第三十五話
「リルアさん、リラックスできましたか?」
「はい。おかげさまで調子はいいです」
「結構。シェリアさんも心の準備はいかがです?」
「大丈夫です。お姉様を信じていますので」
オーレンハイム公爵邸の大きな庭に集まった私とシェリア。
ここで私はシェリアの中にある魔王の魂を引っ張り出す。
普通なら緊張する場面なのかもしれないが、私はこの瞬間も未だに冷静さを保っていた。
(錬成対象はシェリアと私自身。まずは私とシェリアの魂の一部を一体化するイメージ)
私はシェリアの両手を握る。
そして目をつぶって感じる……その生命の息吹を、躍動感を、魂の位置を……!
「それでは始めます!」
私は目を開いて錬金術を使うと宣言した。
光属性の魔力を媒体として両手を介して私とシェリアの意識を一体化させる。
私たちの手から黄金の光が溢れる。その光のヴェールに私たちが包まれたとき、私の視界は真っ白になった。
(これが、お互いの意識が混ざり合う感覚? 妙な感覚ね……。シェリアの思考が手に取るようにわかるわ)
シェリアが私のことを想ってくれているのは知っていたけど、それが自分の意思のように流れてくる。
幼いときからの記憶が彼女の体験したことが、すべて自分のことのように感じられた。
まるで記憶の海を泳いでいるような感覚。不思議な感触だ……。
(もしかしてシェリアは私の前世のことを知ってしまったかも)
きっと彼女も私と同じ体験をしているはず。ならば私の記憶も読まれていると考えていいだろう。
――今はどうでもいいか。とにかく魔王の魂とやらを探さなきゃ。
レオンハルト様と出会った日、彼は魂を“記憶の器”だと表現していた。
そのとおりだった。ここは記憶という果てしない海の中のようなものだ。
この膨大な記憶の器の中から魔王の魂を探すのは簡単ではないかもしれない。
『いいですか、リルアさん。意識の一体化は最悪の場合、二人の意識が溶け合い記憶障害を起こす可能性もあります。できるだけ速やかにことを成してください』
レオンハルト様からの忠告。
どうやらあまり長くこの状態でいることはそれだけで危険らしい。
もっと集中しなきゃ。シェリアの魂の中にある異分子を見つけ出すために……。
そのための特訓なら何度もしたことがあるんだから、今こそそれを活かしてみせる。
(毒を持つ山菜やキノコを探る特訓……、あの要領であの子を蝕む闇の魔力を見つけるわ)
集中力を上げて、シェリアの記憶の器を探ると、奥深くにドス黒い真珠のようなものを見つけた。
ゴオオオオッとまるで地獄にでも通じているかのような嫌な音がしている。
間違いない。これが……、魔王の魂。そうに決まっている。
「こんな禍々しいものが私にもあるって考えるとゾッとするけど……。とりあえず、私の可愛い妹からは出ていきなさい!」
私はそれを両手で鷲掴みにして引っ張ろうとする。
「痛っ――!? うううう!」
なにこれ、こんなに痛いの聞いていない。
無数の灼熱の針で両手が刺されるみたいな感覚のせいで私はびっくりして手を離してしまう。
(私の手は傷一つない。そりゃ、そうよね。私の実体はシェリアの手を握っているはずなんだから)
あまりにもリアルなその痛みに私の集中力は途切れそうになってしまった。
視界がぼやける。また集中しなおさなきゃ……。
私は気を取り直して再トライしてみる。今度はもっと集中して気合を入れて!
「よく見るとグロテスクね……」
黒い真珠とさっきは表現したが、よく見るともっと醜悪なものであった。
逆に黒い塊に吸い込まれそうになるような……、この世にあるおぞましいものの集合体みたいな……、漆黒。
ジッと見つめていると暴力的な感情に支配されそうになる……。
「でも、もう一度チャレンジしなきゃ! うっ! ううううう!」
歯を食いしばりながら、漆黒の禍々しいそれを再び引っ張りだそうとする。
やはり痛い。それに段々と怒りや悲しみの感情に飲み込まれそうになる。
あっちに行ってしまえば楽になる。そんな甘言が頭の中で響き渡るのだ。
「もう……、ダメかも……、一度手を離して……、――っ!? て、手が離れない!?」
(苦しい……、飲まれる……、怖い怖い怖い……)
魔王の魂は私の手を飲み込んでしまったかのように私を離さない。
このままだと全部意識が飲まれてしまう。やはり私には荷が重かったのか。
せっかくここまで来たのに。まさか失敗してしまうなんて……。
「リルアさん! 気を確かにもってください!」
そのとき、聞き慣れた声とともに私の腕を掴む感触がした。
この声はレオンハルト様!? 一体、どうしてこんなところに……。
「僕も自らの錬金術でリルアさんの意識とリンクさせてみました」
「レオンハルト様……?」
「いいですか、リルアさん。魔王の魂に触れておぞましい感情に支配されかけていますが、自分を見失わないでください。こういうときこそ、冷静さが大切なんです」
レオンハルト様はもう一度、さっきの言葉をかける。
彼がどうしてこんなことができるのか、もはや不思議でもなんでもない。とにかくアドバイスに集中しよう。
――錬金術師は常に冷静であれ、か。それが完璧にパフォーマンスを行う秘訣なのはわかっている。
「誰しもが黒い感情は持っているものです。それはあなたの罪ではない。受け入れるのです。それでもあなたは飲まれやしません。僕が決してこの手を離しませんから……!」
「私の一部……? そうよね。私にもまた魔王の魂がある。私にも誰にも言えないような嫌な部分がある。だから――」
一気に全部、抜き取ってやる! 私の大事な妹から出ていけ! 魔王の魂め!!
「うわあああああああっ!!」
堪らず絶叫して、大きな痛みに耐えながら、私はその漆黒の球体を自分の中に全部取り込んだ。
するとどうだろう。シェリアの中にあった漆黒の球体は消えて手の痛みは嘘のように消えた。
胸は少しだけチクリと痛んだけどなんてことない。
「はぁ……、はぁ……、よかった。成功、したんだ……」
成功したことを肌で感じた私はシェリアから手を離して膝をつく。
全身が脱力して指一本動かせないけど、心の中は達成感で満たされていた。
私、錬金術で人を救ったんだ。それも最愛の妹を……。
よかった。錬金術を覚えて……、そしてレオンハルト様と出会えて……。
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