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第七話

「お待たせいたしました。ショートケーキでございます」

「どうも、ありがとう」

「ありがとうございます」


 白髪のオールバックの執事、ゼルナーさんがショートケーキを運んできた。


 あっ! いちごが乗ってる。美味しそう~!


 そうなんだよね。この世界は一見、中世のヨーロッパみたいな感じなんだけど食文化もかなり発達しているんだよね。  


 前世の記憶がなかったころは違和感がなかったけど、下手にゲームの記憶やら日本にいた頃の記憶が混ざると、ショートケーキがあることにも新鮮な驚きを感じる。


「ほう。リルアさんはいちごは最後までとっておくタイプですか」

「えっ? あ、その。好きなものは最後まで残しておくんです。すみません、聖女なのにはしたないですよね?」


「ああ、いや失敬。そういうつもりではなかったのです。僕もいちごは好きですがつい最初に食べてしまうので」 

「あっ! そうなんですか。妹も同じタイプです。あの子ったらなにが起こるかわからないからって、いつも好きなものから食べて――」


 はにかみながら、とりとめのない会話をするのはやはり私の緊張を解すためのだろうか。

 レオンハルト様との会話は弾む。柔らかく包み込むように優しく語りかけるような口調は安心感があり、癒やされる。


「ああ、妹さんがいらっしゃるんでしたね。確か名前はシェリア・エルマイヤーさん。彼女も聖女ですよね?」

「妹をご存じなんですか?」

「ご存じもなにも。フェネキス王国の三人の聖女の名前はこちらの国でも有名ですよ。リルアさんとシェリアさんの姉妹。そしてフェネキス王国の第三王女であるアルビナス・フェネキス殿下」


 言われてみれば聖女がいないとはいえ聖女信仰の厚いアルゲニア王国の公爵であるレオンハルト様が聖女の名前を知らぬはずがない。


 そう。我が故郷には三人の聖女がいる。


 私たち姉妹と生まれながら神託を受けていたという逸話のある天才、アルビナス殿下。


 アルビナス殿下は齢十歳にして私たち姉妹よりも強い魔力を有しており、国の結界の七割が彼女によるものというゲーム内でも最強クラスのキャラクターだった。


 エルドラド殿下のコンプレックスの原因は国家的英雄である彼女の存在も大きいのだろう。


 そんな彼女の存在があるからこそ、国王陛下も貴重な人材とも言える聖女を一人切り捨てることに抵抗がなかったとも言える。


 もしも私が他の国の人間だったら、もう少し魔王の後継者であるという問題を根底から解決しようと動いたであろう。


「それでもアルビナス殿下はともかくとして、私たち姉妹のことまで知っていただけて光栄です」


「あはは、先ほど僕も同じことを言いましたね。それではこのお話はおあいこということで」


「おあいこ、ですか?」 


「ええ、なんだか嬉しいじゃないですか。お互いに異国にいながらにしてお互いのことを知っていた。それだけでも今日の出会いは素敵なものだと思います」


 ケーキを一口大にフォークで切って、口に運ぼうとしながらレオンハルト様は大げさなことをいう。 


(本当に素敵な出会いならよかった。でもおそらく私は彼にとっての死神)


 ゲームのシナリオどおりにことが進むとなると、私はこの錬金公爵レオンハルトを殺してしまう。


 作中屈指のチートキャラクターですら、ラスボスである魔王リルアにとっては噛ませ犬でしかなかったのだ。


 だからなのか彼に対する親しみが増すほど私はなんだかいたたまれない気持ちになってしまった……。


「さて、ケーキも食べ終わったところで……。リルアさん」

「は、はい」

「内緒話をしませんか?」


 私が最後に残しておいたいちごを口の中に入れるのを確認すると、レオンハルト様は改まって真剣な表情を見せた。


 どうやらなにか誰にも聞かせたくない真面目な話があるらしい。


「内緒話ですか? 私は構いませんが……」

「よろしい。ゼルナーさん、申し訳ありませんが少しの間この食堂から離れていてください。あと、他の使用人たちにもそうお伝えしてもらえませんか?」

「はっ! かしこまりました」


 ゼルナーさんはレオンハルト様の言葉を受けて、食堂から出て扉を閉める。


 しかし屋敷で働いている他の人たちにもこの場に近づかないように念を押すとは……、一体なにを話すつもりなのだろうか……。


「さて、もうそろそろいいでしょう。ここから先は二人だけの話ということで僕も口外しないと約束しますのでそれを信じて話してください」


 食堂で二人きりになった私とレオンハルト様。

 彼はここだけの話と念押しをする。


 これはどういう意図があっての発言なのだろうか。

 人払いをすれば言いにくい話もできる。それを見越しているのはわかるけど、なにか他にも意味が……。


 レオンハルト様の視線が私を捉える。その眼鏡の奥の眼光からすべてが見通されているようで、私はつい背筋をピンと伸ばしてしまった。


「聖女をこの国に人質として送り込んだのはフェネキス国王の陰謀によるものですね?」

「えっ!?」


 瞬時に見破られた故郷の国王による企み。

 両国間の安寧のために人質を送るというのは不自然というほどではないので私は驚いた。


 もっともスパイを送られている時点でアルゲニアからすると我が国への信頼はないのかもしれないが……。


「フェネキス国王のスパイを見つけたのは僕なんですよ。と、いうのも錬金術による最新の魔道具の資料を盗みにこの屋敷に侵入しましてね」

「スパイがここに……」


「ええ、五名ほど。よく訓練された手練でしたのでスパイであることを自白させるのに苦労しました。どうやら国王は我がアルゲニアの侵略を諦めていないようですね」


 なるほど。先の戦争で戦況がこれでもかというほど左右したのが錬金公爵レオンハルト・オーレンハイムによる魔道具の数々だった。


 国王陛下はその反省を活かして秘密兵器の情報を探ろうとしたのだろう。


 そんなことをしていたのがバレれば間違いなくもう一度戦争が始まりそうになるのは仕方がないことだ。


(でも、だからといって私を人質として送ったことが不自然なことになるのかしら)


 とはいえ、それだけの大事をしでかしたからこそ聖女を人質として送ったというのは一応筋が通っているように思える。


 フェネキス側に不信感があるのはわかるが、レオンハルト様はそのあたりをどうお考えなのだろうか。


「その後、国王は聖女を謝罪の証として人質にしようと提案しました。その行為自体は理解できたんです。信用には足りませんが、こちらとしても手出ししにくい状況にはなりました」

「はい……」

「ですが人選がおかしい。三人いる聖女のうち、あなたをこちらに送るのは明らかに不自然です」


 レオンハルト様ははっきりと私がこの国にきたこと自体に違和感を覚えると口にする。

 気にしたのはそこなんだ……。どうしてだろう? 


 アルビナス殿下やシェリアでなくて、私というのはそんなに変なことだろうか。


「先ほど話に出ましたあなたの妹シェリア・エルマイヤーさんは聖女になってから日が浅いと聞きました。通常ならば聖女として一番能力的に未熟なシェリアさんを人質に選びませんか?」


「そ、そうですかね?」


「それにあなたは第二王子エルドラド殿下の婚約者です。いわば王族も同然の立場なのに、わざわざシェリアさんを選ばずしてあなたを人質として選択するのは……いささか不自然と言わざるを得ません」


 ぐぅの音も出ないほどの正論。

 こうしてみると確かにシェリアを人質にせずして私が人質となるのはおかしいと思われても致し方ない。


 力のある聖女を選んだと言い訳しようにも、私の力はアルビナス殿下に及ばない。


 まぁ、フェネキス王国もなにがあってもアルビナス殿下だけは手放さないと思うが、だからこそ私という選択は中途半端なのだ。


「失礼を承知で質問します。リルアさん、あなたの身になにか不都合なことが起きてしまった。それゆえにあなたの聖女としての価値が欠落してしまったのではありませんか?」


 ほぼ正解を言い当てられて私の鼓動が早くなる。

 レオンハルト様は紅茶に口をつけて私の返答を待っているみたいだが、なにを言えばいいのかまだわからない。


(どうしよう。本当のことをやはり話すべきなのだろうか。きっとゲームの中のリルアはそうしたのよね)


 話したところで待っているのは幽閉されて魔王として君臨する未来なのは知っている。


 だからこそ私は悲劇を回避するためになにか気の利いたことを言わねばならない。


 でも、その気の利いたセリフが一切思いつかない。だからどうしようという焦燥に駆られ、言葉が出てこなかった……。

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