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第一話

 毎日、毎日、同じ仕事を淡々とこなすだけ。その上、ことあるごとに冗談のような量の残業が回ってくる。

 再就職など見つける余裕もない。もちろん恋愛する時間もない。


 激務に耐えてフラフラだった私は明日からさらに一ヶ月サービス残業確定と知って頭痛が止まらなくなっていた。

 だからこそ注意力散漫だったんだと思う。若いからといって体力も無限ではない。


 信号無視したトラックに気がつかなかった。青信号だから歩く。それしか考えられなかった。

 そしてとっさに避ける気力などあるはずもなく、私は宙を舞っていた。

 途切れる前の意識の中で思ったこと。


(明日、楽しみにしていたゲームの続編――発売日だったな)


 もちろんそんなのをやっている時間はないんだけど、なぜかそれが頭に浮かんだ。

 それからどうなったのか、私は覚えていない。だって気付いたときは――。


 ◆


「お姉様! リルアお姉様! しっかりしてください!」

「ううっ……、痛っ! あ、あなたは一体……」


 頭の中を何十本もの針が刺すような痛みを覚えながら私は目を覚ました。

 えっ? まさか私、助かったの?

 あのスピードのトラックに轢かれたら普通は死ぬかと思っていたから驚いた。

 もしかしたら知らない間に医学というものは急成長していたのかもしれない。


「お姉様! よかった……、気がつかれましたのね!」

「――っ!? あ、あなたは、どなたですか?」


 コスプレみたいなファンシーな衣装を身に着けた可愛らしい女性が涙目になりながら私を抱き起こしている。

 髪の色はまるで晴天のような鮮やかな青色、瞳は紫水晶のように輝いており、容姿は芸能人顔負け。

 まるでお人形さんみたいに可憐な彼女は一体誰なのだろう……。


「そ、そんな。私の名前をお忘れですか? まさか記憶喪失に……」


 記憶喪失? そんなことはないだろう。

 だって、私はトラックに轢かれるまでの記憶をしっかり覚えている。通っていた小学校の名前だって言える。


(それにしても変な場所ね。ここは病院じゃないの?)


 周りの景色は見慣れないものばかりだった。例えば目の前には仰々しい十字架、そして美しい彫刻が並べられている。

 さらに天井にはなにやら荘厳な雰囲気の絵画が描かれていた。


(周りの人たちも見た目が日本人離れしている。ここはどこなのかしら)


 うーん、教会っぽい見た目のような気がする。

 無神論者の自分には馴染みがないが、漫画やゲームでこんな感じの建物、見たことあるし……。


 目の前の青髪の子もそうだけど、周りの人もコスプレ衣装を身にまとった異国の人って雰囲気だし、一体どうなっているんだろうか。


「お姉様、このシェリアを。妹の名前を本当にお忘れですか?」

「シェリア? ううう、あ、頭が……!」


 その名前を聞いた瞬間、私の頭に再び鋭い痛みが走った。

 そうだ。この子はシェリア。シェリア・エルマイヤー……私の一つ年下の妹だ。


 なんで忘れちゃってたんだろう。さっき頭痛とともに別人の記憶が頭の中に入ってきて、ごちゃついたせいだろうか。


(でもトラックに轢かれた私も確かに私の記憶としか思えない。まさか前世の記憶?)


 頭痛が落ち着いてきた私はゆっくりと思考を張り巡らせて、二つの記憶について考えてみた。


 魔術師の名門、エルマイヤー伯爵家に生まれ育ったのが今の私。

 激務の中、注意力が散漫してトラックに轢かれて死んでしまったOL。それが前世の私。

 そう考えればこの状況に一応説明はつく。まるで漫画みたいな話だけど、そうとしか考えられないのだから仕方ない。


(しかも……、前世の記憶が戻ったから気がついたけどこの世界ってまさか!?)


 さらに私は驚くべき事実に気がついて動揺が隠せない。

 ここ、「陽光のセインティア」の世界だよね!?

 私は死ぬ直前に続編を楽しみにしていたゲームのタイトルを思い出す。


 「陽光のセインティア」は魔法と錬金術によって魔道具と呼ばれるアイテムを強化して、シナリオを進めるファンタジーゲームである。

 私の妹であるシェリア・エルマイヤーはそのゲームの主人公で、聖女として国を守るという要職についている設定だった。


 つまり私は過労死寸前のOLから主人公の姉というポジションに転生したのである。


(それだけならよかった。よりによってリルアなんかに生まれ変わっているなんて)


 主人公の姉というだけならなんてことなかった。ゲームの世界で暮らしてみたいと思ったこともあるし、それなりに楽しい人生が送れるかもしれないとも思えた。


 でもリルアは最悪だ。このままだと私の人生は悲劇的な結末を迎えてしまう。


 なんせリルア・エルマイヤーこそがこのゲーム、「陽光のセインティア」のラスボス。世界を破滅へと導き、世界中から恐怖され、敵として認識されるキャラクターなのである。


 真の聖女として覚醒した最愛の妹によって殺される。それがラスボス聖女と呼ばれたこの私、リルア・エルマイヤーに訪れる悲劇の結末だ。


 燃えるような赤髪を持つ姉のリルアと爽やかな晴天のような青髪の妹であるシェリアが対峙して睨み合うシーンは最もプレイヤーの心に残るシーンだと思っている。


 姉妹の証である同じ紫水晶の瞳から同時に涙が流れ、交錯する想い。ゲームをしていた頃は他人事ながらもらい泣きしたものだ。


(この赤い髪もお気に入りだったのに恨めしくなる。悲劇のラスボスコンテストがあったら優勝ものだよ。リルア・アルマイヤー)


 頭痛が収まったと同時に頭痛のタネとは、人生上手くいかないものだ。

 死んで激務から逃れられたかと思えば、ハードモードの人生。


 この教会に神様がいるのなら聞いてみたい。私が一体なにをしたのかと……。

 前世知識が戻った私の最初の気分は“最悪”であった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ラスボス聖女のパワーワードがすごいです!
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