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第十二話

 レオンハルト様のお屋敷から馬車で一時間ほどの場所にある街、デイブラット。


 通称、錬金都市と呼ばれるこの街は辺境にありながらその人口はアルゲニア王国において王都に次いで第二位。


 十年ほど前は単なる田舎町だったこの街は近年急激に発展している。


 その理由は言うまでもなく錬金公爵と呼ばれるレオンハルト様の存在だ。


 彼と彼を慕う国中の錬金術師たちが集まり日々研究を重ね、新たな魔道具が生まれそれを活用することでこの街は他の街を置き去りにする速度で発展。街には目新しい魔道具が溢れるようになった。


(デイブラット、一度来てみたいと思っていたのよね)


 前世の記憶が戻る前からこの街の噂を聞いていて私は興味を持っていた。


 まるで空想の世界の産物のような魔道具の数々。それが実在する錬金都市。


 ――なんとも面白そうではないか。


「リルア様~、もうすぐデイブラットに着きますよ~」


「ええ、楽しみです。ずっと行ってみたかったので」


 錬金都市デイブラットはゲームの世界ではラスボス戦前に寄る最後の町であった。


 ゲームの設定上で必要だったからなのか、強いラスボスを倒せるようにと他の町にはない伝説級のレアアイテムを普通に購入できたり、錬成できたりする。


 その設定を裏付けるように、この町は他の町よりも近未来的な様相もあった。


「私も~、初めてこちらに出てきたときは驚きました~。面白いものがたくさんあって、一日中飽きませんでしたよ~」


「クラリスさんはデイブラット出身ではないんですね」


「そうなんです~。私は北部のそれはもう田舎も田舎の生まれでして~。たまたま旦那様が父と知り合いで、雇われた身なのです~」


 なんとクラリスさんはアルゲニアの北部出身か。

 あのあたりは山岳地帯でほとんど人が住んでいないと地域だ。


 ならばこの街にでてきたら刺激は大きいかもしれない。

 私は視界に入ってきたデイブラットの街並みを見てそう思った。


 いや、たとえ王都だろうがどこだろうが関係ないか。

 この街は普通ではない。この世界の中で最も先端を歩む街なのだから。


 デイブラットについた私はクラリスさんの案内のもと街中を歩いてみることとなった。


「ほらご覧になってください、リルア様~。あちらが空を飛ぶ方舟“ノア”です~」


 街に入って早々に私は大きな船が浮遊しながら移動している様子を目にした。


 あれこそデイブラット名物、遊覧浮遊方舟“ノア”。


 錬金術によって生み出された浮遊石と呼ばれる新しい材質をふんだんに使い、この街全体をドーム状に覆うようにして充満させている人工マナを動力にして動いているという新しい乗り物。


 デイブラットという範囲内でしか飛ばすことはできないが、それでも存在すること自体がにわかに信じがたい代物だ。


(どうしよう。すっごく乗りたい)


 子供じみた趣向かもしれないが、空を飛ぶ船なんてファンタジー世界においてもファンタジーな乗り物なので前世のゲーム好きだった私の人格も手伝って非常に魅力的なのだ。


「やっぱり~、ここにきたら最初は“ノア”に乗りますよね~」


「えっ? 乗ることできるんですか?」


「もちろんですよ~。誰でもチケットを買えば乗船できます~。船着き場が街に十七箇所ありますから、最寄りの船着き場から乗りましょ~」


 当たり前のように“ノア”に乗ることが可能だと言ってみせるクラリスさんは神様に見えた。


 やった。憧れだった空飛ぶ船に乗ることができる。こんなに楽しみなことはない。 


 錬金都市デイブラットの散策が始まった。


 ◆


「船着き場はこちらです~。少しだけ歩きますよ~」


 クラリスさんに手を引かれて私は船着き場を目指す。

 うわー、やっぱりすごいなこの街は……。なにもかもが目新しい。


 “ノア”に圧倒されたがこの街にある珍しいものはそれだけじゃないのだ。


「おじいちゃーん、元気~」

『おお、トムか。ワシは元気じゃよ』 


 公園では子供が映像に映るおじいちゃんと会話をしていた。 


 ガラスの板からホログラムのように飛び出す半透明のおじいちゃんは離れた場所であるが実在の映像である。


 あれも確かレオンハルト様の作った魔道具の一つだったはず。


 テレビ電話みたいなものだが、こちらも人工マナが充満しているこの街限定でしか使えないタイプのものだ。


 馬車の中でクラリスさんもらったガイドブックによると、そもそも人工マナというものからアルゲニアの錬金術師たちの長年の研究によってできた大発明らしい。


 かつて聖女が不在ゆえに結界を作れなかったこの国はなんとか代用できるシステムの開発に努めていた。


 そして錬金術師たちは聖女のもちいる光属性の魔力を研究して、それと似たようなエネルギーを人工的に作り出すことに成功した。


(それだけでも驚嘆すべきところよね……。でも錬金術師たちの研究はそれで終わらなかった)


 さらに研究を進めた錬金術師たちはなんと聖女が祈りを捧げてできる結界と同様の結界まで再現するところまで至ったのである。


 そんなおり、稀代の天才錬金術師であるレオンハルト様は年数をかけて僅かにしか作り出せなかった人工マナの大量生産技術を確立した。


 デイブラットは街という名の大きな実験施設でもあり、大量生産した人工マナで街を覆い尽くすことにより、そのエネルギーをもってしてどれほど発展できるのか検証しているらしい。


 将来的には国全体を人工マナで充実させて、他国に追随を許さぬほどの国力を確立したいという、アルゲニア国王の希望からこのようなことをしているのだという。


(だからこそフェネキス国王はそれを怖がったのね)


 なんせ少し前までは結界も作れなかった弱小国家が急成長を遂げて、自らの国を脅かすほどになったのだ。


 このまま放置すれば今は圧倒的に国力で勝るフェネキスもどうなるかわからない。


 だからこそフェネキス国王は早めにアルゲニアを潰したかったのだろう。


 だが、思った以上にアルゲニアは強くなっていた。


 国土面積も人口も三分の一にも満たない小国を相手にして戦況は五分と五分。下手をすると負けてしまうかもしれないという状況まで追い詰められた。


 計算が違ったフェネキス国王は慌てて休戦協定を結び、そして今に至る。


(フェネキス国王陛下からすると聖女の私が魔王の後継者と聞いてチャンス到来って感じだったのかもね) 


 ここまで発達した技術がもしも国全体にまで及んだとしたら、それこそフェネキスに勝ち目はなくなるだろう。


 だからこそ魔王になった私にすべてを壊してほしい。 


 私を人質として送った陛下はそんな願いを込めていたのでは、と嫌でも邪推してしまった。

 なんにせよ、これだけ発達している街に聖女はいらないのかもしれない。本当に単なる信仰の対象で――。 


「痛い、痛い、痛たたた!」

「お腹が急に……、ううう」

「腹が……、腹が痛い!」

「「――っ!?」」


 船着き場まで目と鼻の先、というところで私は突如腹痛に苦しむ人たちの声を聞く。

 あそこは飲食店? まさか食中毒でもおこったのだろうか。


「あー、あそこはあとでリルア様と寄ろうと思っていたクレープ屋さんです~」


「クレープですって? じゃあ、やっぱり……」


 クラリスさんの言葉を聞いて私は苦しんでいる人たちのもとへ駆け寄る。


 そして昼間に祈りを捧げることで体内に蓄積されたマナを利用して、魔法を使った。


「光の天使たちよ、邪なる元凶を祓いたまえ!」


 私を中心として半径十メートルほどのエリアに魔法陣が展開されて光が放たれる。


 これが私の最も得意とする広範囲型の治癒魔法――神の加護によって体の悪い要素を取り除く効果がある。


(食中毒くらいならこれで治るはず)


 見た感じの状況から察するに、これはクレープ屋で起こってしまった不幸な食中毒。


 もちろんこの錬金都市において医学が進歩していないはずはないと思ったが、困っている人は見過ごせない。


 闇の魔力を抑える余裕も治癒魔法一回くらいではどうということではないと、思っていたので私は躊躇いもせずこの魔法を使った。


「あ、あれ? なんか痛いのが治ったぞ」

「本当、不思議ね。あんなにお腹が痛かったのに」

「それに肩がずっと重かったのも嘘みたいに取れた」

「ワシは膝の痛みがなくなったぞい」

「俺もずーーっと、喉が痛かったんだけど消えちまった」


 魔法を使った結果、どうやら食中毒は完治してくれたらしい。


 もちろん、これは食中毒を治す魔法でなくてありとあらゆる体の不調を取り除く魔法。だから他にも体に悪いところがある人たちはそれも治って驚いているみたいだ。


 良かった……。この国でも聖女らしく振る舞うことができるんだ。

 私は久しぶりに小さな達成感を胸に抱いていた。

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