幕間 彼らの女神
「全部、思い出したのか」
「はい」
株式会社ドリームメイカーの大会議室。地上三十階に位置するここからは、綺麗な夜景を一望することが出来る。
やたらと大きなこの空間にいるのは、俺と哲平のふたりきり。こうして会うのは一体いつぶりのことだろうかと頭を巡らせるが、その答えを見つけることは出来ない。
「……そうか。ここまで、長かったな」
「軽く二回目の人生を経験したようなものですからね」
ふっと笑ってしまえば、哲平も力を抜いたように柔らかく笑った。
哲平とは、もう二十八年の付き合いになる。彼が伊藤家の養子になれるよう掛け合った頃は、まだこの会社に入社したばかりだったのに。
気付けば時間はずいぶんと経っていたみたいだ。弟のようにかわいがってきた日々は、いつの間にかこんなにも重なっていたなんて。
「それで、お前はどうする?」
伊藤哲平のまま、ここで暮らすか。
佐藤哲平に戻り、元いた場所に戻るか。
現実世界で教員を目指していた哲平は、三年連続で教員試験に失敗。その後一般企業に就職するも、教員になることを望んでいた家族からは出来損ない扱いを受けていた。いい年をした大人が家族から認められなくてもいいだろうと思われるかもしれない。それでも彼にとって、親から認められるということは、とても大きなものだった。
そのうちに家を出た哲平は、家族と距離を置くようになった。就職先でも目立つような功績はあげられず、仲の良い友人もいない。孤独を抱えた彼は、インターネットという細く、だけど確かな糸を辿り、仮想の世界へとのめり込むようになる。
──それが、この世界への入り口だった。
佐藤哲平としての記憶をすべて失った状態で、さらには元の年齢という概念をも失った状態で、彼は伊藤哲平としての人生をここでスタートさせた。
アクターにならないかと声をかけたのは、三年ほど前のことだ。
「元の世界へ、戻ります」
顔をあげて、哲平はしっかりとそう答える。
「ずっと自分は出来損ないだと思ってきました。居場所なんて、どこにもないと思ってきた」
本当の姿を取り戻した人間は、誰よりも強い。
そのことを、哲平を見ているとまざまざと感じてしまう。
「だけどもう、分かったんです」
なんでも器用にこなす哲平は、こちらの世界ではミスター・パーフェクトと呼ばれていた。どんなシナリオもそつなくこなし、スマートに振舞って多くのプレイヤーを喜ばせ恋に落としてきた。
その時には見せなかった顔で、哲平は優しく笑う。
「居場所っていうのは、自分で作るものなんだって」
彼にここまで言わせたものは、一体何だったのだろう。その答えは、聞かずとも明白だった。
たった一人の女性の存在が、哲平に大事なことを思い出させたのだ。
彼はもう、どこへ行っても大丈夫だろう。
しかしそこで、哲平は一度言葉を切った。それから思案するようにした後、言いにくそうに、だけどまっすぐにこちらを見て質問を投げる。
「……あいつらも俺と同じですか?」
あいつら、とはすなわち、他の三人のアクターたちのことを示している。
彼らにとってお互いの存在は、かけがえのない家族のような、親友のようなものだったはず。
自分を取り戻した哲平は、やはり彼らのことが心配だったのだろう。同じように、ゲームの世界へと迷い込んでしまった人間なのか。全員が、第二の人生と呼べる時間をここで過ごしているのか。
しかし俺は、両手を組むとゆっくりと首を横に振った。
「同じかと言われると、そうとは言い切れない」
どんなことにも、状況に応じて、というものがある。一様に「こうだ」と言えるほど、単純ではないのだ。
察しの良い哲平は、それ以上は追及してこなかった。そして、「全員が、きちんと元の姿を取り戻すことができればいいと思っています」と彼らしい願いを口にした。
だから俺は、こう答えたのだ。すべてを話すわけにはいかない。何もかもを、明らかにすることはできない。だけど──。
「それはすべて、《《彼女次第》》だ」




