第十三話
「なぁ、あんただよな? 今の錬金術じゃなくて魔法か?」
「えっ? あ、はい。癒やしの魔法です」
「ちょっと待って、この方聖女様じゃない? 昨日公爵様のお屋敷にきたっていう」
「おおーっ! 聖女様か! それならこの奇蹟も納得だ!」
「聖女様が来たぞ! 聖女様が来てくれたぞ~!」
「「わーーーーっ!」」
えっ? えっ? えっ? まさかこんなに騒ぎになるとは思わなかった。
一瞬で私は街の人たちに取り囲まれて、このあたりは騒然となる。
故郷でも聖女という存在はありがたいと拝んでくれることはあったがこれほどの騒ぎにはならない。
おそらく、聖女という存在が当たり前だったからだろう。
(喜んでくれているのは嬉しいけど、これでは身動きがとれない)
参ったな。これでは軽いパニック状態だ。
私からすると空飛ぶ船のほうがよっぽど物珍しいんだけど、ここの人たちにとって聖女はそれ以上らしい。
「リルア様~。よ~く、掴まって舌を噛まぬように注意してくださ~い!」
「クラリスさん?」
「「――っ!?」」
なんとクラリスさんは私を背負って、上空へと大ジャンプした。
驚くべきはその跳躍力……、なんと一瞬で二階建ての民家の屋根の上に乗ってしまう。
(すごいパワーね。王国の騎士の精鋭でもこんな身体能力はもっていないんじゃないかしら)
その人並み外れた力に声を失いかけていると、彼女は屋根から屋根へと跳び移って、集まった人たちを一瞬で撒いてしまった。
ふぅ、彼等には悪いけど助かったわ。目立たぬように自重しなきゃ……。
「さすがは聖女リルア様ですね~。あんなにたくさんの人たちを一瞬で助けてあげられるなんて~。旦那様にもできませんよ~」
「それは言い過ぎだと思います。レオンハルト様のほうがきっとスマートに治すでしょう」
「でもでも~、多分旦那様の錬金術だったら~。お腹が痛いのだけしか治さないと思うんですよ~」
「そうですかね……?」
「その点、リルア様は全部治しちゃいましたから~。皆さん、奇跡が起こったと驚いたんだと思います~」
奇跡、か。確かに遥か昔、聖女は神の代わりに奇跡を起こす者……すなわち奇跡の代行者という扱いだった。
理屈はわからないが人々に恩恵をもたらす者、そんな位置づけだったからだ。
そう考えると今の聖女のフェネキスにおける位置づけは少しだけ違う。
奇跡の技、光属性の魔法を利用して国防の要を担うという大義があるからだ。
聖女というシステムが確立されていないこの国でのリアクション。それは大昔の奇跡の代行者に対するものに似ているのかもしれない。
この国では聖女の担っていた大義などは錬金術が担っているのだから……。
「すみません。せっかく船着き場に着いたのに“ノア”に乗れなくて」
「いえいえ~、私はもう何度も乗っていますので~。気になさらないでくださ~い」
「また今度、乗れますかね?」
「ご希望があれば次の船着き場まで行きますけど~」
そっか、“ノア”に乗れる場所は十七箇所もあるんだっけ。
それならせっかくだし他の船着き場まで行ってみようか。
ここまできて乗れないのはちょっと残念すぎるし……。
「わー! 待ってくれー! 逃げないでくれーーっ!」
「チュンチュン」
「えっ?」
クラリスさんの提案に乗ろうとしたそのとき、今度は男性の叫び声が聞こえた。
声の方向を見ると屋根の上を走る白衣を着た男性と子犬くらいの大きさの一羽のすずめが追いかけっこしている。
男性は大きな網を使ってなんとかすずめを捕まえようとするも、動作が遅くて捕まえることができないみたいだ。
「すみません! そいつ、捕まえてもらえませんか!?」
「捕まえる? そう言われても――」
逃げるすずめがこちらに向かってくると白衣の男性は私たちに捕獲を依頼した。
クラリスさんはまだ私を背負っている。両手が使えるのは私だけ。
でも、ここで魔法を使ったらまた騒ぎが……。
「光の檻よ降臨せよ!」
「チュンチュン」
結局、魔法を使ってしまった。
なんというか、長い聖女としての生活が染み付いているせいで困っている人をみると見過ごせないのである。
逃げたすずめは私の魔法によって出現した光の檻にて捕獲した。
「うわ~、大きなすずめさんですね~」
「やっぱり大きいですよね」
私の知っているサイズのすずめはこのゲームの世界の基準でも手のひらサイズ。こんなにずんぐりむっくりしていない。
私は突然の出来事に首を傾げてしまった。
◆
「ありがとうございます。被験体が勝手に逃げ出してしまって」
「被験体?」
「錬金術の被験体です。生体を巨大化させる因子の研究をしていましてね」
白衣の男性は錬金術師みたいだ。屋根から地上に降りて、白衣の男性の家という真っ白な建物の前ですずめを手渡すと頭を下げてお礼を言われた。
巨大化させる因子……、それでこのすずめはこんなに大きくなったんだ。
「へぇ~、旦那様も似たような研究していました~」
「旦那様? もしや、その旦那様とはあのオーレンハイム公爵ですか?」
「そうで~す」
「そうだったんですね! すみません。私、オーレンハイム公爵にお会いするのが夢でして」
この街は錬金術師が集まる街。
その中でもトップランナーとも言えるレオンハルト様に憧れている同業者は多いだろう。
「でしたら~、お屋敷にこられれば良いじゃないですか~」
「そ、そんなお屋敷を訪問するなど畏れ多いですよ。半年ほど前に手紙を出すのが精一杯でした」
「でもレオンハルト様にお会いするのが夢なんですよね?」
「ええ、オーレンハイム公爵に憧れてこの街にきました。田舎が食糧難でして、家畜や穀物を少しでも大きく育てたくて。だからこそ、自分の研究が完成するまでは胸を張って会いに行けないな、と思っているのです」
へぇ~、飢饉を耐え忍ぶために錬金術の研究かー。
こういう人もいるんだ。確かに食糧となる動植物を大きく育てることができたら、そういった問題も解決できるかも。
それにしても研究を完成させないと憧れの人に会えないだなんて、本当に尊敬されているのね……。
「それでは、私はこれで」
「研究頑張ってくだ――えっ!? じ、地面が揺れて」
そのとき、ズガンと大きな物音と地響きがしたので、私は驚いてしまう。
地下から聞こえた大きな音、まるで地震が起きているような……そんな異常な感じだ。
この世界で地震が起きたことはなかったんだけど、これはどういうことだろう。
「ははは、被験体に打った鎮静剤が切れてしまったみたいです。早く戻らないと。お二人とも本当にありがとうございました」
焦ったような表情をして白衣の男性は自宅の中へと入っていってしまった。
巨大化因子を使った被験体って……、今の音は相当大きな生き物じゃないと出せないような気がする……。
(錬金術師って、色んな研究をしている人がいるのね)
でも、どこか気になる感じがした。
あの焦った表情はなにか後ろ暗いことがある人が見せるような顔だ。
根拠はそれだけ。邪推するのは聖女としてどうかと思うが気になってしまう。
「クラリスさん、お屋敷に戻りませんか?」
「え~? 空飛ぶ方舟はいいんですか~?」
あの人、レオンハルト様に手紙を送ったと言っていた。それに彼に憧れているとも。
クラリスさんの話ではレオンハルト様も似たような研究をしていると聞いているし、彼にこの話をしたらなにかわかるかも。
私は屋敷に戻ることにした……。
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