勇者捕獲作戦
阿呆かあいつはー!
阿呆だったな、知ってた!
『やる事ある』とか抜かして壁を破壊して、風のように走り去る勇者。
「待たんかボケー!」
追いかけるしかない俺。
魔王城の壁の中は例えて言うならハニカム構造に近かった。
六角形を基本とした空間が無数にあり、薄い内壁で細かく区切られている。
勇者が通った後は道が出来ているのだが、魔王城の内壁には再生機能があるらしく、ちょいちょい行く手を塞がれる。
勇者は聖剣の一振りで軽く壊していくが、こちらはそれほど上手くはいかない。
魔法が使えないので物理で破壊するしかないのだが、薄い壁とはいえ魔力の固まり、そこそこの強度がある。
俺が使う武器はミスリルの杖なのだが、これが打撃武器としては細くて軽量なため、何回も殴らないと壁が割れない。
「また生えやがった、このっ、このっ」
「代わります」
追いついてきたシスター・フィリスがメイスを振り下ろすと、一発でガシャーンと割れた。
はあ、なんか俺、ここでは役に立たないな。
俺から魔法を取ったら何も残らないと言うのか?
大嫌いだ、魔王城なんて。
壊れてしまえ、こんな城なんか。
「勇者ぁ! さっさと魔王城を壊さんかー!」
チョロチョロと壁の中を駆け巡る勇者。
それを追う俺達。
「つ、捕まらん…」
勇者、無駄に足が速い。
「何か拾い集めているご様子ですね。用事が終わるのを待ってみては?」
「待ってて戻って来る保証はない。むしろ明後日の方角に走っていくぞ、あいつは」
今まで街なかであいつが何回迷子になったと思うのか。
断言しよう、勇者に方向感覚は無い!
こっちから迎えに行かないと、未来永劫、合流できない。
「じゃあおびき寄せるのは? 困った人がいると助けに行きたくなるみたいだから、そういう性質を利用した罠を仕掛けたら…」
「よし、聖女、子どものフリしてそこで泣け」
「ぴえん、って、なんで私?」
適役だろうが。
聖女が泣く子のフリを嫌がったので、おびき寄せ作戦は中止となった。
「他に策は無いか?」
「『ご飯だよ〜』って呼ぶとか」
「勇者様は焼肉がお好きなようです。今ここに有りませんが」
ろくな知恵が出ない。
あー、イラつく。
なんでこんな所でこんな事を悩まにゃならんのだ。
そもそも独断専行した勇者が悪い!
あいつ抜きでやっちまえ!
「もういいから聖女、お前が魔王城をぶっ壊せ」
「え、無理だよ。私の聖杯、攻撃型じゃないし」
「構わん。魔王城自体がゴミと思えば掃除できるだろう」
「いくらなんでもお城とか、粗大すぎるゴミだよ!」
「細かく砕けばいいだろ。外壁と違って内部はヤワだから、派手にぶちかませばお前でもやれる」
「そりゃ壊すだけなら壊せるかもだけど! 人が中にいるのに建物壊したら、瓦礫が頭上から降ってくると思うんですけど!?」
「あらかじめ結界張っとけば耐えられる。万一の時にはシスター・フィリスという切り札もある」
「私達はそれで良くても、リヒトくんは? 結界もバフも心の準備も無しでいきなり瓦礫が降ってくる事になるんだよ?」
「大丈夫だろ」
あいつの事だし。
平気な顔して瓦礫の下から出てくるんじゃねえの?
聖女とシスター・フィリスが俺から離れてヒソヒソと密談を始めた。
「あれってリヒトくんを信じてるからじゃないよね。むしろどうでもいいって感じだよね」
「本気とも思えませんが、冗談でも言っていい事ではありませんね」
うんうん、と女同士で頷き合っている。
やがて密談を終えて帰ってきた。
「却下で」
えー。
やればいいのに。
勇者が埋まったら、墓標を立ててやるのに。
『勇者リヒト、困っている人を助けて帰らず、ここに眠る』と。
粗大ゴミの大掃除を拒否されてしまっては仕方がない。
地道に勇者を捕獲するしかない。
ヤツの走行ルートから出現先を予測する事は可能だろうか?
「何かを拾い集めてると言っていたか?」
「そのように見えました。手のひらに収まる程度の物を、壁からこう、掴み取ってポケットに入れていたかと」
とすると、ヤツが集めている物が分かれば、先回りできるか。
魔力光だらけで識別しにくいが、目に魔力を集中させてみる。
壁の向こう側、魔力を帯びた多数の物体、それら一つ一つを透視する。
勇者の魔力は分かりやすい。
走り回る勇者がピタリと止まる場所に何がある?
勇者のポケットに入っている物は何だ?
……。
鶏卵大の丸みのある物体のようだ。
魔石か?
そんな事を言ったら周りの壁全部が魔石のようなものだが、何か特別な石なのか?
そう思って見ると、勇者が集めている物は僅かに霊波を出している。
霊体が付着しているのか?
霊波を出す魔石…。
………見えた!
「先回りできるかもしれんぞ」
勇者捕獲作戦、開始だ!