第三十二話
「これも推察ですが、リルアさんは魔王の魂の割合が大きいからこそ体が壊れぬように覚醒に時間がかかっているのではないでしょうか?」
「はぁ、なるほど……」
「話に聞くとシェリアさんは一度小さな発作のようなものはあれど、それから闇の魔力を抑えるほどの事態にはならなかったとのことでした。おそらく六分の一程度なら一気に覚醒しても問題なしと判断したのでしょう」
ややこしい話になってきたが、私は体が壊れぬように馴染ませるようにゆっくりと覚醒させているが、シェリアは違ったということか。
錬金術の勉強をして難しい話には慣れたと思っていたが、まだ私は理解力が乏しいらしい。
頭が段々とこんがらがってきた……。
「とりあえず、ここにきて明らかになったのはやはり“破邪のロザリオ”では覚醒した魔王の力を抑えるのは不可能ということですね」
「はい。予想はしていましたが、残念です」
私が闇属性の魔力を抑えるために作った“破邪のロザリオ”。
これのおかげで私は普段の日常と変わらない生活を送れるようになったが、それも時限式ということが再認識できた。
(もちろんそんなに甘いものじゃないってわかっていたけどね)
ゲームではこのレオンハルト様ですら倒してしまった魔王という存在。
そんな恐ろしい者の力を抑えきるアイテムが錬金術を覚えたての私に作れるとは思っていなかった。
ここは落ち込む場面ではない。さらなる改良の余地、新しい発想を探し出そうと奮起するところだ。
「ここで大事なのはシェリアさんの“破邪のロザリオ”……、ひびが入っています。このまま放っておくと壊れてしまって再び魔王の力があふれ出てしまうでしょう」
レオンハルト様はさらにシェリアの身につけている“破邪のロザリオ”についても言及した。
それは私も懸念していたことだ。どうやら嫌な予感は的中しているらしい。
「それなら私の“破邪のロザリオ”をシェリアに……」
「いえ、それでは多少の時間稼ぎになるでしょうが根本的な解決にはならないでしょう。結局、リルアさんのロザリオも破損してしまいますから」
私の考えはすぐに否定された。
うーん。“破邪のロザリオ”では抑えきれないことはもうわかっているんだから、二つ目を使っても無駄になるのは自明の理といえばそうだ。
「では、レオンハルト様の案を教えてもらえませんか?」
「――っ!? おやおや、どうしてリルアさんは僕に考えがあるとお思いで?」
「なんとなくです。レオンハルト様ならきっと妙案を思いつかれると、なぜかそんな気がしたんです」
でも私は不思議と焦ってはいなかった。
たった一ヶ月だけど一緒にいてわかったからだ。
レオンハルト様ならきっといい方法を思いついているはず。根拠はないけどそんな安心感がある人なのだ。
「お姉様、随分とオーレンハイム様のことを信頼されているんですね」
「フェネキスの敵を気軽に信じられる気がしれん。リルア、お前は母国を忘れたのか?」
不思議そうな顔をするシェリアと相変わらず不機嫌そうなエルドラド殿下。
レオンハルト様のことを信頼しているかと聞かれれば誰よりも信頼している。
絶望していた私の未来に光を照らしてくれた人だから……。
「参りましたね。これでは案がないなどとは言えないではありませんか」
「ほら見ろ。そもそもこいつにシェリアを救おうという意思などないのさ。フェネキスに戻って俺がなんとかするように司祭殿に――」
「シェリアさんを救う方法はあります。リルアさんの協力が必要ですが……」
「「――っ!?」」
やっぱり。レオンハルト様ならきっと案があると思った。
二人は驚いた顔をしているけど、私も彼と出会った日はきっとあんな顔をしていたのだろう。
(それにしても私の協力が必要というのは気になるわ)
シェリアが助けられるならなんだってする。それは姉として最愛の妹を守れるなら守りたいと思っているから当たり前だ。
「レオンハルト様、教えてください。私はどうすればいいんですか? シェリアを助けられるなら私はどんなことでもする覚悟はあります」
「リルアお姉様が私のためになんでも? いけません。リルアお姉様になにかあったら、私は――」
シェリアったら、嬉しそうな顔をして。
この子はこの子でそういうところがあったな、と私は思い出していた。
昔から仲がいいんだけど、彼女の私に対する愛情はちょっと度を超えているときもある。
エルドラド様を魔法で脅してここにきたのもそういう部分が暴走したのだと思う。
「案というのは簡単に言ってしまえばリルアさんがシェリアさんの中にある魔王の魂を吸い取ってしまうという話です」
「えっ? わ、私がシェリアの魔王の魂を? そんなことできるんですか?」
いやいや、なんだそれ。そんなストローでジュースを吸い取るみたいな感じで言っているけど、魂なんて吸取れるものなの?
あまりにも突飛な作戦に私はつい早口になってしまった。
「理論的には可能なはずです。なんせ本来はリルアさんの体内にあるべき、いわば魂の欠片のようなものですから」
「言われてみるとそうですが……」
「リルアさんの体内に魔王の魂を吸収できればシェリアさんの体を蝕む原因はなくなります。これ以上の作戦はないかと」
理屈はなんとなくわかった。
シェリアを救えそうなのも納得できた。
問題はどんな方法でそれを実行するか、だけど――。
「ちょっと待ってください! それではお姉様のお体が大変なことになるのでは!?」
私の思考を遮るように顔を青くしたシェリアが大声を上げる。
ああ、なるほど。そういうことか……。その心配はしていなかったな。
「シェリア、さっきもレオンハルト様が仰っていたけど私の中にある魔王の魂はゆっくりと覚醒を進めているの」
「…………」
「だから私の中に無事に取り込むことができれば……覚醒前の状態に戻せる。つまりは問題を先送りにできるのよ」
つまり本来あるべき姿に戻すという感覚だ。
ゲームのシナリオと同じで私の中に百パーセント、魔王の魂がある状態。それに戻すことができれば、とりあえず今すぐ覚醒するということはなくなる。
おそらく当分は“破邪のロザリオ”で闇の魔力を抑えることができるだろう。
「素晴らしい。さすがはリルアさんです。理解が早くて助かります」
まるで先生が生徒の成長を喜ぶかのように微笑みながらレオンハルト様は私を褒める。
実は自分でも冴えているな、と思っていた。
錬金術の勉強のおかげか毎日頭を働かせているから、レオンハルト様の難しい説明もスーッと理解できるようになったのだ。
「ですが、オーレンハイム様! それではリルアお姉様が助かりません!」
しかしシェリアは反発する。
彼女の言うとおり、私は助からない。そんなことは重々承知だ。
だけど私にはまだ覚醒まで五ヶ月は時間がある。つまりそれまでになんとかする方法を考える猶予があるということ。
だからこそシェリア優先なのだ。彼女のことさえなんとかすれば、結論を先送りにできる。
さて、今度は彼女をなだめなくては……。
「シェリア、それはいいのよ。まずはあなたが助かることが先決なんだから」
「そんな……! ダメです! お姉様も助からなきゃ私は嫌です!」
「大丈夫よ、シェリア。私は助かるから」
「えっ?」
極めて冷静に淡々とした口調を意識して私は彼女を落ち着かせようとした。
そう。私は自分が助からないとは少しも思っていない。
それを知らないシェリアはキョトンとした顔をこちらに向ける。
「レオンハルト様がきっと私を助ける方法を探してくれると信じてるの。それに私だって考えているのよ。このロザリオのネックレスだって私が錬金術で作ったんだから」
「オーレンハイム様がお姉様を? それにこれをお姉様が錬金術で……」
シェリアはひび割れたロザリオを握りしめて、呟くような声を出す。
錬金術には可能性がある。私は錬金術を覚えて、自分でこのロザリオを作ったとき……レオンハルト様と力を合わせれば乗り越えられない壁はないと確信した。
「シェリアさん、僕を信じてくれはしませんか? これでも僕は今まで人の期待に応えられなかったことは一度もありません」
「……わかりました。私はリルアお姉様を信じています。ですからお姉様がそこまで信頼をしているオーレンハイム様を信じます」
「ふふふ、リルアさんはよい妹さんをお持ちですね。それではお茶のおかわりをいれましたら方法をお教えしましょう」
レオンハルト様は嬉しそうに笑って、紅茶をいれようと席を立つ。
よし。これでシェリアにも納得してもらえた。
ようやくレオンハルト様から肝心の策とやらを聞くことができる……。
(必ずシェリアを助けるからね)
ここまで大見得をきったのだ。私もお姉ちゃんとしてのプライドにかけて、シェリアを救ってみせる。
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