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勇者が遊びに行ったきり帰ってきません

「あいつはどこ行った!」

 また勇者がいなくなったと知らせが来た。


 今度はなんだ?

 買い物の途中ではぐれたか、それとも旅芸人の一座にフラフラとついて行ったか。

 くだらない理由で迷子になるのはこれで何回目だ?


「行け!」

 杖の先端から小さく雷に似た何かが迸る。

 俺の抑えに抑えた怒りがオーラとして漏れ出ているのだ。

「奴を探せ、草の根分けても探し出せ!」

 カラスがバサバサと飛び立った。

 黒猫が音もなく窓の外へと身を翻す。

 俺の優秀なる使い魔たちよ。

 あの阿呆を、異世界からの召喚勇者を、意味もなく道に迷っているであろう無能を、今すぐここに、俺の前に引きずって来い!



 俺の使い魔は全部で四体いる。

 そのうちの二体を捜索に当てた。

 1時間経っても戻らなかったら残りの二体も投入しよう。


 イライラしながら待つ時間は長い。

 この間に他の作業をするべきだと思うが、集中できない。


 冷静になれ、俺の頭脳。

 俺は誰だ、サーモ・アリーナムだ。

 子供の頃から神童と称えられ、エリート街道を邁進して来た男だ。

 同世代の中では間違いなく国一番、いや、世界一と言っても過言ではない、最高レベルの魔法使いだ。

 そんな俺の武器はなんだ?

 知性だ。

 冷徹なる理性と精神力だ。

 阿呆な警護対象が行方をくらましたくらいで、いちいちうろたえるような俺では…。


 兵士が駆け込んできた。

「勇者様が帰って来られました!」

「ブッ殺す!」

 すっくと立ち上がって叫んだ俺。

 理性?

 そんなものゴミ箱に捨ててしまえ!



 勇者はニコニコしながらのんびり歩いて帰ってきた。

 手に黒猫を抱いている。

 俺の猫を。


「ただいま〜」

 悪気の欠片も無さそうな挨拶。

 その胸ぐらを掴みたい気持ちをグッとこらえる。

 子どもは叱るな、褒めて伸ばせ。

 俺の師匠の方針だ。

 勇者は子どもではないが、この世界の事は何も知らない、教え導く対象だ。

 根気よく伸ばしてやらねばならない。


 建前としてはな!


 俺は無理やり笑顔を作った。

「一つ聞くが、どこに行っていた?」

「ん〜、なんか民家がいっぱいある所。通りを散歩してたら重たそうな荷物持ったお婆さんがいてさ。荷物持ってあげて家まで送ってあげたら、帰り道がわかんなくなった。迎えありがと。この子サーモの猫だよね」

 そうだ、俺の猫だ。

 笑顔が引きつりそうになる。

 努めて冷静になるべく、俺は深呼吸した。

「あのな」

「うん?」

 もう一度大きく息を吸って。


「初めて来た街で知らない人間について行くな!」


 猫が飛び上がり、体を捩って勇者の腕から逃げた。

 すまん、猫よ。

 後で謝る事にする。

「勇者リヒトよ」

「うん、何?」

「そこに座れ」

 俺はコンコンと諭した。

 冷静に、冷静にだ。


 お前は誰だ?

 勇者リヒトだ。

 勇者とは何だ?

 世界を救う役目を背負った者だ。

 世界を救うために、今、お前がするべき事は何だ?

 決してどこかの老女の荷運び及び送迎を買って出る事ではない。

 実地訓練を兼ねて、近場を回り、経験を積む、それがお前のやるべき事だ。


「そのための宿泊研修だ。明日の実地訓練と聖女組との打ち合わせのため、俺たちは今ここにいる」


 荷物を置いたらロビーに集合と言っておいたのに、目を離した一瞬の間に宿屋の外に出ていくとは。

 怒鳴りつけたい!

 もっと叱り飛ばしたい!

 意志の力で耐えているがな!


「その辺りをお前はどう考える?」

 勇者は少し考える素振りを見せた。

「世界を救うって要するに人助けだよね」

 …何が言いたいのか予想がついた。

 コメカミの血管が膨らむのが自分でわかる。

「結論は」

「これからも人助けを頑張るよ」

 コイツ殴りてえー!


「カァ…」

 疲れたカラスが戻ってきた。

 悪いな、後で労ってやる。

 だが今は仕事だ、

「カ、カァ?」

 カラスを掴み上げて勇者に突きつける。

「こいつは何だか分かるか?」

「サーモのカラス?」

 そうだ俺のカラスだ。

「突然いなくなったお前を探して、街を飛び続けて、クタクタに疲れ切った、俺のカラスだ」

 それから小一時間、俺は勇者に説教した。


 お前に振り回された者がどれだけいるか。

 どれほど時間と労力を無駄にしたか。

 護衛の兵士、宿屋の従業員、予定変更を余儀なくされた聖女とその付き人たち、そして俺と俺の使い魔。


「反省しろ」

「すみませんでした」

 勇者は深々と頭を下げた。

 分かればいい。

「ついて来い。関係諸氏に謝罪に行く」

「はい」

 勇者は神妙な面持ちで立ち上がった。

 ふむ、少しは反省したか。

 この調子で心を入れ替えてくれるといいが。

 ふと見ると、ずっと勇者の眼前に突きつけたままだったカラスが白目を剥いていた。

 すまん、後で謝る。


 謝罪行脚を終え、スケジュールをなんとか調整したその翌日。


 再び勇者はいなくなった。


 宿屋の前に、親とはぐれて泣いている幼児がいたらしい。

「またか!」

 おのれ勇者!

 今度こそ見つけ次第ブッ殺す!

カラスの白目は実は瞬膜という物らしいです。

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