1万人は多すぎる
一般的には魔法使いは大きな二つの組織のどちらかに所属している。
一つは『魔術師学会』通称『学会』だ。
歴史と権威はピカイチで、学会に論文を提出して認められる事が出世の早道だと言われている。
この学会には幾つか謎ルールがあり、その一つに『女性の入会を禁ずる』というのがある。
ルールが作られた時には意味があったのだろう。
今ではその目的も忘れられ、女性蔑視の風潮だけが残っている。
当然、女性魔法使いたちが黙っているはずもなく。
近世になってもう一つの組織、『魔女と魔法使いの為の協会』通称『魔女会』が発足した。
こちらは会員の9割方が女性。
残りの1割が訳アリまたは変り者の男性だ。
学会と魔女会、どちらにも属さない魔法使いも居るには居るが、極めて少数なので考慮に値しない。
俺とデネボラは共に師匠の経営する私塾の門下生だが、俺と師匠は学会員、デネボラは魔女会員と所属が分かれている。
二つの組織が対立関係にあるとは言え、個人でいがみ合ってる訳ではないし、大抵の私塾には男女両方が入塾している。
だが友好関係でいられるのはあくまでも個人または私塾単位だ。
学会と魔女会の対立は根深い。
特に魔女会から学会への批判は厳しい。
女性排斥ルールを撤廃させるまで批判の手は休めない、と公式に宣言している。
その批判の手とやらは言論だけに留まらない。
殺る時は殺る、それが魔女だ。
魔女会は裏を返せば過激なテロリスト集団でもあるのだ。
※
カクカクシカジカ、と魔女会の恐ろしさを語りつつ、現在、全力で移動中。
メンバーは俺と勇者、聖女とシスター・フィリスだ。
「魔女会が怖いっていうのは分かったけどさ、なんで僕達が狙われるの? 何か悪い事した?」
「学会的には悪くないが、魔女会的には悪行と見なされる可能性が高い」
学会と魔女会では禁忌の基準が異なる。
でもって禁忌を破ったと見なされたら、悪即斬、慈悲はない。
特に学会の落ち度は絶対に見逃さない。
勇者と聖女の召喚は学会主導で行われている。
「でも勇者召喚は今までにも行われてきて、それは見逃されていたんでしょう? なんで今頃?」
聖女が疑問を呈する。
「理由は大きく分けて二つ。一つは新型の召喚方式。必要魔力量が従来型の1万分の1以下になった」
「省エネで、いい事じゃない?」
「考えようだ。従来と同じだけの魔力を使えば、理論上は1万人の勇者を召喚できる。どこかのバカ君主が実行させてみろ。空前絶後の軍隊だ。侵略仕放題だな」
まあやらないだろうけどな、現実的じゃないし。
ただ悪用されるリスクが問題にはなる。
「もう一つ、よりヤバいのが新型召喚方式の副産物だな」
「それって…」
「私達のこの体の事だよね」
勇者と聖女の表情が暗くなる。
まあな、その辺がグレーゾーンなのは分かってた事なんだよな。
もう後5年、いや3年、研究に充てる時間があれば、そこも解決できたのに。
「シスター・フィリス、今更だが神殿の見解としてはどうだろうか」
「最優先は魔王討伐です。その為に身を捧げた若者を讃える事こそあれ、関係者の断罪など有りえません」
キッパリ。
うん、神殿は最初から「使える手はなんでも使え」なんだよね。
ブレない味方は有り難い。
「まあ分かりやすくまとめると、だ」
新型召喚方式とは、異世界に生きる勇者または聖女をその肉体を異世界に置いたまま、霊体だけ召喚する事。
肉体を移動させない分、魔力消費を限界まで抑える。
召喚した霊体をこちらの人間の肉体に憑依させる。
それにより環境への順応を早め、効率的な魔王討伐を可能にする。
魔女会の規定に引っかかりそうなのが、こっちの肉体に憑依させるという点だ。
憑依される側からすれば肉体を奪われるに等しい暴挙と言える。
これは重大な人権侵害…と魔女会は考えるだろう。
「確かに…。私も罪悪感があるよ。人の体を乗っ取ったようなものだし」
「でも借りてるだけで、終わったら返すんでしょ? ちゃんと元に戻れるんだよね? 僕達も、この体の本来の持ち主も」
「当然だ。召喚術式も憑依術式も考案したのはこの俺、天才サーモ・アリーナムだぞ。魔王討伐を終えた暁には全員の霊体と肉体を元に戻してやる! 完璧にな!」
できればこうなる前に他の誰かに押し付けたかったけどな!
デネボラにバレた以上、俺の名は魔女会のブラックリストに載ったはず。
生き延びるには、奴らに捕まる前に魔王を討伐して、勇者と聖女を送還し、肉体を本来の持ち主に返すしかない。
そこまでやり遂げればお咎めなしに持ち込めて、なんなら報酬の上乗せも視野に入れられる。
その為には、早いとこ魔王城に駆け込まないとな!
魔女会に粛清される前にな!