。
アンデッドが学会で研究発表する事はあり得ない。
すなわち導師ガンファンクルの研究者生命は終わっている。
アンデッドとしての仮初めの生命もここで終わらせるべきだろう。
「導師ガンファンクルよ、お前はもう死んでいる」