スケスケの生き物の不思議
その10
ところで、巡礼の最終目的地で、正体不明の生きものが、巡礼者を不安にさせたり、何かの騒動の原因になるのではと心配されたりしている。
その発端は、矢口博士の研究室である。
研究所に今や独裁者として君臨する矢口博士は、研究員の美里にお茶くみや、コーヒーや、ゴミ箱のゴミ回収、廃棄などの雑用ばかりを命じて、実質的に、美里を研究所の研究活動から排除した。
矢口博士の命令に背いて、矢口博士の元愛犬、弁慶号を庇ったことで、矢口博士は、怒った、それ以来、美里に憎悪の気持ちを抱いていた。
さらに悪いことに、矢口博士は、ことあるごとに、美里に弁慶号の処分を命じているのであるが、美里は矢口博士の命令を無視して、弁慶号のことを庇い続けていた。
お茶の時間に、研究員の全員から、お茶、コーヒーなどの注文を受け、各人からの飲み物の温度や入れ具合のリクエストに対応し、研究員のもとにお茶、コーヒーを届けるのは、なれない美里にとっては、大変な仕事であった。
それだけではなく、研究員の要望があれば、美里は、随時、このコーヒーとお茶のサービスをすることを求められた。
さらに、気が短く、美里にとってはいじわるな矢口博士や、矢口博士のお客さんにお茶を出すのは、大事で、プレッシャーのかかる仕事であった。
美里は、不平を言いたくても抑えて、頑張っていたのだが、ついに粗相をしてしまった。そして、美里の粗相をの相手は、こともあろうに矢口博士であった。
どういうことかというと、研究員でありながら、雑用係の役を強要されている美里がコーヒーを、矢口博士の机にぶちまけて、いくつかの古文書をダメにしたのだ。
どういうことかというと、矢口博士の所長室に入る際に、偶然、床にいた猫ほどの何かの生き物を踏みつけてしまったためである。
バランスを失った美里は、運んできたトレイごと、コーヒー、ミルク、砂糖、お茶受けのお菓子を一気に矢口博士の机にぶちまけてしまった。
美里は、動物の驚いたような反応を、踏みつけた足の裏に感じた。動物はゴソゴソと音を立てて部屋の開け放たれたドアから出ていった。
その動物はそれほど動きが早くはなかったので、美里は、その動物が矢口博士の所長室から出ていく様子をしっかりと観察することができた。
驚いたことに、その動物は、美里には、氷の彫刻の動物であるように、透明に体が透けて見えた。この不思議な動物に、美里はひどく驚いた。
矢口博士は、古文書が、汚れて、判読がただでさえ困難なのに、さらに困難になったことを嘆き、美里のことを睨みつけて、地団駄を踏んでみせた。
そして、矢口博士の部屋から逃げ出した謎の生き物を探すように、研究所の全員に指令を出した。
その11
透明な、大きさはネコくらいの大きさの不思議な動物が、矢口博士のいる研究所の所長室から逃げ出した。
研究員の美里は、研究所の皆と一緒にこの透明な生き物を探したが、研究所のどこを探しても不思議な動物の姿は見当たらなかった。
とすると、ひょっとして、あの不思議な動物は、研究所の外に逃げ出してしまったのかもしれない。
美里や、研究所の仲間の何人かは、研究所の敷地から、大草原の方に降りてきた。
美里は、これがとんでもない騒動が起こる予兆のような気がしてならなかった。
美里は、暗い気持ちになった。
研究所の方から、数百人の人間が、白衣を着て大平原の巡礼者たちの野営地の方に降りてくる様子は、異様な様子に見えたに違いない。
* *
美里たちの研究所は、今や、多くの巡礼者を世界から集めている里山と大草原の間をくぎるように描かれた縁どりに位置に接するように建っている形になっていた。
ところで、この大草原というのは、ある日、突然巨大な団地をまるごと消し去り、代わりに現れた大草原のことである。
そして、この大草原の西方の位置には、巨大な建物の廃墟が存在していた。
この巨体な廃墟は、塔のようにも見えた。しかし、不思議なことに、この塔には、窓も扉もなく、今のところ中の様子は全く知れていなかった。
* *
研究所の方から大平原の方へと、矢口博士の元愛犬、弁慶号に引かれるような形で、美里は、降りてきた。
「美里さん!」
誰かが、美里に呼びかけた。
美里は、呼びかけた声のする方に振り返った。
美里に声をかけてきたのは、どうも、ひとりの若者と一緒にいる初老の人物であった。
美里に声をかけてきたのは、美里はそれを確かめるように、声をかけてきた人物のことをじっくりと見た。
美里の表情に、明らかな喜びが現れた。
「先生!」
美里が、今度は弁慶号を、引いて、初老の人物の方に近づいてきた。
* *
初老の人物と、若者は、少し前からこの場所で議論を交わしていた。