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ミステリー短編

深窓の令嬢は真相を知りたい ~婚約者が流血沙汰を起こしたので、今から話を聞こうと思います~

作者: 白澤 睡蓮

 室内の空気はどこまでも重かった。ここはとある伯爵家の応接室、美しき伯爵令嬢ナタリスとその婚約者による、定例のお茶会が開かれている最中だ。


 ナタリスの正面に座る侯爵令息リンドは、痛々しいの一言に尽きた。頭と手には何重にも包帯が巻かれ、頬と目の周りにはしっかりとした青痣ができ、流血沙汰の何かがあったのは明らかだった。


「何があったのですか?」

「何もない」


 リンドはとても不機嫌だ。今日の朝早くに定例のお茶会を中止してほしいとリンドから連絡が来て、ナタリスがその中止要請を断固拒否したからだろう。


 何かあったことが明らかな中で、ナタリスはお茶会を中止にしなくて良かったと心から思った。リンドが理由を言わずにお茶会の中止を提案する時は、ほとんどが何か大きな事があった時だ。一度もナタリスと目を合わせようとしないリンドは、ナタリスに何かを隠している。


「私と貴方は婚約者なのですから、隠し事はしないでいただきたいものです」

「言っておくが、君と俺の婚約は政略による婚約だからな!」


 ナタリスは今まで何度も何度も、リンドにそう言われてきた。はっきり言って聞き飽きている。


 カップを取ったリンドが一瞬顔をしかめた。どうやら手に痛みが走ったらしい。カップを持つ程度で痛いのなら、日常生活にも支障がありそうだ。


 治療魔法が使えるナタリスは、リンドにある提案をすることにした。ナタリスはただで治療魔法を使うほど、安い女ではないのだ。


「その怪我を私が治療しても良いですが、条件があります。私が貴方の怪我を治療する代わりに、私の質問に正直に答えてください。質問は全部で十個、『はい』か『いいえ』で答えられるものだけ。いかがでしょうか?」

「分かった」


 リンドが無事罠にかかり、ナタリスは内心ほくそ笑んだ。これだけ質問できれば、ナタリスの目的は十分達成できるはずだ。


 どうせナタリスがストレートに聞いても、リンドには答える気が全くない。遠回りの質問を限られた回数しかできなければ、真相にたどり着くのは不可能だと、リンドが高を括っているのは間違いなかった。


 リンドの気が変わらないうちに、ナタリスは質問を始めた。


「一つ目の質問です。流血沙汰が起きたのは昨日の夜会ですか?」

「……はい」


 答えを聞いたナタリスが思うことは特になかった。最初の質問は、あくまで事実の確認でしかない。


 お茶会を中止したい事態が起きたのは、昨日の夜から今日の朝にかけてだ。そうでなければ、今日の朝にお茶会中止の連絡は来ない。該当の時間にあるようなイベントといえば、夜会以外にはありえないとナタリスは判断していた。


「二つ目の質問です。殴りかかったのは貴方からですか?」

「……はい」


 これで流血沙汰が、殴り合いによるものであったことが確定した。殴りかかったリンドは、十中八九まともな状態ではなかったのだろう。なぜまともな状態でなかったのか、夜会といえば……。


「三つ目の質問です。貴方と相手はお酒で酔っていましたか?」

「……はい」


 ただ、酔っていただけでは分からない。そんな人ではないとナタリスは思いたいが、陽気な気分になってつい殴った可能性もなくはない。


「四つ目の質問です。貴方が殴りかかったのは、相手に怒ったからですか?」

「……はい」


 何があったにせよ手を出すのはまずかったとナタリスは思うが、とりあえず今は置いておこう。


 次に絞り込みたいのは、リンドが殴り合った相手が誰だったかだ。


「五つ目の質問です。貴方と相手が知り合ったのは昨日でしたか?」

「……いいえ」


 いいえ、となると。


「六つ目の質問です。貴方と相手は仲の良い友人ですか?」

「……はい」


 ナタリスはリンドが友人と言える人々の顔を思い浮かべた。そのうちの誰だったかは、あまり重要ではないだろう。


「七つめの質問です。貴方と相手は処罰を受けましたか?」

「……いいえ」


 ということは、諍いの原因は他から見れば、他愛のないものだったことになる。でもリンドにとっては、我を忘れるほどに激昂するもの。そんなものナタリスは一つしか思いつかなかった。


「八つ目の質問です。諍いに私は関係していますか?」

「……はい」


 ナタリスは笑みを堪えて、一度紅茶を飲んで喉を潤した。これで、仕上げだ。


「九つ目の質問です。貴方は昨日出席した夜会で、酒に酔った友人に私の悪口を言われた。それで貴方は激高し、相手に殴りかかった。殴られた相手は貴方を殴り返し、殴り合いの喧嘩に発展した。騒ぎが起きたのが夜会終了直前だったこと、貴方と相手が親しい友人だったこと、二人とも成人した直後で大目に見てもらえたことから、二人とも口頭注意で事なきを得た。という真相で、合っていますか?」

「……はい。……それで全部合っている」


 リンドは深い溜息をついた。


 リンドはもう少しうまく立ち回るべきだった。溜息をつきたいのはナタリスの方だ。リンドにお説教したい気持ちが、ナタリスの中で溢れそうになる。が、リンドはこってり絞られたようなので、ナタリスはそれ以上追い打ちをかけるのは止めておいた。悪口を言われて怒ってもらえたのは、嬉しくもあったから。


「俺もあいつも、慣れていなくて飲み過ぎた。あいつに何を言われたかは、絶対に君には教えないからな。まったく事実ではない、憶測ばかりで物を言って」

「それは貴方が私を、人前に出そうとしないからです。人前に出て見苦しい容姿では、ないつもりですが?」

「世にも珍しい治療魔法とその美貌、時代が違えば、君は聖女として祭り上げられていても不思議ではないはずだ。だから婚約者であるうちは、君を人前には出したくない」


 惜しい。今のがリンドの本音だとしても、ナタリスが聞きたいこととは少しずれている。


「真相が分かったなら、もういいだろう? 約束通り治療してくれないか?」


 リンドはもう終わった気になっているようだが、ナタリスにとってはここからが本番だ。


「いいえ、まだ九個しか質問に答えていただいていません。治療は十個目の質問に答えていただいてからです」

「何だ?」


 投げやりなリンドに、ナタリスは満面の笑みで問いかけた。


「最後の質問です。貴方は私が好きですか?」


 真っ赤になったリンドは、言葉を詰まらせた。何度も何度も何か言おうとしてはためらうリンドを、ナタリスは笑顔で待ち続けた。紅茶が冷めきるほどの長い時間が経ち、リンドはついに観念した。


「……はい」


 リンドはナタリスと決して目が合わないように、真横を向いた。


「貶されてかっとなったり、侯爵家の権力を使って無理やり婚約したりした程度には、俺は君のことが大好きだ」


 自棄になったリンドが、そう早口でまくし立てた。


 ようやく聞けたリンドからの愛の言葉で、ナタリスは顔が緩むのが止められない。嬉しくて仕方ないナタリスは、リンドを治療するために椅子から立ち上がった。


 数分後、治療魔法を使おうとしていたナタリスに、リンドから待ったがかかった。


「ま、待て。君の治療魔法の使い方が、そんなのだとは聞いていないぞ! それをやるのはだいぶまずくないか!?」

「だって、わざと言っていませんし」


 焦りまくるリンドに、ナタリスはにぃっと間近で笑って見せた。

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