大平原出現。そして、MISATOの謎
世界には、ひとりの神さまと、神さまに仕えるたくさんの天使が住んでいます。
たくさんの天使は、なぜか、毎日、その数を増やしております。
天使が、日々増えていった結果、この世界で暮らす天使は、いうならば、あふれるほどの、あふれて世界からこぼれ落ちてしまうほどの数の数になっています。
そういうことで、世界には、あまりにたくさんの天使が暮らしており、全知全能というか、万能の神さまでさえ、その天使の名前を全員覚えておくことがむずかしいことになっています。
ある日、神さまは、増えつづける天使たちのことを思い、つい絶望のため息をついてしまいました。
神さまは、天使たちに向かって、泣き言を言ったのです。
「この世界には天使が多すぎる。しかも、天使たちは増えつづけている。私の全知全能の力を発揮しても、ひとりひとりの天使の名前を覚えておくことが不可能になってしまった」
神様が、この泣き言を言ってしばらくすると、神さまが、天使の名前を間違えて呼んでしまうという、あってはならない出来事が起きてしまいました。
そして、名前を間違えて呼ばれた天使本人はは、考えが混乱してしまいました。
そして、名前を間違えて呼ばれた天使は、自分に天使としての誇りと自信をなくしてしまいました。
神さまに、名前を間違えて呼ばれた天使は、もう自分は天使ではいられないと考えました。
そして、神さまに名前を間違えて呼ばれた天使は、天使であることをやめて、悪魔になりました。
それでも、その日以来、神さまは、天使の名前を間違えて呼ぶことがしばしば起きました。
このようにして、この世界には、悪魔の数が増えていったのです。
その1
敏夫は、悪い夢を見た。
敏夫は、自分の名前を忘れた夢を見た。
敏夫の見た夢の内容はとても現実離れしたものであったが、とても生々しいものであった。
(最近、敏夫が感じている不安とその夢はなにかの関係があるのか?)
敏夫は、なにか不安な気持ちになった。
* *
敏夫は、その悪い夢を見た日の朝のことである。
すでに、窓からは、カーテンを通して日射しが入ってきていた。
この日差しは、温かく、心地よいものだった。
敏夫は、目が覚めて入るが、寝床から抜け出す気力が湧かないでいた。
(起きても、何も良いことがなさそうだからで、この最高の寝心地を捨てるわけにはいかないな)
たしかに、このところ敏夫にとって良いことはあまり起こらず、悪いことや様々な不運が、重なって敏夫に襲いかかってきていた。
敏夫を待ち受ける悪いこと。実際に、今日もなにか悪いことが起こりそうな予感がしているから寝床の中の平和をもう少しの時間で良いから味わっていたかったのだ。
いや、それは予感ではなかった。それは、ほとんど決定事項であった。
そう、敏夫は逮捕状が出されている身になっていた。
「明日起きるのは、この部屋ではなく、監獄で起きることになるかもしれない。監獄にも温かく、心地よい日が差してくれるだろうか。」
電話や新聞やSNSなどの情報によって、敏夫を容疑者にしてしまった事件の進展を知りたくなった。
敏夫は、サイドテーブルの上にあるはずのスマホをさがし始めた。
しかし、敏夫は、すぐにスマホをさがすのをやめた。
(家の外がなんだか騒がしい)
たしかに、日曜でもないはずなのに、敏夫の家の外がやけに騒がしい。
敏夫は、ベッドから起き出して、窓のカーテンを開けた。
家の周りで、子どもたちがボール遊びをしているのが見えた。
そして、その子供たちの遊んでいるボールが敏夫の家の壁を直撃した。
子供中のひとりがボールを取りに庭に入ってきた。子供は、ボールを取るとまた遊び友達のところに戻っていく。
敏夫は、その子供と目があった。
そのときに、子供には反省する様子もなかった。悪びれた様子はなかった。自然だった。
* *
敏夫は寝起きの状態だったので、もう少し寝ようと思った。
何がきっかけだったのだろうか? どこかの宗教の勧誘の人間がやってきた。
敏夫は、寝起きだったので、起きて玄関で対応するのではなく、寝室のベットに接する窓を開けて、その宗教団体の人間の勧誘に対応した。
どうして、そんな活動をやっているのかと、世間話にもならないようなことを聞いたことはおぼえている。敏夫には、門前払いは少し失礼に思えたからだ。
宗教の勧誘は、家の近所で起きている、不可思議な事件について説明してくれた。宗教の勧誘によると、敏夫の家の外で、何かとんでもないことが起こっているらしい。彼は、興奮していた。そのことを大きな奇跡と考えているらしい。
「あなたは、呼ばれている! 神さまに! 神様は、あなたを必要としている。でなければ、こんなすごいことは起こらない」
「・・・・・・」
「この奇跡がなによりの証拠です。世の中を変えるには、あなたの力がどうしても必要。そうです。神さまは、あなたを必要としているのです。あなたはここに寝ていたなどはいけない。すぐに起きてうちの外を見なさい!」
しかし、敏夫は、外で何が起こっているのか興味なかった。
敏夫の無反応に呆れたのか? 彼、宗教の勧誘は、家のポストにパンフレットを入れると立ち去っていった。
* *
敏夫は宗教の勧誘が帰ると、再び寝ようとした。しかし、敏夫はすぐに目を覚ました。
敏夫が目を覚ますと、敏夫の家の周りの通りにどんどんと、車が増えてきているようだ。盛大な騒音が、人々のざわつきが、敏夫な家のまわりに溢れてきた。
時間がたつにつれて、というかたちまちに、通りはどんどんと混雑の度合いを増してきたのだ。
* *
そんなとき、敏夫のスマホが鳴った。電話がかかってきたのだ。
敏夫は、電話を受けた。電話の声は、敏夫に「罰当たり」と言った。
しかし、敏夫にそれ以上は、相手の電話の声が聞き取れない。何かを言っているのは確かなのだが、何を言っているのか分からない。もちろん、知らない番号で、誰からかかってきたのかわからないまま、電話は切れた。
敏夫の家の近所で、大音量で、スピーカーで音楽をならし始めたのだ。こんなことは、あまりない。電話もろくにできないような家の周りの騒音のことだ。
これまで、敏夫は、ここにはしばらく住んでいるが、流石に、こんなことは体験したことはなかった。
普段は、静かな街であるはずなのに、一体何が起きているんだ。
いつもは、気軽に、挨拶を交わしてくれたこの街の人達が、探るように、口を閉ざして窓から寝室の敏夫の方をじっと見てくる。それが部屋の中からもわかる。
「これでは、かえって窓を開けてられない」
しばらく、というか、ほんの数日家をあけている間に、というか、この一晩で、彼にとって街の様子や、いろんな事情は一変してしまったようだ。
しかし、まもなく、ふと気づくと家の近くでボール遊びをしていた子どもたちが、どこか他のところへ行ったのか、子どもたちの声は聞こえなくなり、あたりにいくらか静けさが戻っていた。
子どもたちの歓声がなくなって、人々の行き来する物音や、行き来する人たちが交わす気になる会話が家の中からも聞こえるようになってきた。
敏夫は、外のことなどお構いなしだった。敏夫はカーテンを開け、窓をしめた。そして、もう一度窓のカーテンもしめた。
* *
敏夫のいる寝室は実際に静かになった。
敏夫の心は少し落ち着いた。
敏夫は、しばらくするとなにか新しい、なにか特別な気配を感じた。いや、そうではない。はじめから分かっていたことだ。敏夫はすでに異変に気づいていたのだが、自分に偽っていた。敏夫は、確かに目に見えていた現実を!
(たしかに、様子が変だぞ!)
敏夫は、胸騒ぎがし始めた。敏夫は意を決した。
敏夫は、窓のカーテンを開いた。そして、窓を開けた。
(沢山の人達が、敏夫の家の周りに集まり始めている。多くの人間が、敏夫の家を目指してやってくるのが見える)
(なんかの錯覚か)
(こんなことがあってたまるか!)
敏夫は、自分の見たものが現実なのか、一度目をこすってみた。
たしかに、遠くから、ものすごい数の人間が敏夫の家を目指してやってくるのがわかった。
たいていは、車でやってきて、広野のあちこちに車を止めている。彼らは車から降りてこちらにやってくる。
さらに、遠くから歩いてこちらにやってくる人の群れが、遠くに見える。
敏夫は思った。
(これは何もかもがおかしいぞ! )
(俺の家は、建て込んだ住宅街の一画にあったはずだ!)
(俺の家は、多くの住宅に囲まれた中にあったはずだ。そうだろう!)
ところが今は、遠くまで見渡せるほどの広野というか、大平原のど真ん中に、自分の家が建っているように敏夫には思えた。
そこにあったのは、いつもと違って、まったく日本離れした空気感。西洋的な空気に満ちた空間であった。
* *
敏夫は、なにかの宗教の信者たちの巡礼の話を思い出した。
「そうか、『タンホイザー』とかいうオペラにも巡礼の話が出ていたな」
敏夫は、クラッシックをよく聞いている。
ところで、敏夫の家の近くの家々は一掃されて、巨大な中世風の建物のような遺構が立っていた。
それまで敏夫は気づいてはいないのだが、その遺構のようなものは宮殿か、教会か、大邸宅か、それは見分けがつかないが、塔である部分ははっきりとそれだとわかる。
古い造りの大きな建物が、いつの間にか、敏夫の家の隣に存在していた。
* *
敏夫はダイニングルームに戻った。
敏夫は本能的に、また、スマホを探し始めていた。
(たしか、スマホは、サイドテーブルの上にあったはずだ)
敏夫は、窓を通して見える敏夫の家の外の景色に心を奪われていた。
それでも、敏夫は手探りで、スマホをさがし当てることができた。
敏夫の思った通り、スマホは、テーブルの上のいつもの決まった場所にあった。
敏夫は、自分に運を感じた。
早速、敏夫は、スマホを操作すると、なにが自分の回りて起きているのか確認するために、ニュースサイトをチェックしてみた。
敏夫は、スマホのニュースサイトのページをめくっていく。
敏夫は、ニュースサイトでページをめくって行くと、あるニュースが目を引いた。
* *
ニュースサイトには、「国重敏夫容疑者、今注目の横領事件でついに指名手配」とある。
(やはり、夢ではなかった)
敏夫は、恐れてはいたが、やはり否定できない現実と直面することになり、落胆した。
敏夫が、自分が容疑者として指名手配されていることを知ったのは、LEXUSの納車の日、いろいろ記憶に不鮮明な部分があってはっきりしないが、それは確か、一昨日ことだったはずだ。
まもなく、昨日には知人からのメールで国重敏夫は自分の指名手配の件について詳しいことを知らされていた。
そのメールで、知人は、これからどうするつもりかも聞いていた。メールにはうちに帰ると返事し、うちに帰った。
メールが来たとき、敏夫は酔いつぶれて通りで寝込んでしまっていて、朝日でようやく目を覚ましたところだった。
「飲んで回って、そんなんじゃ、まんまと逮捕されるようなものだろう」
友人は聞いてきたが、それには、返事をせずにしておいた。
確かに、そうなのだが、敏夫は、極限まで疲れていのか、最近は毎晩浅い眠りが続いているし、頭の働きは当てにできない。他に逃げる場所も思いつかないのだ。敏夫は、家で何時間か眠れるのなら、逮捕されても構わないという心境だった。
第一、 自分の名前が思い出せず、自分の記憶自体が頭の中にまだらな状態でしか残っておらず、いやそれどころか、自分の頭全体が空っぽの状態になっているような気がした。
しかし、これは今に始まったことではないかもしれない。これは、生まれた時からのことだ。敏夫は、そんな気がした。
* *
そして、今日、敏夫の家の周りには想像を絶する異変が起きていた。
敏夫の家の周りの住宅がことごとくなくなり、事業用の建物も、役所も、商店街も、学校もなくなり、代わりに敏夫の家から遠くまで見通せる広野が広がり、遠くから、車や徒歩で、多くの人が敏夫の家を目指してやってくる。
そんな事態になっている。何かとんでもないことが起こりつつある。敏夫は実感した。
しかし、すべてが変わってしまおうとしているのに、敏夫の事柄については、肝心なものは変わってはいなかった。なにも変わってはいなかったのだ。
「お尋ね者?」
「容疑者」
敏夫は、落胆してしまった。
(…… )
しかし、次の記事へスマホの画面を進めていくと、何かのコマーシャルが落胆した敏夫の気を引いた。
それは、昨夜、敏夫が夢で見ていたことと、全く同じ内容に思えた。
『新しい世界の訪れ』
ニュースのサムネ写真の女と同じ女が敏夫の夢にも現れ、『新しい世界の訪れ』を主張していた。
「女は、誰?」
敏夫は思った。
その女は、ネット広告というか、敏夫の指名手配のニュース次の位置に貼ってあった広告にその姿が出ていた。
その女性は、どこかしら、敏夫にとっては印象的な存在であった。まさに、敏夫が夢に見た通りの女性であった。
(MISATO?)
敏夫のおぼつかない記憶にも、この名前はなにやら響いてくるものがあった。
「今見た夢に登場した不気味な世界は、ここがもとになっていたのか? この広告を見た記憶が俺の中に残っていたのかもしれない。確かに、この広告を不気味に演出したら、この世界観は、確かに心に響く」
電話がかかってきた。
敏夫は、電話に出た。
電話がかかってくる。
「ちょっときてくれ」
電話は、警察からであった。敏夫に横領事件について、話を聞きたいという。
その2
ここは、警察の取り調べ室である。
電話が敏夫にかかってきたとき、すでに警察の車が敏夫の家の前に到着していた。
敏夫は、警察の車で、警察署まで連れられてきた。警察の敏夫にたいするあつかいは、とてもていねいなものだった。
敏夫の前にいるのは、取り調べの担当官だ。
* *
敏夫は、取り調べの取調官に対して言った。
「横領事件のこと、俺は自分が容疑者であること、知っていた。それでも、俺はうちに帰ってからずっとうちに居た。ニュースでは、俺が横領事件の犯人に仕立て上げられていた。俺は、自分が潔白であることを知っているので俺は普通通りに暮らしていた。ただ、自分の無罪を証明してくれる書類やデータが入っているカバンを俺はなくしている」
敏夫は、横領事件について、それが冤罪であること、つまりは敏夫か濡れ衣を着せられていることを言いたかった。
しかし、取調官は敏夫の必死の弁明に、なんの反応も示さなかった。取調官は、敏夫の話を聞きながらも、頭の中では、ぜんぜん別のことを考えているようだった。上の空というわけだ。
取調官は、敏夫が、言いたいことを言い終わるのを、じっと待っているようだった。
敏夫は、心のなかで一番引っかかりのあること、敏夫にたいする、警察の人間たちの態度について問いただした。
「しかし、なぜ俺は逮捕されないのか? 君たちは、なぜ容疑者の俺に手錠をかけない。。。。」
敏夫は、言いたいことを言い終えたのか、今度は、黙り込んでしまった。
敏夫と取調官の間には、沈黙の間が生じた。
取調官が、ようやく口をひらいた。
「いろいろあって、警察も手が回らない部分があるのです」
取調官の言葉は、敏夫の予想もつかないものであった。
「……」
「国重さん、優先順位なんです! そういうことは、良くあることなんですよ。今度の場合、あなたの横領事件よりも、取引を優先するようにわたしたちは、考えているのです」
取調官は言った。
「そいうことなのです。わたしたちの取引を始めることにしましょう」
「取引の話? まわりくどい。頼みがあるなら、直接俺に言えよ。俺を、横領事件の容疑者にしたて上げる、そういう罠にかけて、俺が断れなくして、それから、あんたたちの取引をを申し出る。これは公正な取引と言えるのか?」
「わたしたちは、私達を苦しめている問題をです。少しだけ手伝ってくれればいいんです。ほんとうは国重さんに迷惑をかけたくはないのです。あなたの抱える横領容疑については、まもなく、マスコミも報道をやめるでしょう。世の中もあなたの横領事件のことはさっぱり忘れてしまうでしょう。こういうことはよくあることなんですよ。国重さんともあろう人なら理解いただけると思いますが……」
取調官は、机の上に置いたファイルから二枚の写真を取り出した。そして、それを敏夫の方に差し出した。
「このひとのことを国重さんは、ご存知ですよね」
敏夫は、取調官が差し出した写真を手に取ると、その写真をよく見てみた。
その写真には、西洋人の若い女性が写っていた。それは、絵画の表と裏を写した二枚のモノクロの古い写真であった。敏夫は、写真に写っている若い女性に見覚えがあるようにも感じたが、全く知らないようにも思えた。絵の裏には、ドイツ語で「魔女、MISATO」とメモが記されていた。
「この女性のことをあなたは知らないとおっしゃるのですか?」
敏夫はうなづいた。
「おかしいな……」
取調官は、敏夫の反応が気に入らない様子だった。
取調官は、ファイルからもう一枚の写真を取り出した。
取調官は、その写真を敏夫に手渡しながら言った。
「これはあなたの奥さんですよ。よく見てください。あなたも一緒に写っているではないですか」
確かに、西洋風の居間でくつろぐ二人の人物が写真には写っている。
写真に写っている二人の人物のうちの一人は、先程の絵の写真のMISATOという女性で、もう一人は確かに国重敏夫のように見えた。