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黒羽根導くその未来  作者: 霜山美月
第2話
20/24

MPが不足しています

ついに2014年から練っていた最強のうちの子軍団が登場します――

 超能力。

 それは、科学的に証明のできない超常的な力。


 一般には実在しないと言われ、テレビ番組に出演してもやらせだと切り捨てられる反面、創作の中ではロマン要素として人気のある力。

 俺だってついこの前までは架空の存在だと思っていたそれを日常のワンシーンの中で見せびらかした少女が、目の前で反省の面も見せずに立っている。


 夜空を思わせる紺色のぱっつん前髪に分け目を付ける黄色のヘアピン、ゆるくウェーブのかけられた後ろ髪と活発さを醸し出す明るい茶色の瞳。

 俺たちを追って廊下へ出てきた未來と同じブレザーを着ていながら、胸元に結ばれたリボンの色は赤ではなく青。

 それらが導き出す真実は認めざるを得ないということを決定付けるように、彼女は堂々と胸を張って言明した。


「一年C組、白峰静です。以後よろしくお願いしますね、和希先輩、未來先輩」


 礼儀正しくぺこりと一礼する白峰に対して、俺はどう返答すべきかしばし逡巡する。

 兄の雷豪が大学に通っているのだから、妹の白峰も同じ境遇にあることは大方予想できた。だが、これほど身近にいられると、いよいよ奇跡というか運命というか、決して歓迎すべきことではないにせよそういった類のものを疑ってしまう。

 そんな俺の視線を受けてか、白峰はちっちっと指を振りながら生徒手帳を取り出した。


「あ、疑ってますね? この通り、私は正式に永陵を受験して先月入学しました。例の任務で先輩方と出会っちゃったことの方が偶然です。疑うなら先生方に訊いてくださいよ」

「いや、別に疑ってない。ってか歳下だったのかよ……」

「はい! なので、今後は学校の先輩後輩としても仲良くしていただければなーと!」


 こちらの手を掴んでぶんぶん振ってくる白峰を無視して未來の方を向くと、彼女は初耳だといった様子で瞑目しながら首を横に振った。

 今しがた廊下に出たとはいえ公然の場で任務と発言するのは如何なものか、気配を消せているから大丈夫なのか、いや他者と干渉しているなら連鎖的に気付かれる能力ではなかったか……? と今後絶対に必要とされることのない超能力の特性について考察していると、白峰は俺の手を離して未來の方へ向き直る。


「あと、この前はあまり話せるタイミングがなかったので。……改めて、お二方にはご迷惑おかけしました。特に未來先輩には乱暴しちゃいましたし」

「もう過ぎたことだ。気にしなくていい」

「ありがとうございます。未來先輩はなんかもう見た目からデキるって感じだったので、あの時はちょっとテンション上がっちゃってて……」

「テンションで喧嘩売り込むなよ……不良なの?」


 こいつと初めて会った日の高等すぎる格闘技の手合わせみたいな接戦を思い出す。

 幽霊少女ルアとの戦いっぷりからして未來の身体能力が常軌を逸しているのは言うまでもないが、その前に交戦した白峰も彼女と互角にやり合えていた。今はニーソックスの下に隠されている怪我があったとはいえ、後にルアを追い詰められていることを考えればさほどハンデにもなっていないはずだというのに。

 もう敵ではなくなった以上俺が恐れる必要はないのだが、喧嘩できそうだからというだけで白峰に襲撃される奴のことを思うと気の毒でしかない。いや、さすがに無関係の人間に乱暴な真似はしないか。真相や如何に。


 ともあれ、彼女の謝罪は真意だと受け取っておくことにする。俺が数日眠っていた間に白峰が未來と話す時間は取れたはずなのに、今になってそうするのは多少はやり過ぎた自覚と気まずさが招いた結果なのかもしれないから。

 白峰の心情より俺が今気になっているのは、挨拶と謝罪だけでは終わらせまいとこの場を去らずにいる彼女の目的だ。


「で、何か用」

「あれ、樋野村先生に聞いてませんでした? 先輩方を集めておくようお願いしたんですけど」


 わざとらしく小首を傾げ、顎に人差し指を当てて斜め上に視線を彷徨わせる白峰を見て、俺はまさか、と声を零す。

 今一度、樋野村先生の言葉を思い返す。

 俺を待っている人がいるから図書室に寄っていくといい、と。

 ただ、それだけだったということは、つまり。


「私としても正直ちょっと気は引けるんですが……率直に言いますね」


 あざとい仕草から一転して真剣な面持ちで、白峰は頭を深く下げながら告げた。


「私を、助けてください」




 学生にとっての楽園の開園を告げる金曜日の放課後、見慣れた制服の生徒たちは友人と談笑しながら俺たちを追い越していく。

 人ひとり分の距離を空けているふたりの女子生徒の数歩後ろを自転車を押しながら歩く、今日も今日とて足取りの重い俺。


 この足は既に家と違う方向へ向かっている。今週は疲れたから早く帰って眠りたいと願った矢先にこれだからついていない。俺が学校で手のかからないいい子を演じているのをいいことにハメやがった樋野村先生は末代まで祟ることにしよう。


「で、本当に俺ら必要なの?」

「はい、依頼主がうちの三年生で、学校で何度か見かけたことがあるんですが……なんというかその、怖くて」

「白峰でも怖がるって、やっぱ不良にも序列はあるのな」

「だから私は不良じゃないですって。大体、怖いと言ってもそういう怖いじゃないんですよ」


 興味があるわけでは断じてないが、事前情報がないのもあれなので軽口を叩いてやると、白峰は後ろを振り返りながら口答えしてくる。わかったから前見て歩け、前。

 俺と未來は樋野村先生によって図書室に口寄せされたわけだが、その元凶は何を隠そう白峰だった。

 貸出カウンターにいたのは図書委員のクラスメイトの離席中に代理を頼まれたかららしいが、得意の超能力で気配は消していたし今こうして学校を離れてしまっているし最初からやる気はなかったんじゃなかろうかと勘繰ってしまう。


 白峰が俺たちを呼んだ理由は、次の任務における依頼主との打ち合わせへの招集だった。

 個人の依頼も相手しているのかとかはさておくとして、俺も未來もアトランティスの構成員ではないから極秘情報の扱いの面で問題あるのではと反論したところ、本当に打ち合わせに参加するだけでいいからとゴリ押しされてしまい今に至る。問題解決にはなっていないんだよな……もし問題になったなら物理的に消せるという自信の表れかもしれない。今こそ口の堅さが試される時。最近だとSNSへの情報漏洩がよく話題になっているしな……。


「とにかく、直感でわかるんです。あの人と一対一で話すのは無理だって。明らかにやばいオーラ出てますもん」

「お前、あざといし馴れ馴れしいし自分最強って思ってそうだから誰相手でも無敵に見えるけど」

「先輩、私を何だと思ってるんですか」


 特に気の利いた面白い返しも思いつかない俺が白峰の抗議をガン無視すると、彼女は不服そうに頬を膨らませる。わざとやっているのなら言わずもがなあざといし、素だというのなら天性の才能だ。アイドルでも目指した方がいいのでは?


「っつーかあれじゃないの。雷豪さんとか組織の他の人とか、もっと頼れる人いるでしょ」

「私、こう見えて意外と知り合いいないんですよ。兄さんは同年代の中では優秀なので結構慕われているんですが、私はおまけみたいな扱いでして。なんで兄さんは今も別件で忙しいみたいです」

「ああ、確かに……初めて会った時もチンピラのリーダーみたいな感じはしてたな」

「……とはいえ、何も知らないクラスメイトを巻き込むわけにはいかないですし。うちの事情をある程度知っている先輩方しか頼れないんですよ」


 ようやく前方へ向き直った白峰は、首だけを横へ向けて「ね?」と同意を求めていた。俺たちであれば巻き込んでもいいと認識している点は後で訂正しておく必要がありそうである。

 知っての通り善人代表黒羽未來も可愛い後輩の頼みを断れるわけがなく、白峰と肩を並べて歩いている。

 ふたりとも容姿としてはトップクラスの女子であるわけで、金魚のフンのように彼女らの後ろをキープしている地味系男子代表米石和希は大変居心地が悪い。下校するにしても中途半端な時間だから、まだ周囲に生徒をそれほど見かけないのが不幸中の幸いだ。特に初日から美少女転校生に付き纏うストーカーなんて噂が広まったらなんて考えると気が気でない。


「あ、あそこの喫茶店です。依頼主との待ち合わせ場所」


 白峰の他愛のない話を受け流しすべて未來に処理させながら横断歩道をいくつか渡り終えた時、彼女が前方に見える店を指差した。

 白と緑の二色に彩られた見覚えのある円形のロゴマーク、ってこれスタバじゃん……意識の高いビジネスマンと陽キャJKグループの聖地として有名な喫茶店だ。ちなみにカフェと喫茶店は取得する営業許可の種類によって区別されていて、スタバは喫茶店の枠に入るらしい。この豆知識テストに出ます。


 俺たちはどうやらこの手の店には慣れている様子のキャピキャピJK白峰静を先頭に入店する。伝説上の生き物だと思っていたMacBookを広げるスーツ姿の男性がいるわいるわでまあ恐ろしい。俺は異次元に迷い込んだのではないだろうか。まさかこの人生でこの次元に訪れることになるとは思わなかった。


 依頼主との打ち合わせが目的とはいえ、店に入った以上何も注文しないわけにはいかない。それくらいの常識は併せ持っているので、大人しく白峰に続いてレジに並び、まず彼女の番が訪れるのだが。


「私はー、トールバニラアドショットチョコレートソースエクストラホイップダークモカチップクリームフラペチーノで」


 え? 何? 呪文? 今詠唱した?

 ダークと聞こえたので闇属性説が濃厚。しかし白峰の元に深遠なる闇は現れない。緊急予告の時間見間違えたかな?

 呪文と言えばウィンガーディアム・レヴィオーサ、エクスペクト・パトローナム、アバダケタブラとヤサイマシマシカラメマシアブラスクナメニンニクくらいしか暗記していない。タピオカミルクティーとラーメンはカロリーが同じくらいらしいがタピオカは丸いのでカロリー0、ということは二郎も然り。生憎スタバにはどちらも置いていないようだ。


「先輩方はどうします? 私、出しますよ」

「あ、いや……」


 先程の呪文は精神攻撃系だったのか状態異常:混乱を付与されていた俺は、その一言でようやく我に返る。そもそもどんなメニューを提供しているのかわからないのでメニュー表を覗き見る、が……こういう店って飲み物一杯でこんなにするの?

 ただよく聞く説として喫茶店は一杯の飲み物とともに場所を提供している節もあるから、その点では安上がりともされるらしい。でなければあのビジネスマンもカウンター席に座っていないだろうし。でも情報セキュリティ面の問題で公衆無線LANは使うなとか教育されそうな気がするんだけどなあ……。

 ともかく、一応後輩と呼べる白峰に出させるのは先輩としても男としてもよくない気がする。第一、今の俺には珍しく金があるのだから甘える必要もないのだ。わざわざここで借りを作るメリットがない。


「気持ちはありがたいけど、このくらい自分で――」

「いいんです、出させてください。おふたりは私の我儘に付き合ってくださってるんです、経費まで出させたら私がただの嫌な女みたいじゃないですか」


 未來が俺より一歩早く財布に手を伸ばしかけたところで、白峰はその手を押さえ込んだ。

 嫌な女というか、まあ実際白峰に対していい印象があるかというと微妙な線ではあるが、大体彼女とは出会って間もないのだから判断するのは早計と言える。

 まだこれから何が起きるのかわからないとはいえ、俺たちを巻き込んだことに引け目を感じるほどの良心はあるらしかった。それは逆に言えば彼女をそう思わせるほどの話が待っているということで、もう既にやる気が失せてきた。


「……わかった。一番安いのでいい」

「遠慮しなくていいですよ、せっかく色んなのあるんですから」

「とは言われても、私には何が何だか……」

「あー……了解です。じゃ、私と同じやつにしましょっか。すみません、さっきの注文もうひとつお願いしまーす」


 スクールバッグの中へ財布を押し戻された未來は初めこそダチョウ倶楽部の如く譲らない気でいたようだが、最終的に押し負けていた。どうぞどうぞのパターンにならなくて心做しか物足りなくなっている俺がいる。

 彼女もこの店には慣れていないからだろうが、他人のペースに呑まれている姿は新鮮だ。先程白峰が注文した呪文の正体は何なのかとメニュー表に目を彷徨わせている未來を微笑ましく思っていると、その隣から別の視線が突き刺さってきていた。


「どこ見てるんですか」

「……いや、別に」

「はあ。で、和希先輩は何にします?」

「えー……ラテのショート、砂糖ガムシロ多めで」

「了解でーす。砂糖とガムシロはセルフなんで自分で持っていってください」

「あ、ああ……どうも」


 そうなのか、こういった店に来たことがないどころか、場所問わずコーヒーの類を頼んだことがなかったものだからつい。前提としてお子様舌の俺は、マッ缶ことマックスコーヒー以外のコーヒーは飲めないのだ。牛乳の割合が多かろうと保険をかけてスティックシュガー数本。そんな俺をここへ連れてきた白峰の采配ミスと言えよう。


 未來が断られてしまった手前、俺も同じ返答をされるであろう提案をするのも無駄なので、ここは彼女に従うことにした。

 思えばレジ前なのだから直接店員に伝えればよかったものを、陰キャ代表米石和希は白峰静という仲介を入れて注文を済ませ、ほどなくして三人それぞれがドリンクを受け取った。俺のラテだけ格差が見られるが、白峰に金を出してもらっている以上、欲を出すわけにはいかない。むしろこのスタンダードさが一番落ち着くまである。シンプルイズベスト。ホイップクリームとチョコチップ羨ましいなあ。


「えーっと……多分、あの辺ですね」


 軽く店内を見回した白峰は、ここからは死角になっている一角を見やって小声で言う。

 午後のカフェや喫茶店は大方混雑しているイメージがあるが、本日のこの店は空席がぽつぽつ見当たる。テイクアウト客が多数派なのだとも考えられるが、俺たちがレジに並んだ際、注文するまでの暇もほとんどなかったことから客足が少ないのは確かだ。


 そして、白峰が指した角のテーブル席の周辺は、特別仕切られているかのように客の姿がない。アトランティスの任務の話を周りに聞かれるのも問題だから都合はいいが、それならそもそも学校帰りの学生も訪れる人気チェーン店を打ち合わせの場に利用するのは如何なものか……と訝しむ俺を置いて、白峰と未來は目的の席へと歩き出した。


 歩みを進めていくほどに、角度的に見えなかったテーブル席の様子が顕になってくる。

 卓上に置かれているのは、甘党の俺の目を惹くチョコレートケーキやドーナツの皿と、えーと……呪文めいた白峰のものによく似たドリンクが置かれている。恐らくベースは同じもので、あの呪文の中に含まれている何らかのトッピングに差があるのだろう。とにかく、ダイエット中の女子が全力で歯軋りしそうなセットだ。


 果たしてこれらのカロリー爆弾を詰め込んでいるのはどんな人物なのかと座席を見ると。


 窓から射し込む陽の光に反射して煌めく透き通った銀髪、直視していると吸い込まれそうになるような青い瞳。

 着席している状態だと測りにくいものの一五〇センチもないと見て取れる身の丈と、それなのに全体的に整ったモデルのようなプロポーション。

 極め付きは童顔でありながらもどこか包容力を感じさせる、これ以上ないほどに端正な顔立ちで、窓の外を物憂げに眺めていた彼女は、こちらの視線に気が付くと目を細めてにっこりと微笑んだ。危ない、俺じゃなかったら間違いなく撃沈しているところだった。俺の周りの美少女率が高すぎて怖い。


「失礼します。本日お話を伺いに来ました、白峰静です」


 白峰が真面目な声色で挨拶すると、銀髪の美少女は軽く頷いた。

 身に纏う制服は永陵高校のもので、身長に反して目の毒なほどに育っている胸元のリボンは緑色――三年生だ。事前に白峰から話のあった人物で間違いない。

 だが、自分より背も小さいのに、どこに不良白峰を恐れさせる要素があるのか、単に先輩が苦手なのだろうかと依頼主の方を見ていると――不本意にも目が合ってしまった。


「知っているわ。そして、そこの貴方は米石和希君。でも隣の貴方は……見たことがない顔ね。転校生かしら?」


 見た目通りの透き通るような綺麗な声で、彼女は俺の名前を言い当てて見せた。つられて俺も彼女の顔から脳内検索をかけるもののヒットする情報は0件、間違いなく初対面となる人物だ。いくら人の名前を覚えるのが苦手な俺とはいえ、これほどに印象深い美少女を前にしたことがあるなら、異性勘違いさせ率トップクラスの危険人物としてその名前が脳に刻み込まれるはずである。


「……どうして俺の名前を?」

「去年、先生のお手伝いで新入生の資料整理をしていたの。だから、今の二年生の顔と名前は全員知っているつもりよ。……そこの貴方を除いてね」


 理由を知るべく問うてみたものの、その回答はどうにも理解し難いものだった。

 資料で名前と顔を見たことがある、それだけの答えなら詳細を問い直すのも面倒なので納得できたかもしれない。

 だが、彼女は何と答えたか。『去年』、『新入生の資料整理をしていた』、『今の二年生の顔と名前は全員知っている』――つまり、もう一年以上前の日に、流し見した程度の新入生の資料の内容を、それも全員分今に至るまで記憶していると?


 常識的に考えてあり得るはずがない。そんな記憶能力が存在するなら、地理も歴史も連敗中の俺に分けて欲しい。

 あの微笑みは冗談を言ってからかっているのだろうか。なら俺の名前を知っていたのは、依頼してくるくらいだから彼女自身アトランティスと繋がりがあって、ゴールデンウィークの騒動を知っていたからとか……真偽の程は定かではない。

 でももし、彼女の発言が事実だとしたら。


「……黒羽未來です。よろしくお願いします」

「ええ、どうぞ座って。……私は鈴音(すずね)理愛(りあ)。理愛でいいわ。よろしくね」


 視線を受けていた未來が名乗ったことにより、俺の思考は一時停止する。

 未來同様に最初から名前呼びを推奨してきた鈴音理愛――理愛さんに従い、俺たちは飲み物を四角テーブルに置いて四方から席に着く。理愛さんの正面を白峰として、左右に俺と未來が座る形だ。


「……あの、急ですみません、こっちの方たちは私の先輩で――」

「構わないわ。大方、私と一対一で話すのが恐れ多いから呼んだのでしょう? 別に、取って食うような真似はしないのに」

「い、いや、そういうわけじゃ……」

「いいの、全部わかっているから。むしろ表面上の言葉に騙されずに、ちゃんと警戒してくれる子は好きよ?」


 理愛さんは優しい声音で諭しながら微笑んでいるのに、横目で見た白峰の表情からは緊張の色が拭えていない。

 まだこの人と出会って数十秒といったところだが、早くも白峰が苦手としている理由がわかった気がした。いや、きっと同じ感覚を抱くのは白峰だけじゃない。一組織に所属している彼女のように、ある程度の警戒心を備えている人間なら皆そう思うはずだ。


 ――鈴音理愛という人間の笑顔は、本心から生み出されたものではない。あくまで会話を円滑に進めるための道具として、恵まれた容姿の上に貼り付けられている。

 加えて、彼女の本心には掴みどころがない。白峰が依頼内容を聞いてやる立場なのに、初っ端からかましてきた記憶力エピソードも相まって、会話のペースを十割あちらに持っていかれている。その中で白峰が俺たちを招いた理由まで見抜かれたんじゃ笑って誤魔化すのも困難だ。

 こちらの思惑をすべて見透かしているかのような彼女の態度は樋野村先生と似ていて――しかも自ら進んで掻き乱してくるあたり、より悪質で度し難い。


「和希……でいいかしら? 貴方は一段と私を訝っているようだけれど、私も無関係な人間に害を与えようとは思わないわ。もう少し、リラックスしてくれてもいいのよ?」

「……顔に出てましたかね」

「ええ、それはもう。ほら、ドーナツでも食べる? 私のおすすめなの」

「気持ちだけいただいておきますね」


 理愛さんはか細い指先でシュガードーナツの乗った皿をつついてくるが、この状況でいただきますと言えるのなら大した度胸者だ。そして、彼女も恐らくは俺がそうするとは思っていない。


「本題に入りたいのですが。まず依頼というのは、私たちの耳に入っても問題ない内容ですか?」

「そうね。聞かれて困るような内容でもないもの。何なら手伝ってくれてもいいくらいよ」


 主導権を取り返せずに黙り込んでいた白峰の代わりに、未來が俺の気になっていたことから切り出す。

 白峰はお願いと称して俺たちを理愛さんと対面させているが、忘れてはいけないのがこの会合は秘密裏に暗躍している一組織の任務についての打ち合わせだということ。本来、無関係な俺たちがいていい場所ではない。

 彼女も雷豪と同じく情報科だったはずだ、個人情報の取り扱いみたいな教育とか受けてないの? そこのカウンター席に座っているビジネスマンと同レベルってこと?

 がしかし、当の依頼主としてはさほど機密に触れる内容でもないらしく、未來の頷きを催促と見て続けた。


「貴方たち、今朝のニュースは見た?」

「や、藪から棒ですね。一応、スマホで見てはいますが」

「……はい、私も同じく」


 あれ? みんな見てるの? 見てないの俺だけ?

 子供のうちにどれだけニュースに触れられるかが将来の教養にも関わってくるという話を教師にされたことがある。その意見に不満があるわけではないにせよ、俺の貧しい家にはテレビなんて置いていないし、新聞は……取っているというか、母親が配達する側なんだよな。それ読めなくても仕方ない理由にはならなくない?

 結論、怠け者かつ周囲に興味関心がない俺は確実に仲間外れである。理愛さんはそれを知ってか知らずか、ふたりの回答に頷きを返した。


「じゃあ、こんな見出しを見なかった? 『孤児院の女子高校生、行方不明』」

「……えー、見たような、見なかったような……」

「……児童養護施設『暁の(もり)』。四年前から生活している少女が先週金曜の夕方頃に外出したきり戻らず、事情を知らされた者もいなければ本人と連絡すら取れない。捜索願が出されたものの、今のところ目撃情報もなし……」

「さすがね。その通り、警察も動いている事件よ」


 目を瞑りながら掻き集めた記憶の断片を読み上げて見せた未來に対して、理愛さんは賞賛の言葉を送る。

 今から依頼を受けようという本人が事前情報なしなのもどうかと思うが、それ以前の問題としてニュースを見ていなかった俺が口を挟む権利はない。早くも教養の差が出ちゃったなあ……。


 ところで、突然ニュースの話なんか持ち出してきてどう関係するのだろう。まさか中学時代の朝のHRみたいに三分でニュース発表させられるわけでもあるまいし。あれ、体感十分くらいあってかなり地獄だったので二度とやりたくはない。

 冗談はさておき、まさかそれこそが依頼内容だとでも? 警察と仕事を取り合ってまで?

 対テロリスト国際連合という名を掲げている組織が、行方不明者の捜索なんて引き受けるのか……? それじゃまるで何でも屋じゃないかと白峰を横目で見るも、彼女は相変わらず居心地悪そうに身じろいでいるだけだ。


「……そう。もう、三人とも察している通りね」


 一方、緊張感もなくシンプルな柄のティースプーンでドリンクに浮かぶクリームを一掬いして、艶やかな薄紅色の唇の奥へやっていた理愛さんは、紙ナプキンで口元を拭いてから俺たちを軽く見回した。

 その瞳は優しく大らかなはずなのに、何故だかこの瞬間だけは鋭利で摯実なものにも見えた。


「『暁の杜』の行方不明者、名前は――」


 彼女は告げる。

 白峰が遂行すべき、依頼の本質を。


「――『鈴音(すずね)芽愛(めあ)』。()()()()()()()


 鈴音理愛のペースに呑まれていると、入ってきた情報を捌くほどのリソースも保てない。

 組み上がらないまま出かかった言葉をカフェラテと一緒に飲み込もうとしたけれど、甘党の俺には苦すぎる後味までもがそれを拒むように留まり続けていた。


 ……スティックシュガー、入れ忘れてた。

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