魔女デネボラ〜彼女は獣と男に厳しいです〜
別人の物なんじゃないの。
そう言われた瞬間、俺は窓から飛び出していた。
ヤバいヤバいヤバいヤバい!
絶対に吐かされる。
普段は幼児向けにおちゃらけた人格を見せているデネボラだが、それは一面にすぎない。
幼児教育に身を投じる前はバリバリの武闘派だったのだ、あの人は。
「『爆裂疾風』!」
最速の飛行魔法でかっ飛ばす。
ぶっちゃけ使い魔たちが追いつけないが、仕方がない。
デネボラを振り切って安全確保してから合流…。
「『瞬間移動』」
「どわっ!」
突然、正面に出現したデネボラに激突…寸前で回避!
「甘い」
「ぐふっ」
腹に食い込む重たい衝撃。
方向転換した先に何故かまたいるデネボラ。
回避不能、膝蹴りをモロに食らった。
加速が付いてる分、シャレにならない。
内臓出そうなんだが?
逆にあれだけの激突だ、デネボラの膝は皿が割れたりしてないか?
集中が切れて墜落していく俺。
空中では魔女が痛そうに膝をさすっているのが見えた。
ほらな、やっぱりな、あっちも痛いよな!
「ハッ、ハハハハ、ザマァ…」
嘲笑いながら俺は地面に激突した。
※
屋根より高い空中から落下しても、軽い打撲で済む丈夫な肉体。
これも日頃の鍛錬の賜物か。
咄嗟に無詠唱の風魔法で身を守った俺、偉い。
「さあ天才くん。キリキリ白状してもらうわよ」
デネボラから逃げ切れなかった俺、ちょっと、いや、大分情けない。
実力の差?
経験の差か?
いや、逃げに回ったせいだ。
攻めに回ってれば今頃は…。
「殺して良ければ俺が勝ってた!」
「同門の殺し合いは厳禁だもんねぇ。だけどそんなの言い訳になんない」
確かに。
墜落で動きが止まった俺はあっさり捕縛されていた。
対魔法使い用のミスリルチェーンで後ろ手に縛られている。
対魔法性能がやたら高いので、千切れないし焼き切れない。
こういうヤバい道具をアクセサリーに見せかけて複数身につけているのだ、この魔女は。
「聞かせてもらうわよ負け犬くん。あの勇者は何なの? あんたとお師匠様、何やってんの?」
「部外秘だ」
「私達、同門よね?」
「機密事項だ」
「素直に喋らないと痛い目見るわよ?」
「脅しても無駄だ」
「そ〜お」
デネボラは鼻で笑った。
「じゃ、この子に酷い事しちゃおーっと」
そう言って魔女がどこからともなく取り出したのは…。
「パースリー!?」
俺の猫!!
「私、子どもには優しいけど、獣と男には厳しいの。君が喋る気にならないなら、この子をこうやって…」
「やめろ!」
「もっと残酷な遊び方もあるのよ? しっぽを紐で結んでね…」
「鬼! 悪魔! 人でなし!」
「あ〜ら素敵な褒め言葉ね」
邪悪に笑うデネボラ。
微かに鳴いてもがくが魔の手から逃れようがない猫。
無情にも魔女が強すぎる。
「見捨てても良いのよ? 使い魔なんてただの道具よね? こーんな事されたって痛くも痒くも」
「やめろー!」
「ほんと、甘ちゃんね」
魔女の眼差しは氷のようだった。
「使い魔なんて消耗品よ。いちいち感情移入してたらキリがないわ」
やかましい、ほっとけ、俺の猫を俺が案じて何が悪い。
「それで、喋る気になった?」
ニャオーン、ニャ〜オ~ン…。
う〜りう〜りとこね回される猫の悲痛な声を聞かされて、俺の心は折れた。
※
トボトボと歩いて宿屋に戻る。
腕の中には俺の猫。
乱闘の後なので、衣服が砂にまみれている。
「何があったの?」
勇者に奇異の目で見られたが、心が折られているので気にならない。
もう何も考えたくない。
この先デネボラがどう動くか、それによってどんな影響が出るか。
考えるまでもなく答えは出るが、考えたくない。
「…寝る」
俺は自分に割り当てられた部屋に閉じこもった。
開けっ放しだった窓を閉め直す。
「パースリー」
猫はまだ怯えているのか、背中の毛が持ち上がってる。
その背中を撫でてやる。
「怖い目にあったな。もう大丈夫。大丈夫だからな」
猫の喉からゴロゴロと低音が聞こえ始めた頃、俺は眠りに落ちた。
※
「起きろ!」
「んー、今何時? 早くない?」
「やかましい! サッサと身支度を整えろ! 急いでこの町を出るぞ!」
「えー、何、緊急事態?」
おう、緊急も緊急、一晩中眠ってしまった自分を殴りたいくらいだぜ!
考えるまでもなく成り行きは見えてたってのに!
デネボラは魔女会に通報したに決まってる。
魔女会から監査が入るのは時間の問題だ。
一刻も早く魔王城に到着しないと、途中で捕まったら、最悪俺たち皆殺しだぜ!