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聖羅  作者: 水綺はく


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24/30

対面する

 「いらっしゃいま…あれ⁉︎結衣ちゃん‼︎…と啓太くん‼︎」

 店の扉を開けて暖簾(のれん)(くぐ)ると聖羅が驚いた表情で私達を出迎えた。

 「あらまぁ、随分と早くに来て…会社はどうしたの?」

 少し驚いた顔でママが私と啓太くんをカウンター席へと誘導する。

 「今日は有給休暇を取ったの。滅多に取らないから…たまにはね。」

 話しながら席に座るとマスターが安堵した様子で口を開いた。

 「なんだ…ビックリした!てっきり会社で何かあったのかと思っちゃったよ‼︎有給か…休むことは良いことだな!」

 そう言ってお通しを出すマスターの前でママが聞こえるか聞こえないかくらいの声で、私にも有給休暇が欲しいわ…と呟いた。

 一方の啓太くんは私と一緒には座らずに無言で二階へと上がっていなくなってしまった。

 「何にする?」

 ママに訊かれてハイボールを頼むと聖羅がグラスを用意しながら喋り出す。

 「聖羅ね、お酒も作れるようになったの。今日は聖羅が結衣ちゃんのハイボールを作るね!」

 聖羅はそう言って(つたな)い手つきでお酒を作り出す。

 すると向いからマスターがつまみのイカの塩辛を差し出した。

 「それにしても結衣ちゃんが啓太と二人で入ってくるもんだから、どこかのカップルかと思っちゃったわ。」

 ママの言葉に私は思わず、カップル⁉︎と声を上げた。

 「まさか、ないですよ!…ないです、本当に。」

 まだ一口もお酒を飲んでいないのに自分の顔が上気していくのがわかった。それを隠すように首を横に振って手のひらを頬に当てる。

 「えぇ!でも…すごくお似合いだと思うなぁ。」

 ハイボールの入ったグラスを私の前に置いた聖羅が微笑みを向ける。私は赤くなった顔を誤魔化すためにそれをグビグビと喉に流し込んだ。

 恥ずかしくて喉が渇く。すぐにハイボールを飲み干した私はグレープフルーツサワーを頼んだ。

 聖羅がつくったグレープフルーツサワーはグレープフルーツの粒々がたくさん入っていて口に入れると果汁の苦味とアルコールが脳天を貫いた。

 開店時は私しか客がいなかった店は十九時を過ぎると複数の客たちが来店して繁盛してきた。最初は私と談笑していた聖羅も今は忙しそうに動き回っている。

 聖羅は時折、危なっかしい動きを見せるけど以前に比べて速く動けるようになっていて皿も割らなくなっていた。私は彼女の成長に感動しながら、その姿を酒の(さかな)に四杯目のハイボールを胃袋に流し込んだ。

 ようやく客足が途絶えたのは二十二時前のことだった。

 アルコールで顔が赤くなった私の前にマスターが私と聖羅二人分の賄いを用意してくれた。

 「結衣ちゃん、今更だけど空きっ腹にアルコールは良くないんだ。だからこれでも食べて腹を満たしな!」

 そう言って焼き鳥丼と鶏団子と白菜が入ったスープをテーブルに置いてくれた。

 すでに五杯目のハイボールに差し掛かっていた私は、本当に今更だなぁ…と思いながらもマスターがつくってくれた料理を聖羅と肩を並べて口に運んだ。

 生姜入りのスープが体に染み渡って、ゆっくりと全身を温めていく。焼き鳥丼はボリューミーで甘辛いタレが鶏肉によく絡んでいた。

 賄いを食べ終えると私の体は満腹感と酔いで猛烈な眠気に襲われた。

 私は元来、酒の強い女だ。いつもならこんな程度では酔わないのに今日は疲れが溜まっていたのか酔いがまわって、とてつもなく眠い。揺れる体をなんとか起こしながら重くなっていく(まぶた)を必死に何度も(こす)った。しかし、じっとしているせいか意識は睡魔で段々と遠のいていく。

 さらに酔いで目の前の景色がぐるぐると廻って気持ち悪くなり、いつの間にか目を閉じてしまっていた…。


 それから時の流れは一瞬だった。

 意識が戻って瞼を開けると眩しい照明の光が当たって軽く頭痛がした。私の体勢はカウンターテーブルに突っ伏した状態で、起き上がると首が凝り固まっていた。

 背中には薄い茶色のブランケットが掛かっている。きっとママか聖羅のどちらかが掛けてくれたのだろう。

 「あら、起きたのね。」

 背後から声が聞こえて振り向くと帰った客のテーブル席を片付けているママと目が合った。

 「きっと聖羅ちゃんの面倒を見たりで毎日忙しいのよね。あまりにもぐっすり寝ているから、そっとしておいたの。」

 ママの言葉でようやく目が覚めた私は周囲を見渡す。

 テーブル席にはママが一人いて、カウンターの先のキッチンには皿洗いをするマスターだけが立っている。聖羅の姿がどこにも見当たらなかった。

 「ママ…聖羅はどこ…?」

 お盆に重ねた皿とグラスを乗せたママがキッチンの洗い場へと持っていきながら思い出したように口を開く。

 「聖羅ちゃんならおつかいに行ったわよ。ちょうど豆腐を切らしちゃってね…明日でもよかったんだけどまだ営業してるし、もしもこの後にお客さんが来ちゃったら困るだろうからって言っておつかいに行ってくれたの。駅前のコンビニに向かって二十分くらい前に出たかしら…そろそろ帰ってくると思うんだけど。」

 ママの言葉を聞いた私は壁に掛かった時計の針を見る。時刻は午後23時45分だった。日付が変わるまで残り十五分…。

 「……ちょっとだけ様子見てくる‼︎」

 アルコールのまわった体を無理やり起こしてスマホを握り締めた私は店を出て夜道を走り出す。

 聖羅が向かったというコンビニの方向へと走りながら脳内では何事もなくコンビニ袋を下げた彼女と遭遇する様子を想像した。

 (あれ?結衣ちゃん、どうしたの⁇)

 そう言って豆腐が入った袋を持って歩く彼女と向かい合うことを願いながら走り続けた。

 しかし前へ進んでも進んでも聖羅の姿はどこにもなく、私の体はコンビニの前へと辿り着いてしまった…。

 ガラス越しに映る店内は閑散としていて人の気配が感じられない。

 息を切らしながら立ち止まる私はハッとしてスマホ画面から聖羅の位置を確認する。

 「え…なんで…⁇」

 ピンが立ったその位置に思わず声が漏れた。

 戸惑いながらコンビニに背を向けて足早に自分の勤める会社へと向かう。

 いつも通っている会社から道路を挟んだ向かいにある五階建ての廃墟ビル。その屋上に聖羅の位置を示すピンが立っていた。

 どうして…本当にここにいるの?

 屋上に行くには立ち入り禁止のチェーンが掛けられた非常階段を上る必要がある。

 道路を渡って恐る恐る近づくとビルの横に剥き出しになった非常階段を眺めた。心もとないポール二本を茶色く()びれた太いチェーンが緩やかなカーブを描いて精一杯その先を(さまた)げようとしている。その横には立ち入り禁止と書かれた黄色い看板が立て掛けられている。

 入るなと言われている場所に入ったことなど今までの人生で一度たりともない私はその容易に乗り越えられるチェーンを乗り越えることに抵抗を覚えた。でも、このチェーンを乗り越えないと聖羅に二度と会えなくなる…

 意を決してチェーンを乗り越えると非常階段を上っていく。古く錆びれた鉄骨の階段をスニーカーで進んでいくと足音と連動してハイヒールの音が耳の奥から聞こえてくる。

 屋上までの距離を息を切らしながら上っていく私の吐息も連動されて聞こえてきた。

 上るたびに重くなっていく足に額から掻いた汗、息切れと手摺りへ(すが)りつく自分の手元…何故だろうか、全てが初めてのこととは思えないような感覚だ。

 しんどい…疲れた……

 非常階段を上りながらそう思ったことすら既視感を覚えた。

 全ては思い出せない。だけど私は過去にもこの非常階段を上っているのだと気がついた。

 この非常階段を上って、それから私は…一体なにをした?

 階段を上り切ると広々とした殺風景な景色が目の前に広がる。その先で白く光って見える女性が背を向けて立っていた。

 息を切らした私はその後ろ姿に向かって口を開く。

 「…聖羅、そこで何をしているの?」

 名前を呼ぶと彼女はゆっくりと振り向いて微笑んだ。

 栗色の髪に茶色い瞳、美しい輪郭…位置情報は嘘をつくことなく正真正銘の聖羅がいる場所へと導いた。

 私は彼女にゆっくりと近づきながら手を差し出した。

 「一緒に帰ろう?」

 息を落ち着かせて言ったが声は震えていた。聖羅はそんな私に首を横に振る。

 「どうして?ダメだよ、聖羅…そんなところにいたらまた…」

 そこから先の言葉が詰まって出てこなかった。

 また私は聖羅を失ってしまうのか。同じ過ちを繰り返すのか…。

 「結衣ちゃんは私と出会ったことを後悔しているんだ。」

 唐突に聖羅が口を開く。表情は変わらず笑みを浮かべていた。

 「聖羅、本当は全部、覚えていたんだね…。」

 「うん、覚えてた。結衣ちゃんが私にしたこと全部わかっていた。」

 「…どうやって(つぐな)えばいい?」

 「償う?」

 贖罪(しょくざい)を求める私に聖羅が冷笑しているように見えた。



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