入学式
「悠斗、入学おめでとう!悠斗ももう高校生か、んー、感慨深いなぁ」
目の前にいる僕の想い人はそう言って僕に抱きついて、愛らしい笑みを見せてくる。その挙動一つ一つが僕の恋情を駆りたてて、同時に絶望させているとも知らずに。
「なんで桜がそんなに喜んでるんだよ。2歳しか変わらないんだから、そんな感慨深いなんてことないでしょ」
「そんなことないよ!昔はあんなに小さかったのに、こんなに大きくなるなんて…。それに!お姉ちゃんって呼んでてって言ってるでしょ!もう、私のかわいい悠斗はどこに行ったのかしら」
「もうそんな歳じゃないよ」
桜は僕に「お姉ちゃん」と呼んで欲しいらしい。桜の願いは全て叶えてあげたい。それがどんな願いでも。でも、それでも、この願いごとは聞けないのだ。桜を「お姉ちゃん」と呼ぶことが恥ずかしい訳ではない。いやまぁ、全く恥ずかしくないといえば嘘になるのだが、別に「お姉ちゃん」じゃなくても「姉貴」とか「姉ちゃん」とかいろいろ呼び方はあるものだ。きっと世の中の大半の姉弟はそんな風に呼びあっているのだろう。でも、「お姉ちゃん」と呼ぶことが僕の愛する桜の願いでも、これだけは譲れないのだ。だって、桜を「桜」と呼ぶのは、僕の唯一の姉弟という関係に対しての抵抗であり、悪足掻きだ。
「よー、高井。お前何組だった?」
少し遠くの方から聞こえてきたその声は僕の知っている声で、僕にこんな風に大声で話しかけてくるのは、知る限り1人しかいないし、いて欲しくもない。
「前原。そんな声あげなくても聞こえてる。僕は2組だったよ。」
幼なじみかつ腐れ縁のこいつは少しばかり、いやだいぶうるさい。
「俺も2組!同じクラスだな!」
「はぁ…またお前と一緒かよ…」
満面の笑みを見せる前原に僕はわざとらしくため息をついた。
「悠斗!前原くんにお前、なんて言わないの!」
そんな桜の声は聞こえていない振りをする。桜は僕をいつまで子供と思っているのだろう。少なくとも僕が前原に対して使う「お前」はただの二人称に過ぎないのに。
「高井、姉ちゃんに怒られてやんの。俺にそんな態度とるからだよ!」
僕と幼なじみの前原は必然的に桜とも親しいのだ。だから、僕と桜が姉弟なことも知っている。僕が桜を好きなことも知っている。しかし、前原にとって僕の桜に対する感情はシスコンという域からは出ない。だからこいつも、僕の恋情は知らない。
僕は腕時計を見た。もうすぐ集合時間だ。もう少し桜と居たかったけれど、もう行かなければならない。
「あ、ごめん、僕もうすぐ時間だから」
「そっか、新入生代表!ごめんね、引き止めちゃって。頑張ってね、ちゃんと見てるから」
「うん」
桜にそんな顔で見送られてしまっては、かったるい挨拶も頑張らざるを得なくなってしまった。
「俺も見てるからな!優等生!」
相も変わらずうるさい声を出すそいつを僕は睨みつけた。桜の声で行きたかったのに。僕は好きな物は最後に食べる派なのに、好物の後に油物を食べた気分だ。それに、「優等生」なんて言葉が僕に対して皮肉だということをこいつが1番分かっているはずなのに。本当にうざったい。
「お前は見てなくていい」
そんな捨て台詞を吐いて、僕は集合場所へと向かった。