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帰路


新入生が入学初日に3年生の教室に行くのは、普通怖いものだろう。しかし僕はそんな畏怖など少しも感じてはいない。むしろ喜びしか感じていない僕はやはりおかしいのだろうか。

ーガラガラー

僕は喜びに溢れながら「3年1組」と書かれた教室のドアを開けた。

「失礼します」

礼儀的に、誰も聞いていないだろう挨拶をして教室に入ると目当ての人を見つけた僕は、迷わず足を進めていく。「え、あのタイ1年生じゃない?」「なんで3年の教室にいるんだろう?」なんて声は聞こえない。

「ここ3年生の教室だけど、君1年生だろ?迷子か?」

1人の男子生徒に声を掛けられ、僕は足を止めざるおえなくなった。さすがに桜の教室で先輩を無視はできない。

「いえ、姉を迎えに来ただけです。お気遣いありがとうございます。」

僕はそう言って彼に笑顔を向けて、さっき見つけた想い人へ足を進めていく。

「桜」

桜は何人かと話をしていた。その中には男も混ざっていて、何気なく同じ教室で桜と話すことのできる、桜の恋愛対象に入ることができるかもしれないそいつらに、酷く嫉妬した。僕はそれを必死に隠す。決して桜に悟られないように。

「悠斗!?もしかして、迎えに来てくれたの?待っていてくれたら、私が迎えに行ったのに…3年の教室にくるの怖かったでしょ?」

桜は「よしよし」と僕の頭を撫でた。桜はよく僕の頭を撫でる。弟の頭を撫でる。同級生の男にそんなことをしている所は見たことがないから、多分これは僕だけの特権だ。弟の特権だ。なんて皮肉なんだろう。でも僕は単純だから、桜に対してだけは酷く単純だから、桜に頭を撫でられただけで、さっきの酷い嫉妬なんて、もう消えてしまった。

「今日は疲れたから、早く帰りたくて待てなかったんだ。ごめんね、教室まで来て。迷惑だった?」

僕は次に来る言葉は分かっている。わかっていながらわざとこんなことを言う。

「迷惑なわけないでしょ。迎えに来てくれてありがと。帰ろっか。準備するから、悠斗ちょっと待っててね」

桜はそう言って荷物をまとめ始めた。優しい桜が僕に「迷惑」なんて言う筈はない。絶対ないと言っていい。それをわかっているのに「迷惑だった?」なんて言う僕は、間違っても性格が良いとは言えないだろう。

そんなことを思っているうちに桜の準備は終わったらしく、「みんな、バイバーイ!行こ、悠斗」と言って、気づけば桜は僕の手をとって、教室を出ようとしていた。

「うん」

僕はそれについて行く。教室を出る前にきちんと「失礼しました」なんていう礼儀的な挨拶をして、僕達は教室を出た。それを聞いた桜は「悠斗は偉いね」なんて褒めてくれるから僕は「優等生」をやめられない。



今日の学校はお昼までだったから、春の舞い散る桜が太陽の光に重なって眩しかった。

「桜、綺麗だね」

何となく、思ったことを言ってみた。決して深い意味はなくて、ただ目に入った情景を言葉にしただけだった。隣からワンテンポ遅れて「そうだね」と声が聞こえた。僕は木から落ちてくる桜の花びらを見上げてその眩しさに目を細めることに精一杯で、桜の顔は見えなかった。それは、桜と話す時は必ず顔を見ながら、目を合わせながら話す僕にとって、珍しい瞬間だった。

僕の手から桜の手が離れた。今まで感じていた温もりがすり抜けたことで、僕は隣を見た。そこに桜はいなくて、彼女は僕の目の前に移動していた。桜が、どこか遠くに行ってしまうような、そんな不安な気持ちに駆られた僕は手を伸ばそうとした。もう一度彼女と手を繋ぎたかった。彼女を繋ぎ止めたかった。この場所に。僕の側に。でも結局、僕は手を伸ばせなかった。僕には勇気がなかった。彼女に手を振り払われたら、きっと僕は生きていけないから。

「せっかくだから、ご飯食べて帰らない?」

「そうだね」







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