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聖羅  作者: 水綺はく


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夢見る二人

「うーん…」

 椅子に座った聖羅が口を動かしながら、フォークを片手にしかめっ面を見せる。

 私はその様子を見ながら分かりきった答えを聞くために、

「どう?美味しい⁇」と尋ねた。

 聖羅はその質問に首を傾げてさらに眉間に皺を寄せる。

 その姿が面白くて思わず口元が緩んだ。

 聖羅が座る卓上には私が作ったズッキーニの肉巻きが置かれていた。

 はじめにそれを目にした聖羅はとても嬉しそうに、

「このお肉の中にズッキーニがいるの⁉︎」と燥いだ声を上げていた。

 私が、そうだよ。と言ってキャベツと人参の味噌汁と白米を横に並べると彼女はすぐに席に着いて、「いっただきまーす!」と声を弾ませた。

 そして我先にと言わんばかりのスピードでズッキーニの肉巻きをフォークで刺すと一口で頬張った。

 嬉しそうに咀嚼する聖羅の表情が段々と怪しくなっていき、首を傾げだす。果てには怪訝な顔で眉間に皺まで寄せてしまった。

 さっきまでの笑顔が嘘のようだ。

 「なんか…きゅうりを炒めたみたいな味がする。」

 眉間に皺を寄せたまま、テンションの下がった声で私に訴える。

 その言葉に笑いながら、「だから言ったじゃん!」と言って自分もそれを口にした。

 私はズッキーニを特別嫌っているわけではないので、それなりに美味しく食べることが出来たが、聖羅のフォークを持った手は止まっていた。

 「聖羅、レトルトハンバーグがあるからそれ食べる?代わりにそのおかず、私にちょうだい!」

 ズッキーニの肉巻きを見つめたまま動きが停止していた聖羅が私の方を向く。

 目が合うと、彼女は瞳を輝かせて大きく頷いた。

 席を立ってレトルトハンバーグを温める湯煎を用意しながら、自分は意外と子供に甘い性格なのかもしれないと思った。

 聖羅と過ごす日々の中で自分の知らない一面を知っていく。

 自分がこんなにも誰かに優しくできる人間だとは思わなかった。

 でもそれができるのはきっと相手が聖羅だからだ。

 私の中には悪魔のような血みどろな感情と聖母のような慈悲深き感情が混在している。

 どちらか一方に振り切っていたら今頃、こんなに苦しんでいなかったに違いない。

 悪魔が嘲笑う時、聖母は泣いて、聖母が微笑む時、悪魔は歯を食いしばっている。

 私はその二つの存在に戸惑い、怯えている。

 共存する彼らに怯むことなく逞しく生きていける人間だったらどれほど良かっただろうか。

 今も昔も私を苦しめているのは結局、私自身だ。

 「結衣ちゃん、聖羅ね、文房具屋さんに行きたいんだ‼︎」

 キッチンでハンバーグを温めていると聖羅が声を上げた。

 その言葉を聞いて昨日の会話を思い出した。

 ーーー聖羅、久々に結衣ちゃんと絵を描きたいな。

 幼い頃の私達はよく二人で絵を描いていたのだ。

 二十年以上も前の記憶が今でもはっきりと蘇る。

 私と一緒にスケッチブックにクーピーペンシルで絵を描いている聖羅の幼い横顔…

 嗚呼、そうだ。聖羅は洋服と絵を描くことが好きだった。

 そして私も聖羅と同じくらいにそれらが好きだった。

 「来週の土曜日に駅前の文房具屋さんに行ったら聖羅の欲しいものを買ってあげる。」

 私の言葉に聖羅は両手をあげて、やったー!と叫んだ。

 ズッキーニで沈んだ彼女の瞳が再び輝きだす。

 彼女の瞳の奥で無数のガラス玉が光を集めていた。

 その姿を見て微笑んでいると鍋から湯が沸々と泡を見せ始めた。

 沸騰した湯に向かってレトルトハンバーグを入れると、湯が溢れてガスコンロの火と触れ合った。ジュージューと音を鳴らすコンロの上で鍋の湯がグツグツとマグマのような音を立てている。

 家内の片隅で穏やかさとかけ離れた音を聞きながら幼少期のことを思い出した。

 その記憶はまるでせせらぎの如く平穏な映像だ。

 聖羅の実家内に張られたピンク色のキッズテントの中で私達二人は内緒話をしていた。

 聖羅の家には彼女の家族が彼女の為に買ってあげたキッズテントが張られていて、私達はそこを二人だけの秘密基地としていた。そこで時折、ガールズトークをするのが二人の楽しみであった。

 「ねぇ、結衣ちゃん。今日は秘密基地で内緒話をしましょう。」

 どこかのお嬢様になりきった幼い聖羅が私に向かって気取った様子で誘ってきた時があった。

 私もそれに乗って気取った声で、いいわよ。と返すと私達は聖羅の家に向かって二人でキッズテントに閉じこもった。

 「ママは絶対に入っちゃダメだからね‼︎」

 テントに入る前に聖羅が自分の母親に向かってそう制止すると聖羅のお母さんは呆れと愛おしさを交えた声で、「わかってるよ。」と言っていた。

 あの日、秘密基地に入った私達は互いの夢と約束を交わした。

 聖羅は基地に入るなり開口一番に耳にたこができるほど聞かされた自身の将来の夢について話し出す。

 「聖羅ね、洋服と絵が大好きなの!だから大人になったらデザイナーになって可愛い洋服をいっぱい作るの‼︎」

 いつも通り断言する聖羅に私も自分の夢について語りだす。

 「じゃあ、結衣は漫画家で有名になってお金持ちになる‼︎」

 私が対抗すると聖羅も負けじと対抗してくるのがこの後のお決まりの流れだった。

 聖羅も有名になって、こんなおうちに住むの‼︎

 そう言って近くにある大きなシルバニアファミリーの二階建ての家を指して叫んでいたこともあった。

 女の子同士は些細なことで火がついて言い合いになることがよくある。私達も例外なくそうであった。

 その日の聖羅は私に対抗することなく、そんなことよりも…とでも言うように私の耳元に手を当てると、いかにも分かりやすい内緒話のポーズを取って囁いた。

 「あのね、聖羅がデザイナーになって洋服を作ったら一番に結衣ちゃんに着させてあげるね!」

 耳元から唇を離した聖羅をゆっくりと見ると彼女は誇らしげに微笑んでいた。

 そんな彼女に負けず嫌いの私が、「じゃあ、私も!」と声を上げる。

 それに対して聖羅が人差し指を唇に当てて、シーッと言った。それから耳をそばだてるポーズを取って、耳元で囁けと示唆する。

 私は聖羅の耳元に唇を近づけて右手を添えると囁いた。

 「私が漫画家になったら、聖羅に一番最初に漫画を読ませてあげる。」

 そう囁いて唇と右手を彼女の耳元から離すと彼女はこっちを向いて満面の笑みを見せた。

 「うん!約束だよ‼︎」

 薄暗いキッズテントの中で太陽の如く輝く彼女の笑顔が実に眩しかった。

 「私達、二人とも幸せになろうね。」

 聖羅が女神のように微笑みかける。私は彼女の言葉に賛同するように頷いた。

 私と聖羅は本物の姉妹のように時には互いをいがみ合い、時には互いを家族以上の存在として信頼していた。

 私達の信頼関係は絶対的なものであった。

 幼い聖羅は私を姉のように慕っていて私の言葉を疑う余地がなかった。

 聖羅に崇拝される瞬間は自らのみすぼらしさを忘れさせるほどに心地よかった。

 彼女と比べた時に生まれる普段の私の惨めさはそれは膨大であった。

 それでも彼女が私を崇拝する一瞬が自らを誇らしげにさせた。

 幼い私は自尊心が足りておらず、それを他者で埋めようとしていた。

 幼さから彼女のそばにいると貪欲さが増していった。

 その貪欲さが私の中に悪魔を呼び寄せた。私が貪欲になる時、悪魔は玉座に座ってほくそ笑んでいた。

 あの時の自分を思い起こすと今でも身震いする。


 「ハンバーグ、温めたよ。」

 湯煎されたレトルトハンバーグの袋をハサミで切って、皿に移すと聖羅の目の前に置いた。

 「ありがとう!はい、じゃあ、これは結衣ちゃんの!」

 嬉々とした声を上げる聖羅が私の席に自分の分のズッキーニの肉巻きを押し退けた。

 私は自分の席に戻ると食事を再開してズッキーニの肉巻きを二皿分、平らげた。

 食事を終えると私は流し台で皿洗いを開始した。

 聖羅は疲れてしまったのか、そのままベッドに移動して眠りこけてしまっていた。後で彼女を起こしてお風呂に入れなければならない。

 髪を乱して眠りに就く彼女の姿を玄関近くの小さなキッチンスペースから時折、様子を窺いながら、あることを考えていた。


 翌日、仕事を終えた私は駅前の文房具屋に立ち寄った。

 同じ文房具屋に土曜日、聖羅と一緒に行く予定だが、買いたいものがあった為、一足先に一人で買い物を済ましてきた。

 職場から帰ってきた私は大人しく留守番をしていた聖羅にスケッチブックと三十六色セットの色鉛筆を渡す。

 受け取った聖羅は欣喜雀躍して、

 「結衣ちゃんがいない間、聖羅、これでお絵描きするね!」と言った。

 そんな彼女の様子に内心、安堵しながら頷いた。

 すると聖羅が突然、あ!と思い出したように声を上げて私の方を見ると、

 「でも今週の土曜日は絶対に二人で行くんだからね!」と力強く言ってきた。

 私は彼女の目を見ながら頷いて、「わかった。」と返した。

 大人になってある程度のものが自分で買えるようになったにも関わらず、私には欲しいものがなかった。

 私の貪欲さは幼少期に置かれたまま、そのまま成長して大人へとなった。

 聖羅を失ってからは欲張らず、自制して生きてきた。

 もしかしたらそのお陰で彼女と再会できたのかもしれない。

 全ての欲から自らを遠ざけたお陰で神が私に褒美として聖羅を与えたのではないだろうか。

 私達の再会は神が引き合わせた必然だったのかもしれない。

 



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