第十一話
見た目どおり広いお屋敷の中を歩くこと数分、私はレオンハルト様が調べものをしているという資料室に辿り着いた。
それにしてもこう広かったら慣れるまで屋敷の中で迷ってしまいそうだ。
クラリスさんの話によると地下には大きな実験施設まであるらしい。
「旦那様~、リルア様がお話があるそうです~」
「どうぞ、お入りになってください」
「それではリルア様、私はここでお待ちしておりま~す」
クラリスさんを扉の前で待たせて私はレオンハルト様と対面した。
彼はなにやら見慣れない文字で書かれている書物を読んでいるみたいだ。
「昨日はよく眠れたみたいですね」
「あ、すみません。人質の聖女が昼すぎまで寝てしまうとは……、猛省しております」
「これは失敬。嫌味を申したわけではないのです。昨日と比べて顔色が随分良くなっていましたので、安心しただけですよ」
睡眠時間に触れられてドキッとしたがどうやらレオンハルト様はそんなつもりではなかったらしい。
私が気づかなかっただけで、そんなに酷い顔色だったのだろうか。
確かに目覚めてから、すこぶる体が軽い。それに気分も明るくなったような気がする。
「おかげさまで体調がいいです。色々とご配慮いただきありがとうございます」
「それはなにより。ふむ……、魔力の質も昨日と比べて良さそうだ。この様子なら魔王の覚醒までまだかなり時間があるとみて良さそうですね」
ジッと私を見つめて、彼は私が魔王として覚醒するまでの期間を値踏みする。
先ほど祈ったおかげで今はかなり充実していて、余裕を持って抑えることができている。
そういう面も含めて彼の鋭い洞察力は見抜いているようだ。
「と、まぁ。普段の僕ならそれくらいの見立てはできるのですが、リルアさんは未来の情報とも呼べるゲームとやらの記憶を持っていますからね」
「ええ、一応……」
「それならばリルアさん。そのゲームとやらのシナリオでは覚醒までどれくらいかかったのか、わかる範囲で教えていただけませんか? そのほうが僕の不確かな予測よりもよっぽど正確ですから」
彼はさっそく私の転生前の記憶をもとにして対策を練ろうと考えているのか。
普通ならここが前世の私がプレイしていたゲームの世界などと聞いても、まず間違いなく頭が正常なのか疑いそうなものなのに……。
レオンハルト様は柔軟にそれを重要な情報として処理している。
「……ええーっと、シナリオ上で詳しく言及はされていませんが、少なく見積もっても半年以上なのは間違いありません。それに――」
「それに?」
「ゲームのラストシーン、リルアが胸から鮮血を流しながら雪の上に倒れるんです。これって、季節は冬ってことですよね? 今は初夏ですから、季節的にも半年ちょっとで合うと思うんですよ」
ゲームではシェリアの修行イベントが数回あった。
そのたびに彼女は強くなっていき、最後には私はおろかあの神童とまで呼ばれているアルビナス殿下をも上回る力を手にしたのだ。
その期間を単純に足し算してザッと半年。実際旅をしている期間もあるはずだから、半年以上という計算である。
そして忘れもしないシェリアにトドメを刺されるラストシーン。そこはアニメーションなのだが、リルアの鮮血が雪を染めるという映像が見られるのだ。
最後の最後でリルアは魔王から人間に戻ったという演出なんだけど、それから推測するに私が魔王になるのは冬で間違いない。
ラストシーンを思い出してしまった私はそのあまりの凄惨さに思わず身震いしてしまった……。
「なるほど、なるほど。半年以上、そして季節は雪が降りしきる冬……ですか。それは非常に有益な情報です」
「そうでしょうか?」
「ええ、もちろんです。少なくとも半年は覚醒しないとわかっていれば、その前提で試行錯誤できますから。いつ覚醒するかわからない状態で研究するのとでは、効率が全然違います」
うーん。よくわからないけどそういうものなのか。
まぁ、私としても半年は大丈夫だと考えると気楽な部分はあるような気がする。
確かに時限爆弾もタイマーが見えなかったら処理するのに神経使いそうだし、それと似たような感覚なのかもしれない。
「こんなことを聞いて失礼かと承知していますが、私の話を聞いても勝算はあるとお思いですか?」
しつこく確認するようなことをするのは嫌だったが聞かずにはいられなかった。
疑うわけではないが、やはり勝算の有無は気になってしまう。
「ここまでネタがわかっていて、半年も期間をもらえばこの僕が解決できないはずがないという自信はあります。根拠はありませんから信じてほしいとしか言えないのですが……」
苦笑いしながら自信はあるとレオンハルト様ははっきり宣言する。
それに私から聞いた情報を前提にして考えるのなら自身が失敗したことも例外ではないはずなのに……。
「とはいえあなたが自らの魔力を引き上げて、猶予をなるべく伸ばそうと努力をされるのは大変助かります」
「それもご存じなんですか?」
「今、祈りによって魔力を高めていますよね? 昨日と見違えたのは睡眠時間だけでなく、そのせいでもあるのではないかと推測したまでです」
お見事。そうとしか言わざるを得ない。
こんなにもすごい錬金公爵ですら敵わなかった魔王ってどんだけ恐ろしいんだと身の毛がよだつ。
だからこそ私は油断しないようにしなくてはならない。この力を間違っても解放しないように、と。
「そういえば、昨日の話だとゲームのリルアさんは最後には幽閉されていたみたいですねぇ……」
「ええ、多分祈り続けないと魔力を抑えられなくなったんだと思います」
「僕も同じ考えです。そうならぬように早く終わらせたいところですね。……リルアさんは負担が大きい中で申し訳ありませんが、トレーニングは続けておいてください」
よかった。レオンハルト様は私の考えと同じだった。
魔力量を増やす特訓は地味だけど確実に効果がある。
毎日、祈りを捧げて体内の魔力を充実させていこう。
「それと特訓もいいですが、僕はそれと同じくらいリラックスすることも大事だと思っています。この資料に書いてあるんですけど、不安感は魔王の覚醒を早めるという仮説があるみたいです」
レオンハルト様は手にしている資料のとある一ページを指差しながら説明をする。
これはおそらく古代文字。解読できるのは大陸三大賢者の一人である司教様などごく一部の人間だけなのだが、どうやらレオンハルト様もそのごく一部らしい。
「ですから、リルアさん。今日はリラックスついでに街におでかけなどされてみてはどうですか?」
「ええっ!? おでかけって、私は人質ですよ!?」
思いもよらぬ提案に私は驚き大きな声を出してしまった。
いやいや、どう考えても人質が街におでかけしたらおかしいでしょう。
フットワークを軽くしていいはずがないのだ。
「ははは、そんな固いこと仰らずに。人質の扱いに関しては僕がすべて責任を負っています。のんびり観光でもして英気を養ってください。きっと楽しいですよ」
ニカッと白い歯を見せて笑いかける彼はそんな常識的な意見など歯牙にもかけないみたいだった。
うーん。そう言われたら断るのも野暮だし、お言葉に甘えようかしら。
アルゲニアは魔道具が発達していて、面白いものが見られるかもしれないし……。
「それでは街にでてみます。レオンハルト様は?」
「すみません。僕もぜひリルアさんとデートを楽しみたいと思っていたのですが、少し調べものをしたいので……。クラリスさんに案内をさせます。二人で楽しんできてください」
「わかりました」
申し訳なさそうな声をだして一緒にでかけられないと伝えるレオンハルト様。
そんなわけで私はクラリスさんとともに屋敷をでて近くの街を目指すこととなる。
「街におでかけですね~。任せてくださ~い。このクラリスがしっかりきっちりガイドを務めさせていただきま~す」
「あまりはりきりすぎてリルアさんを困らせないようにしてくださいよ」
「むぅ~、わかってますよ~。ではでは~、リルアさん、どうぞこちらです~」
「あ、ちょっと、クラリスさん!?」
ダーっと勢いよく走るクラリスさんに手を引かれて私は屋敷の外に出る。
今日も昨日と同じく一点の曇もない青空。初夏のまぶしい光に照らされながら私は新しい世界に一歩踏み出した。
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