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第八話

「ふーむ。話せませんか。いえ、僕なりにリルアさんになにが起こったか推理はしていたんです」


「…………」


「魔力欠乏症などの疾患、不摂生で聖女には相応しくない外見に様変わりした、など色々と考えました。しかし見たところ魔力は高い水準を維持していますし、見た目は言うまでもなくお美しい」


 早口でまくしたてられ、その上美しいとまで言われて私は顔が急激に熱くなる。


 絶対に今の私、顔が真っ赤だ。いろんな感情がごちゃまぜになって、きっと酷い顔をしている。


(参ったわね。どんな言い訳も通じなさそう)


 ここまで理詰めでこられると下手に発言すればすぐ嘘がバレてしまう。


 つまり私に残された選択は黙秘を貫くか、すべて話してしまうか……、その二択になる。


「ですから最初にお会いしたときはわかりませんでした。あなたが人質となってこの国にこられた本当の意味が。なにか深い事情があるのは察せられましたが……」


「レオンハルト様……」


「ただ、ここにくるまでの道程で一つだけ。あなたが不自然に自らの魔力で自らの魔力を抑えていること。それが気になりました」


 まさかわからないというのは初対面での印象の時点だとでもいうの?


 私は今、この方と会って心底恐怖に近いものを感じている。


 レオンハルト様のすごさというのは、もしかしたら錬金術の知識だけではないのかもしれない。


「そこから推測した答えは非常に恐ろしいものです。できれば不正解であってほしいと願いながら質問します」


「…………」


「リルアさん、あなた魔王の後継者になったのではありませんか? それなら溢れ出る闇の魔力を抑えているという解釈が成り立つのですが、いかがでしょう?」


「な、なんでそこまで……。あっ!」


「ふっふっふ……」


 しまった! なんて馬鹿なんだろう。私は……。


 そんな反応したらレオンハルト様の問いに対してイエスと答えているも同然なのに……。


 わかりやすい反応したのがおかしかったのか、彼は笑いながらこちらを見ていた。なんだかすごく恥ずかしい。


「おっと失敬。笑ってはいけませんね。……ですが、リルアさん。あなたは実に正直者です。さすがは聖女様とでもいいましょうか」


「うっ……」


 確かにレオンハルト様の言うとおり嘘は苦手だ。 


 できるだけ黙っておこうと思ったのもそれが理由でもある。


 しかし今のは誰だって驚くところだろう。

 なんせレオンハルト様はズバリと言い当てたのだから。


 まだ会ってティータイムをともにしただけなのに私が魔王の後継者ということまで見抜いて見せたのだから。


 ゲーム内でも屈指のチートキャラクターと言われる錬金公爵。まさかこれ程の人だったとは……。


「よろしい。それだけわかれば十分です。紅茶のおかわりはいかがです?」 


「えっ?」


 いや、なんでここで紅茶を? 私は呑気そうな声を出す彼に驚く。


 魔王の後継者だと知ってもレオンハルト様の穏やかな表情はまったく崩れていないのだ。


(人質だと送られた聖女が魔王だった、なんて大事だと思うんだけどな)


 まるで世間話の延長のように私の秘密を知ってもなお受け流す彼は一体なにを考えて考えているのだろうか。


「あの、私を殺さないんですか?」

「えっ? 僕がリルアさんを殺すですって? 一体なぜですか?」


 これは単純な疑問だ。

 ゲームでも幽閉されているまでにとどまり、リルアは殺されないまま魔王になってしまった。


 レオンハルト様にどういう考えがあるのか私は気になっている。


「このままだと私は魔王になります。おそらくこのようなハーブティーでは魔力は抑えられないでしょう。それならば今のうちに殺しておいたほうがアルゲニア王国のためではありませんか?」


 この魔力を封じるハーブティー。見事だと思うが魔王の規格外の魔力を封じられるほどだとは思えない。


 それは私よりもずっと優秀なレオンハルト様もわかっているだろう。


 私をこのまま生かすのはこの国にとってマイナスでしかない。生かす理由がないと言ってもいい。


「僕はね、錬金術師なんてやっていますが結構信心深いんですよ」


「はぁ……」


「だから聖女様は殺せないです。殺させたくもありません。あなたのような美しい聖女様ならなおさら、ね」


 えっ? それだけ……?

 こちらの国も敬虔なエーメル教の信者は多いと聞く。


 国内に聖女と呼ばれる人物がいないからこそ、その存在が大きいというのもなんとなく理解はできる。


 でも、だからといって……、このままにして閉じ込めておくだけに留めるのは無謀すぎる……。


「では私はどこかに閉じ込めたままにして終わりにするおつもりですか? 魔王になったとき、対策を考えると結論を後回しにして」


「おや? なぜ僕があなたをどこかに閉じ込めると思われたのですか?」


「えっ? それは、その。私の秘密を知った以上は好き勝手にさせられないと考えるのが自然かと思いまして……」


 幽閉されていたとゲーム知識で知っていたとは言えず、私は少しだけ返答を詰まらせる。


 だけど殺さないのであればそうするしかあるまい。


 いつ魔王に覚醒するかわからない者を自由にさせるとは思えないからだ。


「好き勝手にしていただいて構いませんよ。もちろん、できるだけ屋敷内で生活してもらったほうが助かりますが拘束するつもりはありません」


「ですが……」


「僕はあなたを魔王にさせたくない……。なんとか助けたいと思っています」


 眼鏡を外して、レンズを拭きながら彼は寛大な言葉を私にかける。


 そうか。この人の中には最初から魔王討伐などという選択肢はなかったんだ。


 人質となった聖女リルアを不憫に思って、最期までなんとかしようと足掻いてくれていたのか……。


 この人は強い自信を持っている。それに彼のその実績はそれが過信でもないことを示している。


 だからこそこんなにもレオンハルト様の言葉には安心感があるのだ。


(でも、それでも私は知っている。それゆえに起こってしまった悲劇を。私は知ってしまっているの)


 ここにきてようやく私は全貌が読めてきた。


 このゲーム屈指のチートキャラクター錬金公爵はその優秀さゆえに判断を誤ったのだ。


 魔王の力というものが彼の目算を上回り、悲劇が起こることを私は知っている。


 その悲劇の中にはリルアを魔王にさせぬために尽力してくれたレオンハルト様自体が殺されてしまうことも含んでいた。


(まったく救いがないじゃない)


 最愛の妹に殺される運命にあるラスボス聖女ってだけでも十分悲劇的なのに、その上自分を助けようとしてくれる人まで殺すだなんて……。


 まぁ、レオンハルト様が仮にシェリアのパーティーに入るなんていうシナリオにしたら彼がチートすぎるからとりあえず殺しておこう、みたいな感じでこんなシナリオになったんだろう。


 ただ、まるっきり無駄死にではなく、シェリアが勝てたのはレオンハルトが命と引き換えに錬金術を使って魔王の魔力を半減させていたから、みたいなフォローも入っていたし……。


 彼も彼で指をくわえていたのではなく見えないところで試行錯誤していたのだろう。


 つまり自分の中に眠る魔王という存在はそれだけ厄介極まりない存在なのである。


(目の前で笑顔を見せる錬金公爵は私によって殺される。それを意識すればするほど自己嫌悪だわ)


 殺されるのも嫌だし、殺すのはもっと嫌だ。


 ここにきてレオンハルト様のすごさはわかったつもりだし、彼の度量の大きさもわかったが、それゆえに私はこの先の自分の行く末を考えると憂鬱でたまらなかった……。

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