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黒羽根導くその未来  作者: 霜山美月
第2話
21/24

実績解除:両方の性別を体験する

めちゃくちゃに眠っていたので中途半端な時間に投稿マンです

BF新規に狂喜乱舞しています

 ゴールデンウィークが終わって最初の週の金曜日、午後六時。

 自転車を駐輪場の定位置に押し込んだ俺は、とぼとぼとマンションの階段へ向かっていた。


 俺、黒羽未來、白峰静、そして依頼主の鈴音理愛の四人で開催された密会を終えて解散となると、特に寄り道するわけでもなく各々が帰路についた。

 帰り際、何かあったら連絡できるようにと白峰にせがまれ、仕方なくLINEの友達追加をすることになった。まともに通知の来ない陰キャぼっちの俺のアプリ画面に映る友達数は一桁とかなりリアルな数字を見せつけてきているのに、そのうち二名が得体の知れない組織の兄妹なのだから恐怖でしかない。ふたりとも情報科だからそのうち個人情報とか抜き取られそう、プロフィールいじっとこ、あっもう住所も学歴もバレてるんだったわ。

 その場の流れで未來も友達追加するに至ったが、急に女子の連絡先をふたり分押し付けられるなんて俺に一体どうしろと言うのだ。まあ多分どうもしないのが正解。相手に求められていると勘違いしてどうでもいいメッセージを送り始めたその瞬間が負けだ。ああ、中学時代の黒歴史が蘇る蘇る……。


 雷豪に知られていないことを祈る俺の黒歴史はどうでもいいとして、とにかく、今日の密会について整理しておこう。

 我らが永陵高校の三年生、鈴音理愛の依頼内容はこうだ。

 児童養護施設『暁の杜』から行方不明になった妹を捜して見つけて欲しいと。

 妹の名前は『鈴音芽愛』。高校一年生で、なんとなく予想はついた通り背は一四〇センチほどと極めて低め。

 外見的特徴については、後々セクハラで訴えられそうな単語が聞こえてきたあたりから追い砂糖なしのカフェラテを流し込むことで感覚遮断したため覚えていない。

 あとは顔写真でもあればと軽く検索をかけてみたものの、施設の人間が提出を渋っているのかはたまた本人が写真嫌いだったのか、まだニュースには上がっていないようだった。


 ひとまずはこんなところだ、が――。

 ……どうして俺は真面目に考えてしまっているのだろう。これはアトランティスの任務、白峰の仕事で、俺と未來は彼女が理愛さんとタイマンで話すのにビビっていたから同席しただけ、仕事には関係のない一般人だ。


 人間、こと日本人の社会においては、義務教育までは言われたことをきちんとやれと口を酸っぱくして叩き込まれるのに、いざ大人になると任されたこと以上の成果を出さなければ期待外れとされるのが常らしい。

 教えられていないんだからできないだろうという子供じみた文句も当然聞いてくれるわけがなく、大人は理不尽に耐え忍びながらサービス残業するしかない。

 できれば一生欲しくなかった社畜精神が齢十六にして既に開花し始めている自分に絶望しながら玄関のドアノブを下げ、手前側に引いた。もうこんな時間だ、母親も新聞配達のパートから帰ってきている。


「ただいま」

「おかえり。遊び行ってきたの?」

「あー、まあね」

「今月もうお小遣いないんだから節約しなさいよ。ゴールデンウィーク中、お友達といっぱい遊んだんでしょ?」

「……そうね」

「ま、いいわ。お母さん、ご飯作るね」

「……あい」


 リビングと玄関の中間にあるキッチンから迎えてくれた母親に、俺は霧散していきそうな微妙な返事をした。

 そうだった、ゴールデンウィーク中の騒動を口外するわけにもいかず、初日の嘘を突き通して友達の家に泊まっていたことにしておいたんだった。俺の交友関係に興味を持たれていないことに救われている。

 実際の俺の小遣いは節約しないとまずいどころか早く消費しないと見つかった時がまずいレベルなのだが、その中に口止め料も含まれているので今のような話題は誤魔化すことしかできない。早く引越しの計画を進めなければ。


 自室に戻ってカバンを放り、学生服を脱いでハンガーに掛けてから窓際に干されていたジャージを取って着替える。

 今週の自分は十分頑張った、もうこれ以上の働きは不要だ。授業の課題も出ていないしやるべきことはない。そうして生まれる自由時間にできることはふたつ、睡眠か読書だがもうすぐ夕飯なので取られる選択肢は必然的に後者。

 俺はカバンから図書室で借りたラノベを取り出すと、前の巻のあらすじを思い出しながら読み始めた。あれ、前回どんな終わり方したんだっけ。少し時間が空くと忘れてしまうのも記憶力のなさ故。


 それから一時間ほど後に母親とふたりで夕食をとり、風呂にゆっくり浸かって身体を労る。雷豪が言っていた治癒系超能力者の話は嘘ではなかったようで、ついこの前できたばかりのはずの横腹の銃創は、痕を残さず元通りになりかけていた。まだ触れると少し痛むものの、完治までそうかからないだろう。


 ぬるめのお湯で副交感神経が刺激されたことで、今週の苦労が思い出されたかのように疲労と眠気が押し寄せてくる。ゴールデンウィークに数日寝込んで鈍った肉体を酷使して通学やら新居探しやらしていたのだから、いよいよ限界が訪れるのも仕方がない。

 最後の力を振り絞って中途半端な長さの髪をドライヤーで乾かすと、身体を投げ出すようにしてベッドに倒れ込んだ。

 入浴中は上がったらラノベの続きを読もうとか考えていたはずなのに、他のあらゆる欲を打ち破ってくれるのがこの睡眠欲だ。課題が溜まっていると恨めしく感じることもあるが、今はこの眠気に身を任せたい。大体眠気覚まそうにもコーヒー飲めないし。その点モンエナは神。イベント中いつもお世話になっています。


 午後九時を示したスマホを充電コードに繋いでタオルケットを引っ張り、リモコンで部屋の電気を消してから重い瞼を閉じて深呼吸した。

 そうしてしまえばこちらのもの、夢の世界はすぐそこに。

 ああ、今日はよく眠れそうだ。

 俺はより一層強まっていく眠気の渦に吸い込まれながら、薄らいだ意識をそっと手放した。




 次に意識が浮上した時、カーテンの外は依然として真っ暗だった。

 誰だよく眠れそうとか言ったの。思いっきり真夜中なんですけど。

 中学生の頃に睡眠時間に無理を言わせる生活をし始めて五年目、明確な睡眠力の衰えを感じる。

 ところが、夜中に起こされた理由は他にもあるらしく、我慢できないほどではないけどとりあえず行っておきたいな、くらいの微妙な尿意があった。高齢者の夜間頻尿かな?


 ひとまず今の時刻を確認しようとスマホを手に取ると、画面のデジタル時計が示すのは午前三時ちょうど、大惨事って感じ。睡眠時間を削り始めるきっかけとなった中学のソフトテニス部で、大会の準備を見据えて起床していた時間だ。

 寝起きが悪くエンジンがかかるのに時間を要する俺が、自転車で三十分から一時間かかるテニスコートに朝五時までに着くよう逆算した起床時間に、引退してもうすぐ二年になる今になっても囚われなければいけないのか。苦痛がすぎる。


 いつもの癖でそのままSNSを開こうとしたのだが、スマホの顔認証機能に突っ撥ねられる。

 まあ、暗闇の中ではよくあることだと、深く考えずに顔を照らす画面の明るさを上げて再挑戦したものの、やはり上手くいかずパスワード入力画面に飛ばされてしまった。

 素直に負けを認めて誕生日四桁を入力し、深夜でも元気なツイッターのタイムラインをざっと眺めた後、再度主張してきた尿意のためにやむを得ず足を下ろして立ち上がった、のだが――何かが、おかしい。


 暗さに慣れてきた目は既に、月明かりしか光源のない部屋の中を見回せるようになっている。それは僅かな光を取り零さないように瞳孔が散大しているからで、人間として当たり前の現象だ。逆に光を当てても収縮しなかったら死亡確認とする時に見るアレである。

 ただ――見えている景色が、どういうわけか広く感じる。いや――わかった、視点が低いのだ。鳩尾ほどまでしかないはずの低い本棚が、今は顔にぶつかる高さまである。

 まだ寝惚けているのか、はたまたこれも夢なのか……本棚に伸ばしたその右手さえ一回り小さくなっており、第三の可能性としてアトランティスの誰かが他人を小人化させる超能力者だったのだろうかと疑うほどだった。限定的すぎる、いつ使うんだその能力。


 心の中でくだらないツッコミを入れながら気付く。

 違和感はこれで終わりじゃなかった。

 引っ込めた右手から肘のあたりにかけて、妙な圧迫感を感じる。それでいて指先だけは解放感のあるこれの正体は……指貫グローブ。

 次に、俺はジャージを着て寝床に入ったはずなのに、今見につけているのは身体を締め付けないゆったりした布のような服だった。ワンピース……か? 少なくとも男物でないのは確かだ、俺はいつの間にこんなものを?


 最後に、夢遊病では片付けられない大きな違和感が、頭――より正確に言えば、その両サイドにある。

 試しに頭を揺らしてみれば、それは波を打ちながら視界に映り、またその外へと消えていく。触れてみると、数時間前にドライヤーをかけていたものの数倍は柔らかくさらさらとした感触があり、半信半疑で引っ張ってみれば自分の頭皮に微かな痛みが走った。


 ――意味がわからない。

 ――一体何が起きているんだ……!?


 明かりもつけずに部屋を飛び出して、母親のスリッパに躓きながらリビングを抜けた。

 母親は既に朝刊配達の準備のために家を出ている。故に灯りひとつついていないマンションの一室に足音を響かせ、止まった先は洗面所の前。


 スリッパで躓いた際に壁にぶつけた額の痛みが、これが夢でないことを証明している。

 そんな当たり前のことが、今の俺にとっては何よりも恐ろしかった。


 怖ず怖ずと普段より高い位置にある電気のスイッチを押せば、間もなく昼光色の明かりが部屋を満たした。

 刺さるような眩しさに細めていた目を、慣らしていくように徐々に開いて見てみると。


 正面に設置された洗面所の鏡には、焦りと動揺を隠せない表情の――




 銃で撃たれた後の明晰夢の中で出会った、銀髪の美少女が映っていた。




 前略。

 夜中に目を覚ましたら、この前夢の中に出てきた女の子の姿になっていました。

 草々。

 は?


 あの夢は近い将来この姿になりますよっていう予知夢だったのだろうか。

 滅茶苦茶意味不明理解不能な現象にひとしきり頭を抱えてみれば、数分後にはかえって冷静な思考が戻ってきていた。


 俺は数日前、理屈を証明しようのない超能力をいくつか体験してきた。そのどれもが現実であることを疑いたくもなるもので、超能力とはそれほど奇怪で不可能のない存在だ。

 なら、それらと同じように、これも超能力の影響を受けたものと考えることは容易である。そう判断を下せてしまうほど慣れてしまった自分が怖い。

 ともあれ、そうとわかれば相談先は決まっている。顔認証の機能しなくなったスマホに微々たる苛立ちを感じながらLINEを開くと、数少ない友達一覧の中のひとりをタップし、個人チャット画面へ手早く文章を打ち込んだ。


『夜分遅くにすみません。目が覚めたら女になってたんですが、心当たりありませんか』


 時刻を見ればもう三時半だ。週末とはいえこんな時間に起きているのは社畜かネトゲ廃か飲み騒いでいる大学生くらいだろう、朝まで返信を待つしかない。そうなるとこの姿を母親に見せるわけにはいかないから、どこか身を隠せる場所を探さなければ……と悩み始めたその瞬間に、ピコンと聞き慣れない通知音が鳴った。


『あー、そう来たかー』


 ……起きてんのかよ。いや確かにあの人大学生だったわ。

 アトランティスの情報科所属、雷豪恭介は、回答と呼ぶには曖昧すぎる返信をしてきた。知っているような口ぶりだが、なんだか説明するのも面倒な気持ちが見て取れる。


『何か知ってるんですか』

『会ってから話すよ。今車出すわ、最寄りのコンビニで待っててな』


 間髪入れずに『ヨロシク!』と文字の添えられた柴犬のスタンプが送られてきたのを見て、俺はため息をつきながらLINEの画面を閉じた。

 そのままポケットの中に放り込もうとしたものの、このワンピースにはポケットがついていない。その代わりなのか何なのか、服と一緒でデフォルト装備らしいポーチが腰のベルトについていたので、その中へスマホと財布を一緒に放り込んだ。

 ……やけに重みのあるポーチの底でガチャン、と何かがぶつかり合う音がしたが、俺はそれを見ようとして――見て、見なかったことにした。三、四センチほどの円柱型で片面のみ丸みを帯びている、例えるならそう、銃弾に似た何かが入っているような気がしたが気のせいだろう。誰が何と言おうと気のせいなのである。


 面倒ではあるが、まずは雷豪から事情説明をもらわない限り動けない。このまま放置して月曜日に登校するわけにもいかないので、再度高校生活の危機が訪れてしまったと言える。この前訪れたばっかじゃん、自重してくれ。

 愚痴を零しながら家の鍵を手に取って、俺は玄関へ出た。

 軽く壁に印をつけて測ってみたところ、今の俺の身長は一三五センチ、小学校中学年クラスほどになっていて、普段の靴を履いて歩くのは困難だ。とは申されましても靴なんて千葉へ引っ越してくる際に断捨離の犠牲になったのだから、昔履いていたものが残っているはずもない。

 ……どうやら、靴擦れは覚悟しておいた方が良さそうだ。最寄りのコンビニでいいとのことだから、細心の注意を払って歩くことにしよう。


 いつもの靴に爪先を通したその瞬間、俺は目覚めることになった直接原因を思い出した。

 それはある意味で禁断の扉を開いてしまうのではないかと数秒にわたって逡巡したけれど、人間の思考如きが生理現象に勝てるわけもなく。


 足早に玄関横の扉を開けて一畳の空間に入ると、肌触りのいい上質な生地の布を下ろして腰掛けた。今度は太腿に都合よくポーチの中身のものが収まりそうな不思議な物体の感触があったような気がしたが、これも気のせいだとして。


 神様、どうか何も言わずに頷いてくれ。

 これは俺の身体なんだから、問題ないよな……?

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