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第三話

 ひんやりとした石造りの床、そして鉄格子。

 私は王宮の地下にある牢獄に入れられてしまった。


 司教様が憲兵隊長に魔王として私がいつ目覚めるかわからないと焦りながら説明していたので、今ごろ王宮内では会議でも開かれて私の処遇について話し合いでもしているのだろう。


「手錠までかけて。これじゃ犯罪者扱いじゃない」


 まったく、怖いのはわかるがこんな扱いされるとは思わなかった。

 ゲームのシナリオはシェリア視点がほとんどなので、リルアがどのようにして隣国に送られたのかほとんど描かれていなかったのである。

 だからこうして体験するまでどんな扱いなのか知る由もなかった。


「ふっふっふ、まさか君が魔王の後継者だったとはね。我が婚約者、聖女リルア」

「エルドラド殿下……」


 投獄されてから小一時間ほど経ったころ、茶髪の癖っ毛が特徴的なこの国の第二王子、エルドラド・フェエネキスが私のもとにやってきた。


 聖女とは国の英雄ともいえる存在。フェネキス王家はこれまで聖女となった女性を積極的に王家の者と婚姻させていた。


 私もその例外ではなく、聖女になったその日のうちに第二王子である彼と婚約することに。

 もっとも彼はそれが不満だったらしい。


 ロマンチストな彼は家の事情で結婚するよりも恋愛結婚したかったと、私と顔を合わせるたびに愚痴を言うようになっていった。


(なんでそんなことを言っていたのかは知っている。この方は私の妹、シェリアのことを……)


 ゲームのシナリオを思い出した私はエルドラドがシェリアのことが好きなのを知っている。

 ゲームではエルドラドはことあるごとにシェリアを口説くというどうしようもないキャラだった。


 残念ながら、その独りよがりの想いは通じず相手にされなかったのだが……。


「リルアよ、聖女として持て囃される気分はどうだったのかな?」

「えっ? どうと言われても……どうとも返答できかねますが」

「ふんっ! 本当は調子に乗っていたくせに! 僕の目は誤魔化せんぞ!」


 鋭い目つきで私を睨みつけながら大声を出すエルドラド殿下。

 彼は一体、なにを言っているのだろうか。

 そういえば、彼はゲームでしきりに聖女というシステムの廃止を訴えていた。シェリアが無理をしないで済む国を作りたいとも。


「一体、なにを仰りたいのかわかりません。殿下はどうしてこちらに?」

「英雄扱いされていた聖女が実は魔王の後継者だった。それだけでも聖女などに様々な役目を負わせるというやり方は欠陥がある」


 腰にかけたサーベルを抜いて鉄格子の前で上段に構える彼はなにやらブツブツと念仏のように持論を展開する。

 いや……、勝手に盛り上がっているけど全然話がつかめない。


 この方、そういうところが妹にも嫌われていたのよね……。


 ゲームの中でも屈指のイロモノキャラクターだった彼の挙動に私は困惑していた。


「この国に聖女はいらない。誰もが英雄になれる新しいシステムを僕は作るつもりだ」

「はぁ……」

「司教殿から話を聞いたよ。リルア、君が魔王の後継者として選ばれ、その血に流れている闇の力が完全に覚醒すると新たな魔王になることを」


 この世界において魔王という存在は非常に厄介な災厄であった。


 幾度殺しても、その魂が輪廻して新たな依代を見つけ、蘇るという永劫回帰(レインカネーション)という能力。そのせいで世界は何度も魔王によって壊滅的な被害を被っている。


「君は世界の敵になる。そんな女と婚約していたこと自体が僕の人生の汚点だ。よって僕は君との婚約を破棄し……」

「…………」

「君を殺す」


 背筋が寒くなるほどの殺気。エルドラド様ははっきりと私を殺すと宣言した。


 エルドラド殿下は明らかな殺気を放ちながら、強い言葉を使う。  

 婚約破棄までなら理解できるが問答無用に殺しにくるとは想定外であった。


(この方が私を愛していないのは知っていたわ)


 それでもショックである。殺すと言われれば誰だってそう感じるだろう。


「君を殺せば、僕は世界を救った英雄になれる! そして僕はアピールするのさ! この国に聖女はいらない! 結界も癒やしも別のシステムで代用できる、と!」


 英雄になりたい。それはエルドラド殿下の悲願である。

 つい一昨年前までここフェネキス王国は隣国であるアルゲニア王国と戦争をしていた。


 エルドラド殿下は自ら武勲を立てて英雄になるのだと、王子ながら騎士として戦地に向かいたいと志願していたのだ。


 しかしながら、その願いは叶わなかった。

 両国は休戦協定を結び、和平の方向に舵を切ったからである。


 その頃からエルドラドはさらに聖女というシステムを嫌うようになった。

 それは彼の英雄願望からくる嫉妬心からなのかもしれない。


「君には魔王の後継者ということだけでなく、あの可憐なシェリアを聖女の道に引き込んだ罪もある。僕はあの子を聖女というしがらみから解放して、保護してやるんだ」

「シェリアは別に私が――」

「黙れ!」

「あっ!?」


 そのひと振りで鉄格子が砕け散る。

 ガラガラと音を立てて崩れる牢獄を見て、私はエルドラド殿下の剣の腕が超一流だということを思い出した。


 英雄になりたいというのは口だけではなく努力もしているからこそのセリフらしい。


「あの子は本当は慎ましい子なんだよ。聖女などならなくていい子なんだ」

「それは殿下の思い込みです。あの子は自らの意思で――」

「黙れ! 邪悪なる魔王の後継者め! せめて、この英雄の剣で成敗してくれる!」


 この人は本気だ。その剣で本当に私の命を奪おうとしている。

 ええーっと、どうやって助かったの? だって、私はゲームのラスボスだよ?


 こんな牢獄で死ぬなんて聞いていない。だから私はさっきまで彼が剣を抜いても、本気で殺そうとするとは思っていなかった。


 死にたくない。確かにそう思っている。

 なんとか助かりたい。その方法を必死で私は考えていた。


(でも、助かろうとするのが正しいのかしら)


 魔王の血が完全に目覚めると大好きな妹と死闘を演じなければならない。

 それは私にとっても悲劇だが、彼女にとってはもっと悲劇だろう。


(いっそのこと、ここで死んじゃったほうがいいかもしれないわね)


 前世では訳もわからぬうちにトラック事故に巻き込まれて死んだ。生きている意味もなにもわからないうちに死んでしまった。


 今度は世界のために、最愛の妹のために死ねるのだ。

 ラスボスとなり、世界を敵に回して、妹に殺される未来を避けられるならそのほうがマシと言えるではないか。


「承知いたしました。私を殺してください。殿下……」

「ふうむ。なるほど、なるほど。いや、結構なことだな。命乞いをしないとは腐っても聖女ということか」


 私の態度を称賛するエルドラド殿下は満足そうに笑みを浮かべる。

 覚悟を決めましょう。ここで私が死んで平和になるならそれでよし。


 聖女になったときこの身をこの国の安寧に捧げると決めたのだ。

 魔王として死ぬより、聖女として私は死にたい。


「あまり痛くしないで下さい」

「ああ、任せてくれ。僕の剣戟なら一瞬で君のその首をはねることができる。怖がらなくても大丈夫。すぐに済ませるから。くっくっく」


 醜く顔を歪ませてエルドラド殿下は笑う。

 念願の英雄になれるという期待感からなのか。今の彼の顔は悪魔と比喩できるほどひどい有様であった。


(ごめん、シェリア。あなたともう一度ケーキを食べたかった)


 頬が冷たくなり、私は自分が泣いていることに気がついた。

 やっぱり本心を言えば死にたくない。生きて平穏に暮らす未来を手にしたい。


 だけど、前世の知識も今世の知識も役に立たない。

 結局、どうしたらよいのかわからない私は死ぬことしか選べなかった……。


「ふはははははっ! 僕は君を殺して英雄に――」

「やめんか!」

「「――っ!?」」


 高笑いとともに剣を構え直した殿下が今まさに剣を振るおうとしたとき、怒鳴り声が牢獄に響き渡る。

 現れたのはエルドラドと同じく茶髪の壮年の男性。


 このお方は……この国、フェネキス王国の頂点。アレクサンダー・フェネキス国王陛下……!


「父上! いえ、陛下! どうして僕を止めるのです!? 司教殿から聞いたはずです! この女は魔王の後継者なんですよ!」

「黙れ! こんな勝手を誰が許した! この馬鹿者!」

「ひぃっ!」


 陛下はエルドラド殿下を叱責すると、殿下はカランとサーベルを落として泣きそうな顔をする。

 どうやら英雄を目指して達人の領域まで剣の修行を積んだ彼も父親である陛下は怖いらしい。


 よかったのかどうかはわからないが、私の命は助かった。どうやら陛下は殿下と違って理知的な――。


「そう慌てるな、息子よ。この女にはまだ使い道がある。殺すには惜しい。くっくっくっ」


 凶悪な笑みを浮かべながら陛下は私の顔を見る。

 前言撤回。目の前にいる男はエルドラド殿下など及びもつかないほどの悪党だった。

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[気になる点] ええと…い、いきなり魔王様ですか…
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