第九話
「リルアさん?」
「あ、はい。すみません。ボーッとしてしまいました」
いけない。いけない。つい物思いにふけってしまって、レオンハルト様の呼びかけにも気が付かなかった。
「いえいえ、長旅でお疲れにも関わらずこのように休ませもせず話に付き合わせてしまったのです。謝罪をするのは僕のほうですよ」
「あ、いえ。多少の疲労感はありましたが、紅茶とケーキのおかげで癒やされました」
「そうですか。それはなによりです」
随分と気を遣わせてしまっている。
彼を困らせたくはなかったので申し訳ないと思った。
(はぁ、受け身になっているだけじゃダメね。私も考えなくちゃ。やっぱりこのまま流されて悲劇を甘受するなんてできない)
そうだ。前世も流されるままで何もしなかったから、判断力を失って死んでしまったのだ。
この二度目の人生も前世と同じ轍を踏むのだけはやめよう。
せっかく前世の記憶もあるんだからそれを活かさずして、どうする。行動しなきゃ……!
ここまで自分の境遇に戸惑ったり、悩んだり、感情が追いつかなかったりしたが私は覚悟した。
運命という便利な言葉に逃げず、悲劇的な結末から回避しようと。
「さて、それではお茶会はこの辺でお開きにしましょうか? メイドにあなたの部屋に案内をさせます。今日のところはゆっくりとお休みになって――」
「ちょっと待ってください!」
紅茶のおかわりをいただかなかったからなのか、レオンハルト様は話を終わらせようとする。
いけない。このまま話を終わらせてはいけない。
悲劇の結末を回避するには彼の協力も必要不可欠だ。
巻き込むことになるのは申し訳ないが、このままだとまずいことになることは伝えておかないと……。
「あの、レオンハルト様の厚意は嬉しいのですが……私、知っているんです。あなたが失敗して私が魔王になってしまうことを」
なにを話せばよいのか迷ったが、私はできるだけストレートな言葉を選んだ。
それはレオンハルト様のプライドを傷つけるような言い方だが、変に遠慮しても仕方ないと思ったのだ。
「おやおや、それは奇っ怪な言い回しをされますね。知っている……つまりそれは予言かなにかの類ですか?」
私の乱暴な言い回しを聞いても彼は落ち着いた表情を崩さない。
ただ、不思議がっている。わざと私がそういう伝え方をしたから。
そこに違和感を覚えないはずがないと信じていた。
「予言、ではありません。似たようなものですが、違います。私は知っているのです。この先自分が魔王として覚醒してあなたを殺すことも。そして妹のシェリアに殺されることも」
「ふむ……。あくまでも知識として知っている、そう主張をされるのですね。面白いことを仰る」
「申し訳ありません。こんな荒唐無稽信じていただけませんよね?」
「とんでもない。僕は理解が追いつかないくらいで信じないと切って捨てるほど頭は固くありませんよ」
レオンハルト様は立ち上がり、カップに紅茶を注ぐ。
そして私のティーカップにも紅茶を入れ直して、それを差し出した。
湯気が出ている。おそらく魔法か錬金術で紅茶を温め直したのだろう。
「おかわりは要らないと仰りましたが、もう少し話が続くと思いましたので」
「あ、すみません。ありがとうございます」
勧められるがままに私は紅茶に口をつけた。
ハーブの爽やかな香りがなんとも心を落ち着かせる。
(やっぱり美味しい)
興奮気味だった頭がすっきりする。これなら上手く話せそうだ。
「一つだけ質問をしてもよろしいですか?」
「えっ? あ、どうぞ」
話をこちらから切りだそうとした私だったがレオンハルト様にそれを遮られる。
さっきの話についての質問だろうか?
疑問点だらけだろうから無理はない。まずは彼の疑問を解消することから始めよう。
「リルアさん、あなたの体内には二つの魂があるように見えます。いえ、正確には一つなのですが、なんと申しますかあなたの本質が二つあるように見えるのです」
「魂が二つ? 錬金術師はそんなことまで見えるのですか?」
この人は何回私をドキリとさせれば気が済むのだろうか。
まさかここまで見抜いてくるとは思わなかった。
フェネキス王国がこのチートすぎる錬金公爵にスパイを何人も送るほど警戒していたのも頷けてしまう。
「誰もが見える、というわけではありません。しかし物事の本質を捉えて、それを分解して再構築するのが錬金術。生命体の本質とはすなわち魂……あるいは記憶の器と言い換えてもいい。あなたにはその記憶の器が二つあるように見えます」
「そこまでお気づきとは……」
「どういうことなのか、ご教示いただけませんか? もちろん無理強いをするつもりありませんが……」
ここまで理解されてしまったら、もういっそのことゲームの世界に転生したという話をしてしまおうか。
私は目の前の規格外の錬金術師にすべてを打ち明けることこそ、悲劇を回避する唯一の道だと思えてきた。
そのためには前世の世界の説明やら普通なら与太話だと思われるようなことを話さなきゃならないが、彼ならなんとか理解してくれるかもしれない。
「実は私、前世の記憶を持っているんです」
「前世の記憶……ですか」
「前世で過ごしたのはこの世界とは別の世界でした。その世界で私は――」
一か八か自分がゲームの世界に転生したということを告白してみた。
まず前世の世界について話して、そこでの娯楽にゲームというものがあるという情報も伝える。
そしてこの世界がそのゲームの世界に酷似しており、私が魔王に覚醒するというシナリオのもとで動いている。そんな普通なら信じてもらえないであろうことも包み隠さず伝えてみたのである。
「ゲームのシナリオだとレオンハルト様は魔王となったリルアに殺されます。そしてそのリルアは愛する妹に殺されるのです」
「………」
「私は誰も殺したくありません。このまま魔王になって多くの方に被害が及ぶくらいなら死んだほうがマシです」
どこまで理解してもらえたのかわからない。
でも話さずにはいられなかった。話しだしたら止まらなかった。
私は魔王なんかになりたくないし、そのせいで誰かが死ぬのは耐えられない。
状況だけでなく心のうちまで話すのは気が引けたが我慢ができなかった。
「リルアさん、あなたの主張は大体わかりました。……ですが一点だけわからないことがあります」
「一つだけ、ですか?」
ええーっと、かなりヘンテコなことを言った自覚はあるんだけど、わからないのは一つだけなの?
だってそれは裏を返せばその一点を除いたらわかったということでしょ。
私からするとそれこそ摩訶不思議な話である。
「リルアさん、あなたのご自分の身がどうなろうと誰も殺したくないというその心意気はご立派です。ですが本当のところ、どうなんですか? 死んだほうがマシと仰りましたが、それは本心でしょうか?」
「そ、それは……、その」
「僕はこの話を口外するつもりはありません。これは内緒話です。僕を信頼してこの話をしてくれたと思うのですが、もう一歩進んで本音を聞かせていただきたい」
レオンハルト様は眼鏡を外してまっすぐにその眼差しをこちらに向ける。
彼のそのアイスブルーの瞳は私の心中をすべて見抜いているような気がして、私は自然に言葉が出てしまった。
「……たくない! 本当は死にたくない……! 死にたく、ありません!」
そうだ。どう小難しく理屈をこねくりまわしても、私は生きたいのだ。
身勝手極まりない聖女失格の主張かもしれないが、生への執着はどうしても捨てられなかった。
「それでいい。いえ、それが人としてのあるべき姿です」
「レオンハルト、様……。ぐすっ、すみません……、その、私は……」
また涙がでてしまった。
思えばエルドラド殿下に殺されそうになったときもまた私は泣いてしまっていた。
でも、この涙はあのときとは違う。すべてを受け入れてもらって安心したから泣いているのだ。
「辛かったですね。どれほどの絶望があなたの心を締め付けていたのかと想像すると同情を禁じ得ません。……どうぞ、これで涙をお拭きなさい」
「す、すみません。なんだか感情が昂ぶってしまって」
涙を拭くようにハンカチを渡された私はなんだかとっても恥ずかしくなった。
今日お会いしたばかりの男性の前で泣いてしまうなんて、聖女でなくてもやらかしてはならないことだと思う。
「あなたが転生者であることは幸運でした。それだけで僕はゲームとやらの僕とは違うはずです。安心なさい。あなたを死なせやしません」
どうしてこの方は私の話を簡単に受け入れて、その上でこんなにも自信に満ち溢れた表情を見せるのだろう。
そもそも私が転生したという話から信じがたい話だというのに。
レオンハルト様はもうすでに私によるゲーム知識を前提にしてどうにかする方法を考えている。
「魔王とやらはあなたの仰るとおり僕の想定を遥かに超えて厄介な力の持ち主なのでしょう。ですが、それを知れただけで僕はかなり有利になったと考えています」
「そういうものでしょうか?」
「ええ、そういうものです。未来の情報というアドバンテージはあなたが思っている以上に大きい。……ですから今日はもうおやすみなさい。ゆっくりと睡眠を取って、あとは明日以降に話しましょう」
「わかりました。……ふわぁ、あっ! すみません」
その言葉に安心したのか私は急激な睡魔に襲われた。
レオンハルト様の仰るとおりこれ以上はもうなにも考えられないかも。
というわけで、ティータイムはここで終わりを告げ、私は彼の勧めに従ってゆっくりと体を休めることにする。
これがアルゲニアの錬金公爵レオンハルト・オーレンハイムとのファーストコンタクトであった。
ここで、第一章は完結です!
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