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裏道

 振り向けば、彼女の知らない少女だった。「ごめんんさい、あなたはどのクラスの子かしら?」社の声は美声であるといえた、歌声というのではなく、耳に心地よい響きがして、なおかつ聞き取りやすい。役者や声優の方が、余程職業として相応しいようにさえ思われるような声色だ。


「ううん、学校が違うから、知らなくて当たり前です」少女は、首を振って言った。「隣町の第二東だもん」


「あら、お隣の学区の子が、こんな時間にこんな処にいるとブギーマンに連れされられてしまうわよ・・・で、あなた、お名前は?」社は思わずブギーマンと言ってしまった事に妙に恥ずかしさを覚えた。これじゃ、子どもと一緒だわ。


「向東野 礼香と言います、ただ”こ”は、子どもの”こ”じゃなくて、お新香の”こ”なんです」少女は、それが名乗る時の慣用句かのように、すこしはにかみながら言った。「それにブキーマンなんて都市伝説だから、夜だからって関係ないと思うよ」


 ブギーマンが都市伝説だよとはっきり言われてしまって、彼女は、恥ずかしい気持ちになりつつも、女の子はやっぱり大人っぽくなるのが早いのねと考えた。


「まぁ、芳しい名前ね、でもちょっと変わっている方が覚えて貰い易いわよ」と社は、笑みを返してみせた。「で、向東野さん、何か用かしら?遅い時間だし、ブギーマンが都市伝説としても急ぎの用で無いなら、日時を決めて改めて逢った方が良いと思うのだけど、どうかしら」大人っぽく言われた以上は、こちらも大人としてちゃんとした対応を取らねば、と社は考えた。


「先生は、夜にしか逢えないって聞いたので、帰り道を聞いて待っていたんです。それに、今日が良いんです」少女は、社を見上げるようにはきはきと言った。


「じゃあ、ここで立ち話で聞けばいいのかしら?」社は、人気のない道路を見渡した。教育者の立場としては、それは良くない判断だと思った。周りは住宅ばかりで、子どもと一緒に入れるファミレスや喫茶店はこの辺りには無い、いっそ自分の部屋に連れてゆくしかないかなと、思った。


「近くにある社なら坐ってゆっくり話せると思います」少女は、言った。


「社?森八幡さまかしら?」社は、首を傾げながら訊いた、夏になれば盆踊りをやったりするので、子ども達にはよく知られた処だが、神社の中だけに、特にイベントが無いときは薄暗い処だ。


「はい、あそこなら静かだし、人目も少ないし」少女の言葉に、社は戸惑った。人気がないし何かあった場合に、大丈夫だろうか?そもそも一年前の事件もまだ解決しておらず、街の人々は、まだ神経をとがらせているのだ。


「人にきかれてはいけないような話なの?」社の言葉に、真剣な眼差しで見返すことで少女は返事の替わりとした。


「はい、たぶん。」


「判ったわ、その替り、こんな時間だから、その話が終わったら、あなたを家まで送らせてもらいますからね。」社は、仕方ないなあと思った。しかし事件だけは、起こすようなことになってはいけない。なにかあったら、この子は守らねば・・・と決意のようなものが、湧き上がってきた、


「うん」少女は、その返事に少し時間をかけてから言った。


「それなら、神社まで行きましょうか」と前を歩き始めた社を、彼女を少女が止めた。


「先生、普通の道じゃあ遠回りだから、私のあとを付いてきてください」少女は、身を翻すように社の前に移動すると、さっさと歩き始めた。


-なかなか活発な子だこと-そう思いながら社はその後ろを付いて行った。少女は少し歩くといきなり、戸建て住宅の間にある小さい木を手で脇に避けるようにすると、家の塀と塀の間にある狭い場所に入りこんで行った。


 そこは通路ではなかった。家の塀と塀の間にすぎない。大きな大人だと通るのさえ難しそうな狭さだが、社はどちらかと言えば痩せていたので、前を行く少女の後をなんとかついて行くことができた。街灯は無いが、周りをとり囲む家々の窓明かりが、行く手を照らしていた。


「凄い道ね」思わず、彼女は口にした。


「この辺の子どもはみんな知っています。」と少女は、小さい声で言った。


「なるほどねぇ」と頷くと、まるで探検ごっこみたいと、思った。


 コンクリートブロックの塀の間に、裏口として使っているのか狭い格子状の扉があった。そこからそっと中を覗くと、芝生の小さな庭が見え、まあるいテーブルと2脚の椅子があった。その脇に一本の木が植えられ、その枝に二つのガスマスクがぶら下がっていた。


「?」不思議そうにそれを見ている社に気がついた少女が、振り返ってから、社の側によると小声で言った。


「ここの家族、原発事故の時に外は放射能で汚染されているからって、あれを買って出歩いていたらしいけど、今は、ちょっとしたオブジェにしているみたいです。お父さんが、生物学者とかで、昆虫の標本を沢山持っているから、夏休みの間は、子ども達に見せてくれるから男の子達の間で評判だよ。でも私は虫が好きじゃあないから見たことないけど」


「オブジェなんて、難しい事を知っているのね」と思わず社は感心して言ったが、少女は照れてしまったのか、ぷいと先を急いでしまった。


家の間の隙間を左右に折れて進むと、やがてコンクリの塀が途切れ片方が生け垣になった。


 そこをふっと覗いた彼女の口から、ひぇっと声が漏れた。そこに、13日の金曜日に出てくるジェイソンの大きな等身大の人形が置かれてあったのだ。それが、チェンソーを振り降ろすようにして持っているのだ。


「あ、ここの家の人、フィギュアを作っているんだって、あれ本当に怖いよね」と少女は、指でさしてくすりと笑った。「最初に見た子は、驚いて、泣き出しちゃうんだ」


 しかし、よく見れば、ジェイソンの首にフックが付けられているようで、そこに庭の掃除道具なのか、箒とちりとりがぶら下がっているのを見つけて、彼女は、クスリと笑った。立って居る以上は、何かの役に立たせたかったのかしら?

 

 これじゃ、ちょっとした肝試しの道だわと彼女は思った。あるいは少女の狙いは、自分が恐れ戦く姿を見たいのではないかと、訝しんだ。


 やっと、家の間の通路を抜けると、少女は唇に人差し指を当てた。「静かにね」と他人の家の車庫に入り、止まっている軽自動車の脇を、横向きになって進んだ、その車庫にはボードが固定されていて、うすぐらいなかに、沢山の工具がぶら下げられているのが見えた。そしてそのボードの横に、まあるい木がぶら下げられ、その中央に目と口の部分に穴が空いた白いシートのようなものが張り付けられていた。ダーツの矢がその白いシートに3本突き刺さっていた。


「なにあれ」と思わず社は小声で言った。


「あれは、ここの奥さんが使った、パックの剥がしたやつ・・・旦那、奥さんが怖くてストレスが溜まると、ああやってダーツの的にしているんだって」少女も小声で答えた。


 社をそれを聞くと、思わず笑い出しそうになって、口を押さえた。全く子どもといえども、どこからそんな情報を得るのだろう。その姿をみて、少女も、くすくすと笑いを堪えていると、家の中から「誰かいるのか?」とだみ声が聞こえたため、思わず二人は早足でその場を抜けて行った。


 車庫を抜けた裏は、雑草が生い茂る空き地になっていた。その雑草の中を獣道のような小径が背の高い草の中に続いていた。小径は、あちこちで分岐をしていたが、前を歩く少女は、迷いもなくその獣道を突き進んだ。


 ふと脇をみればコンクリートで作られた、腰くらいまでの高さの、円環状のものが目に入った、街灯が微かにしか届かない空き地を、かろうじて照らしているのは、月明かりだけだった。そのわずかな明かりに、しろっぽいコンクリートの色が浮かび上がっている。

「古井戸かしらね」社は、思わず足を止めた。「ここに放置して危なくないのかしら?」

「大丈夫、すっかり中は埋め立てられているから。」少女は、闇の中で白い顔を浮き上がらせて答えた。「でも、隠れんぼにはもってこいなのよね」そして、小さな声で呪文のような言葉を唱えた。「さっちゃん、今は遊べません、さっちゃん、今は遊べません、さっちゃん今は遊べません」


「何、それ?」


「暗い時間に、此処を通ると、昔ここに住んでいた幸子というお婆さんの霊がでるんだって、そのお婆さんを見ると井戸に突き落とされるから、幽霊が出てこないように、この呪文を唱えるんだよ。逆に、幽霊を見たいときは、さっちゃん遊びましょと、3回唱えると、さっちゃんの幽霊が出てくるんだって。それより先生、急ごうよ」と少女は、白い顔が闇の中で残影が残るかのように走り出した。


 社も、急いでその後を付いて走った。空き地を抜け、また住宅の間を抜けると。車一台が通れる程の細い舗装路にでた。それを渡った正面には神社を取り巻く御影石の塀があり、短い横断歩道の先には境内に入るために、そこだけ塀に隙間が空けてあった。二人はそこを通って中に入った。


 社にとって街路の明かりが届かない境内は、重圧感のあるような闇に覆われているように感じた。わずかな月明かりが、頼もしい存在に思えた。この暗がりの中で、少女の話を聞かねばならないのか、それがどういう話なのだろうか?不安が心の中で膨らんできた。

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