計画的な花火
「結衣ちゃん、見て!お店がいっぱい‼︎」
河川敷に並ぶ出店を指して聖羅が目を輝かせる。
私が静かに頷くと聖羅は嬉しそうに私の腕を引っ張って出店を物色し始めた。
人ごみの中を聖羅に手を引かれて歩く。その様子を見守るように啓太くんが静かについてきた。
「りんご飴だ!りんご飴がある!あっ、あっちはカキ氷だ!たこ焼き!わたあめ‼︎結衣ちゃん、どうしよう…全部欲しい‼︎」
想像以上にはしゃぐ聖羅に戸惑いながらもお腹が空いているのだろうと思って欲しいものを順番に買ってあげることにした。
啓太くんはカキ氷の列に並び、私と聖羅はりんご飴の列に並んだ。りんご飴の列は前に四組ほどの客が並んでいた。的屋の人が慣れた手つきでお金を受け取ってりんご飴を渡す。
私は財布から小銭を出して聖羅と順番が来るのを待った。その前には若いカップルが手を繋ぎながら待っていた。
高校生くらいだろうか。男の子の方は紺色のストライプが入った浴衣を着ていて女の子の方は水色の花柄の浴衣だ。頭はお団子ヘアにして青い花の髪飾りをつけている。
手を繋ぎながら女の子の方が時折、男の子に顔を寄せて話しかけていた。私はその様子をボーっと眺めていた。
女の子の方がりんご飴を受け取った時、横顔がハッキリと見えた。その瞬間、声を上げそうになった。
「由紀ちゃん‼︎」
私の隣で聖羅が声を上げる。その瞬間、男女の背中がこちらを向いて目と目が合った。
りんご飴を持った由紀ちゃんが私達の顔を見て声を出す。
「うそっ!まさかこんなところで会うなんて‼︎」
驚く由紀ちゃんは急にハッとした顔をして私達のそばへと寄ってきた。そして内緒話をするように片手を添えて私達に、「ここで会ったことはお父さんとお兄ちゃんには内緒ね。」と囁いた。
私は来る前に見たマスターの腑に落ちない顔を思い出しながら微笑み、頷いた。
「聖羅も秘密、守れるよね?」
私が尋ねると聖羅は自信満々に頷く。
「うん!大丈夫‼︎聖羅ね、こういう秘密を守るの得意なの。任せて‼︎」
聖羅の言葉に由紀ちゃんが安堵の笑みを浮かべる。
由紀ちゃんは私達に手を振ると再び男の子の手を握って人ごみの中へと消えていった。
「啓太く〜ん‼︎」
カキ氷を持って私達が来るのを待つ啓太くんに聖羅が名前を叫ぶ。
啓太くんはブルーハワイのシロップがかかったカキ氷を持っていて、その色は由紀ちゃんの着ていた浴衣に似ていた。
「りんご飴、結構並んでたんですね。」
何も知らない啓太くんが口を開く。
「まぁね…」
私は聖羅が由紀ちゃんに会ったことをうっかり言ってしまうのではないかと内心ヒヤヒヤしながら言葉を濁したが、聖羅は何も言わずにまるで何事もなかったかのようにカキ氷を受け取って食べ始めた。
「結衣ちゃん、啓太くん、次は焼きそばだよ!」
ストローで作られたスプーンでカキ氷をシャクシャクと音を立てながら崩す聖羅が淡々と焼きそばの方へと歩いていく。
聖羅の欲しいものを一通り買うと私達は河川敷の斜面に小さなレジャーシートを敷いて座った。しかしレジャーシートが小さ過ぎた為、啓太くんが座るスペースが空いてなくて彼は立った状態のまま花火が打ち上がるのを待っていた。
「啓太くん、私の代わりに座る?」
一人だけ立つ啓太くんに遠慮がちに尋ねたが彼は首を横に振って穏やかな笑みを浮かべた。彼の手には聖羅が食べる予定のりんご飴を持たせている。私の手にはわたあめがあり、レジャーシートには食べかけのカキ氷とベビーカステラが置かれていた。その側でご機嫌な聖羅が体育座りで焼きそばを食べている。
辺りは花火を待つ人々で埋め尽くされていて、まるでプランクトンのようだ。私達のようにレジャーシートを敷いて座っている人もいれば、後ろには座りきれなかった人々が立ちながら一緒にいる人同士、取り留めない話をしていた。
すると前にいる人が、あっと声を漏らして空を指す。それにつられて私達も空の方に目をやる。
空には小さな光の一筋が天高く上り、一瞬、姿を消すと、大きな音を立てながら円状に無数の筋を開いた。強く発光する筋たちが落ちていく瞬間を見届けると、まるでクラッカーを正面から浴びたような感覚になった。
落ちていく花火は夜空に浮かぶ星のように一筋一筋がキラキラと輝いて死んでいく。そのあとを追うようにすぐに新たな一筋が空高く上っていく。
華やかでいて最期は静かに消える花火に目を奪われた。
花火ってこんなに綺麗だったんだ…
私の人生は例えるのなら光らない線香花火だ。そんな人間にも花火は一瞬の輝きを何度も見せる。
私は初めて人々が花火を求める真理を理解した気がした。
「聖羅、お腹痛いからトイレ行ってくる!啓太くん、代わりにここで座ってて!」
花火に目を奪われていると唐突に聖羅が空っぽになった焼きそばのパックを置いて立ち上がった。
「待って!一人で行ったらはぐれちゃうから…」
私も慌てて立ち上がろうとしたが聖羅がそれを制止する。
「大丈夫、結衣ちゃんはここにいて!何かあったら電話するから…ね?」
聖羅が絶対的な眼差しで私を見つめる。
私の心は大きく揺れたが啓太くんの方を見ると目と目が合ってまるで私を諭すように頷いてみせたため私もつられて、そうね…と言って腰を下ろした。
聖羅がそのまま私達から離れていくと啓太くんが食べ物だけ置かれた私の隣にさりげなく座った。
すぐそばで啓太くんの気配を感じる。
いつもならばその近くに聖羅や彼の家族が存在するが、今この瞬間は二人きりだ。
肌と肌が触れているわけでもないのに私はまるで学生のように緊張していて彼と目を合わせられなかった。視線はずっと空を向いて彼の顔を直視しないように誤魔化す。
何か話そうかと考えても上手く頭が回らなくてどうすることもできない。
「綺麗だね。」
花火の音の中で啓太くんの声が私の耳を撫でる。
「…うん。」
私は気の利いた言葉も浮かばずにロボットみたいな返事をした。
「結衣さんは今までもこうやって浴衣を着て花火大会とかに参加したことあるの?」
「…ううん。浴衣なんて今まで着たことないし花火大会も最後に行ったのは記憶にないくらい。」
「そうなんだ…じゃあ、初めてなんだ。」
「うん…」
私達の会話はわずかに往復しただけですぐに途切れた。
二人の気まずい沈黙を掻き消すように花火の音がドンッドンッと絶え間なく鳴る。
「…聖羅、ちゃんとトイレに行けてるのかな。」
私が沈黙を破ると俯いていた啓太くんが私の顔を見上げた。
「…あぁ、どうだろう。」
思い出したように啓太くんが返す。まるで聖羅の存在を忘れていたかのようだ。
「私、心配だから様子見てくる!」
啓太くんといると恥ずかしさでいたたまれない私は聖羅を探すことを逃げる手段にして立ち上がろうとした。すると私の腕を啓太くんが掴んで引き留めた。
「待って!伝えたいことがある。」
掴まれた腕から啓太くんの熱を感じる。それが私にまで伝染して顔が赤くなっていくのが自分でもわかった。
「…それって今じゃないとダメなの?」
私はわずかに期待していて、それと同時に不安が襲う。
「うん、今じゃないとダメ。その為に聖羅さんはここを離れたんだから。」
「…どういうこと?」
啓太くんは私の腕を掴んだまま短い深呼吸をする。俯いて息を吸って吐くと気合を入れたように顔を上げた。
「好きなんです…結衣さんのことが。」
啓太くんと目が合った瞬間、夜空に大きな花火が打ち上がった。それと同時に私の心拍数が今までにないくらいに跳ね上がる。啓太くんの声はいつもよりも震えていた。
「結衣さんは僕のことをなんとも思ってないかもしれないけど…これから僕のこともそういう対象として見てください。」
最悪で最高の瞬間。私は啓太くんのことが好きだ。
今まで啓太くんの心には私なんて映っていないと思っていたから気持ちに蓋をして誤魔化してきた。
でも啓太くんに告白されて誤魔化していた気持ちが溢れ出す。
啓太くんを好きだと気づいたのは聖羅が切っ掛けだ。聖羅がいなければ私は自分が啓太くんを恋愛対象として見ていることに気が付かなかっただろう。
聖羅に嫉妬して初めて彼に恋焦がれた。私は聖羅によって自分の気持ちを気付かされたのだ。
私達のそばには夜空を彩り、一瞬で消える花火たちが映る。
そして啓太くんを見つめながら、ふと私の頭の中に浴衣姿の聖羅が浮かんだ。
「ねぇ、啓太くん…聖羅はどこ?」
急に不安になって尋ねると啓太くんは首を傾げた。
「わかりません。…そういえば先週だったかな。聖羅さんが結衣さんをよろしくって言っていました。」
彼の言葉に私は血の気が引いていく。
持っていたわたあめを地面に落として啓太くんの腕を振り払うとスマホを開いてGPSで聖羅の居場所を確認した。
青いピンが200メートル先で止まっている。
私は慌てて草履を履いて人混みを掻き分けながら聖羅の元へと走った。
「結衣さん!」
背後から啓太くんの叫ぶ声が聞こえる。




