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黒羽根導くその未来  作者: 霜山美月
第1話 望まずして手に入れたもの
8/24

手に取る勇気

リアル多忙だったりメンタル死んだりしてたら4か月弱執筆できていませんでした

そして後で区切って投稿することを考えていないので区切りが悪い

 外には出てみたものの、当然近くにエアストの姿は見当たらない。それもそのはず、彼女がここを去ってから短く見積っても十分は経っている。

 最悪のケースを想定までしていながら後を追う方法までは考えていなかった自分の浅はかさに失望していると、アパートの敷地の入口辺りに、歩道に散らばった砂利を掃いている高年の女性を見つけた。

 現場の聞き込み調査ほど手掛かりになるものはない。俺はその女性のもとへ向かい、気配を察して視線を受けると軽く会釈した。


「すみません、ここに住んでいる高校生くらいの女の子なんですけど、十分くらい前に見ませんでしたか?」

「女の子? ああ、あのいつも挨拶してくれる可愛らしい子ね。白衣の男の人といるのは見たけれど……お友達かい?」


 訊き方によっては不審者にもなり得るところだが、この女性は俺がエアストの家から現れたことに気付いているはず。人畜無害な友人のふりをして、適当に話を合わせることにする。

 不器用そうではあるものの、人のいいエアストがご近所さんと上手くやれているのは容易に想像がつく。しかし、気にかかった点はそちらではない。


「はい、そんな感じです。どこへ行ったかはわかりますか?」

「ふたりからは訊いてないの?」

「用事があって後で追いかけるからって先に行かせたのはいいんですが、場所を訊き損ねちゃいまして」


 この数日間に出会った人物の中に、外を白衣で出歩くような変人はいなかった。一般的に白衣というと、医療関係者や科学者の仕事着というイメージが強い。他、身近なところでは理系教師だろうか。うちの高校では、理科ではなく数学の担当教員が白衣を愛着していた。チョークは粉が舞う上に取れにくいものもあるから、服が汚れないようにするために羽織っているだとか聞いたことがある。

 それは仕事上避けられないことだから活用しているのであって、何もお洒落着として白衣を好んでいるわけじゃない。ましてやこの住宅街にまで目立つ白衣姿で現れる人間だ。感性は人それぞれであると批判を受ける覚悟で言わせてもらうが、それにしても只者だとは思えないのが率直な感想である。


「でも、お友達なら直接訊けばいいんじゃない。ほら、今若い子たちみんなしてるでしょ、『らいん』とかっていうやつ」


 そんなことを考えながらも作り笑いを浮かべて談笑を試みていると、真っ当な正論を返される。一歩間違えれば不審者だと勘違いされかねない見かけと話題の切り出し方をしていることを思い出し、一旦フードを脱いでから、ポケットからスマホを取り出す。俺はそれを、横の電源ボタンを押しながら顔の前で振って見せびらかした。


「……えーと、今スマホの充電切れちゃってて、急いでるから充電する時間もなくて。ほんと急いでるんで、どこ行ったか知りませんか」

「災難ねぇ。あの子たちは、そうねぇ……。確か、駅の方に行くとは聞こえちゃったけど。ところでボク可愛い顔してるじゃない、お名前は?」

「ありがとうございます! ではまた!」


 それだけ聞ければ十分だと告げるまでもなくその場から駆け出す。遠ざかる彼女の声を背にフードを深く被り直し、交差点を曲がったあたりでスマホの電源ボタンを()()()して起動した。嘘も方便だ、実のところ肝心な時に使えなくなってしまわないよう電源を落としておいただけで、充電は僅かながら残っている。

 俺は真っ先に地図アプリを起動し、最寄りの駅までの経路を表示した。自宅の周辺ですら迷いかねない俺が、他人の家から駅まで自力で歩けるはずがない。もしこのスマホがもう少し古く、バッテリーが劣化していたら、今日この時点でお手上げになっていたことだろう。


 駅までにかかったのは十分足らずといったくらいだった。ゆっくり歩いていれば十五分はかかりそうな距離だ。次の便までの待機時間を加味してまだエアストがいることを祈り、入口を潜った。

 当然、駅周辺に来た辺りから人通りは何倍にも増えているが、ここで陰キャ特有の人を避けて歩くスキルが遺憾なく発揮される。更に人混みに溶け込みやすい特性までが掛け合わせられ、向こうに気付かれるリスクまで低いと来ている。

 対する相手はあまりに目立ちやすい白衣姿と、絶好の尾行条件を引っ提げた俺は、バッテリー残量がとっくに一桁台を突破しているスマホの電子マネーで改札を抜け、今まさにホームを見渡そうとしたタイミングで、停車していた車両のドアが開かれた。


 ――いた。

 これ以上ないほどにわかりやすく、エアストが白衣の男に続いて乗り込んでいくのが見えた。ファミレスで待ち時間の暇潰し用に置いてある間違い探しも、これくらい見つけやすければと愚痴を垂れる。

 気を引き締め、急いで隣の車両へ詰め込まれていく人たちの後ろについた。相手の素性もわからないのだ、人の多い駅内で騒ぎを起こすなどあってはならない。ここは大人しく機会を窺おうと、デッキのドア横から隣の号車の車内を横目で見た。それなりに混んでこそいるが、日本の風物詩たる通勤ラッシュほどじゃない。ここからでも、ふたりが吊革に捕まっているのは無事確認できた。


 アナウンスとともに発車すると、景色が高速で流れ始める。俺は遠い目でそれを眺めるふりをしつつ、停車の度に入れ替わる乗客の中にエアストが紛れていないか注意を向ける。エアストというよりは、白衣の男の方が目印として優秀すぎることに感謝しなければならない。


 一駅目、乗ったまま通過。

 二駅目、降りる様子なし。

 三駅目、移動したのは他の乗客に押されたためでやはり降りることはない。


 数えるのも面倒になってきてしばらくした頃、停車してようやくあちらの動きに変化があった。俺も俺で人波を縫って外へ出るのに苦労しつつ、流れからはぐれて手頃な柱に隠れる。やや不審と見て取れなくもない行動だが、今見つかってしまえばせっかく気合いの入れた尾行も台無しだ。

 行くところまで追い詰めて、いざとなったらこいつで対抗する。自分に扱える自信や覚悟はないとしても、そうせざるを得ない時が来るかもしれないと身構えておいた方が気は楽なものである。この数日間で幾度となく予想だにしなかった選択肢に行き着いてしまっている事実に自嘲しながら、隣駅の案内に目をやった。


「船橋駅……?」


 千葉県船橋市。東京から三十分圏内と近く、都民、千葉県民どちらにとっても遊び場として人気のある、都市と自然が融合した町だ。

 有名なところでは自然の風景が楽しめるふなばしアンデルセン公園、超大型ショッピングモールのららぽーとなんかは聞いたことがある。あとは、かの有名な梨の妖精もこの町のマスコットキャラクターらしい。


 ……と、俺が持ち合わせている船橋市の知識はこれくらいだ。何しろ俺の出身は千葉じゃない。見知った町から一歩外へ踏み出せばスマホなしでは歩けない。何なら今の今まで乗っていたのがどの鉄道路線なのかもわかっていない。エアストを連れ帰ってナビゲートしてもらうこと前提の見切り発車だった。


 柱の陰から細心の注意を払ってこっそり覗いた先には、白衣の男の数歩後ろをエアストが追って歩いている。歩調こそゆったりしているものの、とても仲良く談笑しているような雰囲気ではない。

 怪しさ満点の二人をつける怪しさ満点のフード男が、近すぎず遠すぎずの適切な距離を距離感を心がけて次の陰に移動しようとした時――、


「ぎゃん!」

「――っ!?」


 突如、柱の死角から音も気配もなく飛び出してきた人影と接触する。こちらは肩をぶつけられた程度で大事ないが、相手はというと、口の開いたショルダーバッグの中身を盛大にぶちまけてしまっていた。


「す、すみません」

「ごめんなさい! 私急いでて、怪我とかありませんか!?」

「あ、いや、俺は別に……」


 交通ルールに喩えると前方不注意で俺に過失割合が傾くであろうところ、駅内で走っていたことに非を感じているのかその人物は早口でまくしたてるように言う。でも、それより目が向いてしまうのは地に散らばってしまった持ち物たちの方だった。

 ()()()()()()()()()()()()()が、当事者の俺が特別注目を浴びてしまうといたたまれなくなるのでありがたい。俺は急いで財布、ポケットティッシュ、絆創膏の箱、折り畳み傘、手鏡、メイク道具……? 等々その他諸々をショルダーバッグに詰め直して差し出した。勝手に女性のものを触るのは如何なのかと立ち上がってから気付きつつ。


「本当すみません、なんか壊れてたら弁償しますんで……」


 捻り出した言葉に謝る気はあるのかと自問しながら彼女の顔を見ると――、うちのエアストに負けずとも劣らない美少女がそこにいた。

 夜空を思わせる紺色のぱっつん前髪に分け目を付ける黄色のヘアピン、ゆるくウェーブのかけられた後ろ髪。活発さを醸し出す明るい茶色の瞳は、より丸くなってこちらを見つめていた。

 エアストが流行に左右されない正統派の美少女と呼べるのに対して、こちらは今時の女子高生らしい美少女といった印象だ。


「……どうかしました?」


 差し出したバッグを受け取ろうともせずに呆然としている少女に一声問いかけると、彼女は呼吸すら忘れていたかのようにはっとした後、奪い取るようにして肩にかけ直し、大袈裟にぺこりと一礼した。


「ありがとうございます! 失礼しますっ」

「あ、はい」


 慌ただしく走り去っていった少女を見送り、襟足を掻く。急いでいるところを邪魔してしまったのなら申し訳ない。心の中から届かぬ謝罪をしつつ、改めて前へ向き直った。


「……急ぐべきなのは俺もか」


 ちょうどこの瞬間に、離れた曲がり角の陰へ白衣が靡きながら消えていくのが目に入る。俺は改札を通過し、役目を終えて満足そうに充電切れを迎えたスマホをポケットにしまうと、通行人にぶつからないようできる限りの早歩きで後を追った。




「……ここか」


 目の前には、五階建ての古びたビルが聳え立っている。あれからしばらく歩き、駅周辺の賑わいからは離れた場所だ。それにしても、このビルは窓から明かりの漏れている場所が一部屋しかなく、剥げた壁の塗装や人気のない路地裏という立地も相まってなかなか不気味だった。

 今はゴールデンウィーク真っ只中なのだから、休業中で人がいないだけなのかもしれない。どちらにせよ、標的を部外者の邪魔なく追い詰められるのであれば好都合だ。見慣れない建物に入って失敗したつい最近の記憶の二の舞を演じることになるのではと怯えながら、慎重に正面入口のドアを押した。


 中に入るもやはり人影はない。監視カメラがある様子もない。会社が使用しているのなら何かしら警備体制があるものと考えていたが、予想に反して窓口すら閉止されていた。

 エレベーターを通り抜けて奥へ進むと曲がり角の先に階段があり、手前には辛うじてセキュリティに関する電子機器が設置されていた。カードを翳してオフィスのセキュリティシステムをON/OFFするタイプらしく、見たところによれば緑のランプが解除中、赤のランプが動作中だ。数分前に明かりがついたオフィスを示すであろう番号以外すべてのランプが赤く点灯しており、それらすべてに借用している会社名の表記がなかったのは不思議としか言いようがなかった。


 ……つまり、あの男はこの廃墟のようなビルを仲間内で占領し、この『研究室』とだけ書かれたふざけたオフィスに閉じこもっているということになる。一体どんな研究をしているのか、エアストをどう利用しようとしているのかはわからないが、どの道彼女を早く連れ出さなければならないことは言うまでもない。


 癖になってんだ、音を殺して歩くのってくらいには音を出さずに階段を昇ることには慣れている。中学の部活で、冬に毎日一階から三階までぐるっとランニングしていた時についた癖だ。

 抜き足差し足忍び足、向かい合うは四階の三番目の扉。いつか刑事ドラマで見たように扉の横の壁を背にして、コートの内ポケットに手を突っ込んだ。

 息を殺してしばし瞑目し、右手に握るそれをそっと引き抜く。最初に見たあの日に一度興味本位で調べたが、やはり特徴は一致する。


 世界的に有名な自動拳銃――ベレッタ92F。愛読しているラノベ以外にもありとあらゆる作品によく登場する、イタリア産の人気のハンドガンだ。

 何故エアストがこいつをコートのポケットの中に隠し持っていたのかはわからないし知りたくもない。それでも、利用できるものは利用すべきである。

 銃社会のアメリカだって、銃は人の命を守るためにある。なら、俺も恩人を救うために、それに従うまでだ。


 昔、映画で見たような構え方をイメージして、それから鉄扉のドアノブを回し――、


「――動くな」


 左脚に体重を乗せて押し開くと同時に、前方へ両手でベレッタを構える。

 オフィスの中心のテーブルを挟み込むようにソファがふたつ。奥にも何やら書類がタワーのように積まれた作業デスクが見えるが、注目すべきは下座のソファからこちらを振り返って見ている男だ。


 逆だった銀色のツンツン頭にキリッとつり目気味の淀んだ青い瞳、そして自己主張の強い太めの白縁眼鏡。二十代後半から三十代前半ほどに見える日本人離れした彫りの深い顔と、低いソファから床へ伸びる長い脚。秦野のような悪人顔でこそないが、科学者は無害そうな奴ほど黒い本性を隠しているものと相場が決まっているものだ。

 男は微動だにせず、言葉も発さずにこちらの手元を見つめている。なお、一般男子高校生の俺にこの引き金を引く勇気はない。


 要は駆け引きだ。俺が発砲する気のないことを勘づかれる前に、捕らわれの姫を攫って颯爽と去る。脳内でシミュレーションした通りに銃口の先を定めたまま、オフィス内に何歩か踏み込んだ時。

 この状況をひっくり返したのは、思いもよらない人物の声だった。

書き溜めメモ:50000字以上

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