第十話
「あー、よく寝た! 当たり前のことだけど睡眠というものはありがたいものなのね」
ここ数年、記憶にないくらい私は深い眠りについてすっきりとした気分で目を覚ます。
どこまでも人をダメにしてしまうくらいふわふわのベッド、肌触りのよいシルクのシーツにやられてしまった。
時計の針を見ると、もうお昼すぎではないか。人質が、それ以前に聖女がこんなにも寝坊をしても良いものなのか……審議が必要なところだろう。
それにしても昨日は眠たすぎて、特になにも意識をせずベッドにダイブしたが、なんといい部屋を用意してもらったのかと驚いた。
大理石の床にまるでお姫様が眠るような高級感漂うベッド。テーブルやクローゼット、それに椅子も古いが同じ職人が作ったアンティークのもので統一されている。
陽光を遮るのは可愛らしいレースのカーテン。カーテンを開けると広大な緑が広がる美しい風景が見える。
(魔力はまだ封じられたままみたいね。でも感覚的にもう少しで戻ってきそう)
開いた手を眺めて私は封じられた魔力が戻ってくるのを直感的に知覚した。
魔力は聖女としての力の根幹でもある。
これが戻らないことには私はただの人、なにもできない非力な人間だ。
「んっ……!? 戻ってきた」
熱量を帯びた液体が体内を駆け巡るような感覚。
やっぱり闇の魔力は抑え続けなくてはならないみたいだ。
(面倒な体になったものね。レオンハルト様は魔封じのハーブの摂取しすぎは良くないから、半日は我慢してほしいと言われたし)
残念なことながら私のこの症状に効く万能薬はないみたいで、私は寝る前にハーブティーを処方してもらい睡眠時間を確保してもらうに留まった。
それでもこれまでの心労を考えると十分すぎるくらい。
心の余裕もできたし、なにより絶望していた未来に光が見えたのは大きい。
「私もなにかお手伝いしなきゃ」
体内にある光の魔力を意図的に増幅させる。
抑えなきゃならない量を考慮して、使える魔力は全体の約三割といったところか。
(闇の魔力が日々増大していくのがなんとなくわかるわ)
そのうち私は全部の魔力を抑えるのに回しても抑えきれなくなる日がくる。
おそらくそれが私が魔王として覚醒するタイムリミット。
「だとしたら、私は自らを鍛え直して魔力の量を増やすしかない」
跪いて手を組み、神に祈りを捧げる。
こうすることで自然界に流れるマナという魔力の源を体内に吸収することができるのだ。
マナによって上昇する魔力は一時的なものだが、繰り返せば繰り返すほど私自身の魔力も微増してくれる。
それにいざとなれば祈りを捧げ続け――。
「はっ!?」
もしや私が幽閉されていた理由というのはそれ?
リルアだけの光の魔力では抑えきれなくなった闇の魔力を抑えるために、祈り続けなくてはならなくなった、と。
閉じ込められたのではない。自ら動かないことを選択したのだ。
(でも、だからといって自らを鍛えるのを怠る理由にはならない)
ゲームのリルアはきっと最後まで希望を捨てずに祈り続けていたはず。
その意思の強さはどこまでも尊いものだと思える。
私も負けてられない。もっと強くならなくちゃ……!
「あの~! リルア様~! リルア様~! お部屋の中に入ってもよろしいでしょうか~!」
祈りを捧げていると扉の外からこの屋敷のメイドであるクラリスさんの声が聞こえた。
彼女が昨日……眠気に負けそうな私の世話をしてくれて、荷物運びや着替えを手伝ってくれたのだ。
どうやらレオンハルト様から私の世話全般を仰せつかっているらしい。
「はい。構いません。どうぞ中へ」
「それでは失礼しま~す。……わぁ、リルア様、まるで天使様みたいです~。さすがは聖女様! 聖女様って光るんですね~!」
祈りの最中は空気中のマナが光を帯びてヴェールのように私を包み込むので、非常に神秘的な見た目になる。
自分も初めて祈りを捧げたときはそう思ったものだ。キラキラとした光り輝くのは最初のうちは実に気恥ずかしかった。
「すみません。すぐに終わりますから」
「全然気にしないでくださ~い。旦那様がそろそろハーブの効果が切れるころだから様子を見にきただけですから~」
どうもお気を使わせてしまったみたいだ。
こんなにも寝坊をしたのだから当然かもしれないが……。
クラリスさんは興味深そうに私が祈っている姿を見ていた。
「レオンハルト様はどちらにいらっしゃるのですか?」
「あ、はい。旦那様は第三資料室でなにやら調べものをなさっています」
「そうでしたか」
どうやらレオンハルト様は調べものがあるらしい。
私関連のことなのか、全然関係ないことなのかわからないが、どちらにしても昨日のお礼も兼ねてご挨拶しておきたい。
「今、レオンハルト様にお会いするのは迷惑ですかね?」
「大丈夫ですよ~。旦那様からはリルア様がそう仰ればいつでも通すように言われていますので~」
それも読まれていたか。もうそれくらいでは驚かないが……。
それならばせっかくだから今から着替えて会いに行こう。
「クラリスさん、お手数ですが着替えを手伝ってもらえませんか?」
「は~い! お安い御用で~す!」
こうして私はレオンハルト様のいる第三資料室とやらに向かうこととなった。
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