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第三十三話

「それでは作戦をお教えしましょう。作戦は至ってシンプルです。リルアさんが錬金術によってシェリアさんと一瞬だけ同化して魔王の魂を引っ張り出すのです」


「へっ? ごめんなさい、レオンハルト様。錬金術でシェリアと同化というのがよくわからないのですが……」


 紅茶のおかわりをもってきて、レオンハルト様はさっそく作戦を説明した。

 さっきまで自信満々だったのに、思った以上にとんでもない説明をされて簡単に混乱してしまう私。


 やっぱり錬金術は難しいなぁ。勉強頑張っているつもりなんだけど、まだまだわからないことが目白押しだ。


(ええっと、同化するというのはつまりシェリアと一つになるってこと?) 


 ニュアンスはなんとなくわかるような気がするんだけど、やはりどこか現実離れしているように思える。

 現実などという言葉を使うと前世の世界では魔法なんかももちろん現実からはかけ離れている事象だ。 


 だが、そんな世界で生きてきた私でもこの話は掴むことができないでいた。


「簡単に説明しますと、あのデイブラットにいたルースくん。彼の作っていた雑種(キメラ)を作る要領に似ています」 


 ペガサスなどの幻獣を作っていたルースという錬金術師。

 彼は多様な生物の特性を再構築することで新しい生物を作り出した。


(なるほどって、それでも理解が追いつかないわね……)


 レオンハルト様は噛み砕いて説明をしてくれたが、それでも私は突飛すぎる作戦に唖然としていた。


 でもやるしかない。これがシェリアを救う唯一の方法ならば私にはやらない理由がないのだ。


「これは極めて繊細な作業ですから残念ながら僕が代わりにできません。リルアさんが自ら錬金術を使って行わなくてはならなりません」

「だから私の協力が必要だと仰ったのですね?」

「ええ、正直に告白しますとかなり高度なことを要求しています。並の錬金術師ではできないレベルです」


 やっぱりそうだよね。錬金術を習いたての私ができるのかどうか怪しいラインの話だと思っていた。


「ロザリオが壊れるまで目算であと六時間前後といったところです。やり方を説明するのに最低一時間。危険が伴う錬成になるかと思いますので、リルアさん。それまでに――」

「そんな時間はいらないですよ。レオンハルト様」

「リルアさん?」

「それでシェリアが救われるのです。私には最初から考え直すという選択肢はありません」


 どんなに難しくて困難で危険でもそんなことは関係ない。

 私の力で妹を助けられるのだ。それならばそのための手段を選ぶつもりはない。


「オーレンハイム! 貴様、シェリアを危険な目に遭わせて我が国の大事な聖女を始末しようという算段だな! シェリア、君もやめてほしいと言うんだ! 取り返しがつかなくなるぞ!」


 そんなやり取りを見て、エルドラド殿下は危険な真似はやめるべきだと主張する。

 シェリアを煽って私たちの作戦をやめさせようとしている。


「それにだな、そもそも貴様は――」

「エルドラド様、少しお黙りください」

「うぐっ……」


 静かにはっきりとシェリアはエルドラド殿下の言葉を遮る。

 一言であのエルドラド殿下を黙らせるとは……、どうやら私のいない間に随分と彼はシェリアに従順になっているらしい。


「お姉様が私を助けると仰っているのです。大丈夫に決まっています」

「シェリア……」

「私はリルアお姉様を信じますし、お姉様に救われたいと思っています」


 ニコリと笑いながら私の手を握るシェリア。

 その信頼に必ずや答えてみせる。久しぶりにその手の温かさに触れ、私はもう一度決意を固めた。



「どうですか? 理屈は理解していただけましたでしょうか?」

「え、ええ。手順はなんとか。しかし相手が人間ですから――」


 レオンハルト様からの教示を受けて私はもうすぐ本番に望む。

 先程見たシェリアの“破邪のロザリオ”に入った亀裂はさらに大きくなっており、今にも壊れそうな状態に見えた。 


 今は私とレオンハルト様は二人きりで最後の打ち合わせをしており、シェリアとエルドラド様には客室で休んでもらっている。


(本音を言えばもう一度くらい復習したいけど、これ以上は引き伸ばせそうにないわね)


 あのときレオンハルト様の言葉を真に受けてたっぷり五時間も考え直すなどしなくてよかった。

 即答したからこそ、これだけ長い時間何度も講義の間に質問を繰り返すことができたのだ。


「それでは三十分後に本番にしましょう」

「えっ? 今すぐではないんですか?」

「少しリラックスしてからにしたほうがよろしいかと。錬金術は精神状態がかなり影響しますから」


 さっそく本番だと思っていたのに休憩を取るべきだと言われて私は肩透かしをくらう。

 うーん。レオンハルト様の言っていることは理解できる。


 でも早くしないと覚えたこと忘れそうだし、プレッシャーに押しつぶされそうだからリラックスなんて到底できそうにない。


「どうしましょう。レオンハルト様……。私、とっても怖いんです。必ず救うと決めたのに、ミスをすると彼女に危険が及ぶと考えると……」


 ここにきて私は泣き言を呟く。

 正直に言って自分が魔王の後継者と知ったときよりも怖いのだ。

 本番を想像すると手が震えて頭が真っ白になりそうになる。


「怖い……、ですか。それは自然なことですよ、リルアさん。誰だって未知に挑むのは怖いものです。ですが僕は信じています。リルアさんなら必ず成功すると」


 弱気なセリフを口にする私にレオンハルト様は優しく語りかける。

 怖いのが自然なこと? そうかもしれないけど、それでも私はその怖さに打ち勝てる気がしない。


 なんとしてでもシェリアを救わなくてはならないのに……。


「まずはリラックスすることですよ。極度の緊張はパフォーマンスを落とします。常に冷静であり続けること。それが錬金術師に必要な技術です」

「れ、錬金術師に必要な技術?」

「ええ、そのとおり。リルアさんは僕の助手なのですから身につけてもらいます。……安心してください。あなたはそれができる人間です」


 一流の錬金術師になるには、いつでもリラックスしてベストのパフォーマンスを行えるようにならなくてはいけない。


 ――それがレオンハルト様の持論だった。


 錬金術の失敗。術によってはそれは命を落とす危険性がある。

 今までそれほど危険な術は使ってこなかったが、複雑な魔道具の錬成や大規模な錬成は失敗した場合大きな爆発などを引き起こす可能性があり、それで亡くなってしまった錬金術師も少なくはないという。


 あの巨大な幻獣を作り出したルースさんにしたって、暴走したペガサスたちの犠牲になったかもしれない。

 錬金術を学ぶリスク――これは私が最初にレオンハルト様から学んだことだ。


『僕が弟子を取らなかった理由を色々と説明しましたが、一番の理由はこれかもしれません』


 メガネの位置を直しながらレオンハルト様は少し寂しげにそう言った。

 自分の教えた錬金術で誰かが死ぬのは確かに辛いかも。


『だからこそ僕はそれ相応の覚悟をもってリルアさんに教えていくつもりです。あなたになにかあれば僕も責任を取ります』


 責任って大げさなことを……と思えどその責任がなんなのか今はっきり理解した。


 ――レオンハルト様は私が錬金術を誤って命を落とすようなことがあったら自らの命を断つ覚悟だ。 


 この方が錬金術を教えてくれるというのはそれほど重いことだったのである。

 気付けば緊張が解けていた。絶対に失敗しない。そんな闘志が旨の中でメラメラと燃えてきたのである……。

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