第二十三話
久しぶりの遠出。馬車で一日以上移動するのは人質としてこの国に送られて以来だ。
アルゲニアの王都は国の中央にあり、人口は第二の都市デイブラットの二倍以上あるらしくその賑わいはフェネキスの王都をも凌ぐ。
政治経済、そして軍事面での中枢を担い、レオンハルト様を除いた国の有力者たちは皆こちらに定住している。
あまりにも大きすぎるので忘れがちだがレオンハルト様のあのお屋敷はあくまでも別荘という扱いで、本邸は王都にある。
個人的にはその本邸とやらが気になって仕方ない。
さすがにあれ程の大きさではないだろうがきっと豪華な邸宅なのだろう。
(本邸にある錬金術の初心者向けの本をくださると仰っていたので楽しみだわ)
王都ではレオンハルト様の本邸で過ごすことになっている。
私が望むのなら王都のお店なども案内してくれると言われたので、それも楽しみの一つだ。
特に美味しいアルゲニア料理を食べられるというレストラン。
この国でしか味わうことができない最高級の美味を口にすることができるのは素直に嬉しい。
人質のくせに観光気分などよくないのかもしれないが、そんな緊張をしても特にメリットがないので私は今の暮らしを満喫することに決めていた。
一度そう決めたら不思議なもので、笑える日が増える。この一ヶ月私は最初の緊張感が嘘みたいに笑ってすごしていた。
「このとき魔力の運用と錬成方法って、AからBに魔力を伝達させるのが正解なんですかね?」
「いえ、これはフォメローの法則といって等倍に魔力を分断してAからBとAからCに均等に伝達させたほうが効率が良いです」
自分用の錬金ノートを見せながらレオンハルト様にアドバイスをもらう私。
簡単な理屈は理解できたが錬金術の勉強はどんどん複雑化していき、私は授業についていくのがやっとになっている。
だから毎日きちんと昨日の講義の復習をしているのだ。
「しかし“破邪のロザリオ”にはしびれましたね」
「またそのお話ですか?」
錬金術のアドバイスをもらうと最近レオンハルト様は毎回その話を持ち出す。
あまりにも何度も同じことを仰るので褒める以外になにか意味があるのかと思ったがそうではないらしい。
「すみません。リルアさんが僕にとって初めての助手というか生徒ですから、その成果がうれしくなってしまいまして」
「私にはそれが信じられません。レオンハルト様は教えるのがお上手ですし、なによりそんなにお嫌いそうに見えませんでしたから」
そうなのだ。私にとってまさに不思議なのはその点。
レオンハルト様は教師としても非常に優秀な方であった。
なんせ錬金術に関してはまったくの素人だった私をたったの一ヶ月で魔道具を錬成するまで育て上げたほどである。どう考えたって先生としての技量が高いとしか言えない。
「僕から言わせるとリルアさんが優秀なだけです。こんなに優秀すぎるとすぐに僕が教えることなどなくなってしまいますよ」
「ふふ、ありがとうございます。でも私は先生が優れているからだと思っています。レオンハルト様の授業はすっごくわかりやすいので、びっくりするくらい頭に残るんです。今までお弟子さんを取らなかったのが不思議なくらいです」
お互いに褒め合うという妙な感じにはなったが、不思議なのは本当である。
レオンハルト様がその気になって弟子を幾人と育てていたら、この国の錬金術のレベルが更に上がり、フェネキス王国との戦争もアルゲニア王国が勝利していたのではないか。
そう思わせるほどレオンハルト様の育成能力は高いように見受けられた。
「買い被りですよ」
「私はそうは思いませんが……。そもそも弟子を取らない主義というのはなにか理由があってのことなんですか?」
「ええ、もちろん理由はあります。嫌味な理由だと言われるかもしれませんが……」
へぇー、なんだろう。
レオンハルト様が弟子を取らない理由って……。
そもそもそれを曲げて私を弟子というか助手にしているんだから、その理由には大いに興味がある。
「僕は僕の錬金術が便利な反面、とても危険だと知っています。以前、ルースくんに少し話しましたように……例えば新たな種類の生命を作り出すことにしてもそうですが、下手をすると人類すら絶滅させる可能性すら錬金術ははらんでいるのです」
それはなんとなく理解している。
あのとき見た大きな幻獣、それに巨大な方舟すら動かす力、どちらも錬金術の産物だ。
力の使い方を誤ると思いもよらない大惨事が起こる可能性については私ですら容易に想像できた。
「僕なら僕の力を抑制させることができます。自らを律する自信があるからです。僕は自分の力に責任を負うことができると自負していますから……」
「私もそれは疑いようのない事実だと思っています」
レオンハルト様が高潔な精神を持つ人格者であることは彼と一緒にすごした一ヶ月で十分すぎるほど理解している。
彼は間違えない。自分の力を誤ったことに使うことはまずあり得ないだろう。
「ですが他の人間は必ずしもそうではありません。力の使い方を間違う可能性があります」
「ええ、そうかもしれません。ですがレオンハルト様ならそうならぬように指導できるのではありませんか?」
「かもしれませんね。ですが他人には他人の自由がありますし、知的好奇心もあります。僕は自由や好奇心をそうまでして束縛したくありません。ですから、他人が暴走するリスクを回避するために絶対に他人には教えないと決めたのです」
うーん。レオンハルト様らしいといえばレオンハルト様らしい理屈だった。
他人の自由や好奇心を自分の言動で侵害したくないから教えない。実に偏屈な理由だと思った。
でも、それこそ……レオンハルト様の優しさなのだと私は思う。
この方はどこまでも優しくて自信家なのだ。
(こうなったら一番気になることも聞いちゃっていいのかしら)
私はここまで聞かずにいた質問を思いきって投げかけることにした。
「あの、でしたら……なぜ自分に錬金術を教えてくださったのですか?」
そう、自分の錬金術を他人に教えないのはレオンハルト様にとって信念みたいなものである。
それなのにその信念を曲げて私を助手にした。
錬金術師の「れ」の字も知らない聖女だった私を……。
これはどういう風の吹き回しなのか気になって仕方がないのである。
「絶対に自分がしないことを、あえてやってみたんですよ」
「絶対に自分がしないこと、ですか?」
「ええ、ゲームのシナリオの僕は信念に従って絶対にリルアさんに錬金術を教えなかったと思うんです。僕は割と頑固ですし、仮にあなたが教えてほしいと懇願しても決してお教えしなかったと断言できます」
ゲームの中のレオンハルト様はリルアに錬金術を教えなかっただろうから、あえて教えた?
それが理由だと彼は言うが、どういうことなのかさっぱりわからない。
「ですが僕は未来を知ってしまいました。失敗して最悪の結果を招く未来を。……ならば、僕はゲームとやらの僕が選択しなかった道をあえて選ぶのも一つの手だと思いましてね。ハッピーエンドに到達する可能性が少しでも上がるなら、信念を曲げてみようかと思ったわけです」
どこまでこの人は思慮深いのかとまた感嘆してしまった。
自分が玉砕したという未来の情報まで計算に入れて、あっさりと信念を曲げる柔軟さは潔いし、誰もができることではない。
この方は自信家でもあるがリアリストでもある。
(ゲームの世界に転生したなんていう荒唐無稽を話しておいてよかったわ)
あの日の決断は間違いでないと思えど、彼の期待は私が錬金術師となった未来にある。
この“破邪のロザリオ”を作ったのをあれほど褒めてくれたのは、おそらく彼の期待に少しは応えられたからだろう。
「私、もっともっと錬金術を頑張って覚えますね! レオンハルト様の決断が間違いじゃなかったことを証明したいです!」
「ふふ、リルアさんはもうすでに十分頑張っていますよ。おかげでいい刺激を受けました。ゲームとやらの僕よりは確実に、ね」
爽やかな笑みを向けて私がすでに貢献していると褒めてくれたレオンハルト様。
――だとしても、まだまだ頑張ろうと思う。
少なくとも錬金公爵様の助手として恥ずかしくないくらいの錬金術師になりたい。
こうしてやる気になった私は移動中にもみっちりと錬金術の勉強をする。
そして……馬車は数日かけて王都に到達した。
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