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黒羽根導くその未来  作者: 霜山美月
第2話
17/24

食パンも交差点もない出会い

2022年になってから最近までずっと遊戯王かマイクラかブルアカか作曲してました。

自分に圧をかけていくためジャブを打ちます。


和希君の精神的余裕のなさすぎる非日常が落ち着いたってことでそんな心理状態も地の分に反映されています

 もし、宝くじが当たったらどうするだろう。


 人間誰しも生きていれば一度は妄想を膨らませる議題について脳内討論を繰り返しながら、ぼんやりと窓の外を眺める朝。故郷では今頃が満開の時期とされる桜もこの関東地方ではとっくのとうに葉桜へ生まれ変わっており、窓から吹き込む生暖かい風も相まって早くも夏へ移ろいゆく予兆を感じていた。


 時間を忘れて緩やかに流れていく積雲を追っていると、社会的に生活するためタスクやスケジュール管理に迫られこうやってのんびりする余裕さえ奪われる時が来るという万人共通の将来が今から嫌になる。

 働かざる者食うべからず――我々は皆等しく社会の歯車を回すために生まれてきたのだから、その使命すら果たせない者に無償の食い扶持を保証し続けてくれる都合のいい枠組みなど存在しないのだ。ベーシック・インカム、早く導入されないかな。


 過酷な環境に生み落とされれば適応しようとするのが生物だ、中には学生のうちから小遣い稼ぎを始める者もいる。綺麗事を言えば社会経験、本音はきっと遊ぶ金欲しさだ。それでも対価として金を得るために労力を費やす覚悟ができている点は尊敬してやらんでもない。

 とはいえ学業との板挟みになり時間の限られている高校生が月に稼げるのはたかが数万。土日祝日休むことなくブラック企業さながらの奉仕精神を見せたとしても十万に届けば上出来というほどだ。親や教師の目を欺いて法に抵触しない限り、それ以上の収入はほぼあり得ないと言っていい。


 それくらい金を稼ぐということは大変で、離婚した父親が担当すべき分まで寝る間も惜しんで賄ってくれた母親には感謝の念に堪えない。

 ゲームハードだって何世代も前のもうすぐレトロゲーム扱いされそうな領域にあるものしか部屋に置いたことがない俺だが、贅沢はできないにしてもこうして関東の高校に通えていることはすべて偉大な母のおかげなのである。


 そんなどちらかと言えば貧乏な家庭の育ちで、自他ともに認めるごく普通の高校二年生・米石(よねいし)和希(かずき)は今、どういうわけかざっと百万円ほどの臨時収入を抱えていた。


 事の発端はゴールデンウィーク初日前夜。すべては対テロリスト国際連合だとか今時のラノベにでも出てきそうな団体名を名乗る輩に拉致されかけたことに始まった。

 十連休は長いようであっという間、しかしながら俺が得た経験はずっと濃密で、何週間分とも推し量れない出来事に感じていて。


 とにかく十連休中休む余力が一ミリもなかったくらいには不本意にも充実してしまったゴールデンウィークだが、元凶のひとりである対テロリスト国際連合『Atlantis(アトランティス)』情報科所属・雷豪(らいごう)恭介(きょうすけ)の一言が未だに胸につっかえていた。


『迷惑料と謝礼金、あとはうちの組織についての口止め料って言ったとこかね。俺に返されても困るから、受け取っといて』


 迷惑料と口止め料なら理解できる。

 俺はあいつらと指定暴力団・秦野組の抗争に鉢合わせ、銃で撃たれるという初めての体験をさせてもらった。その場に居合わせた胡散臭い科学者ことクリストファー・スクルドと、雷豪の妹である白峰(しらみね)(しずか)の狼狽している様子も、うっすらとだが思い出せる。

 俺は十人に訊けば十人が頷く、私利私欲の争いに迷惑なんて軽い言葉には収められない巻き込まれ方をした被害者なのだ。加えて、彼らのアジトは勿論組織としても国家にかかわる機密情報とのことだったから、口止め料を惜しまないのも納得だ。


 ひとつどうしても答えに辿り着かないのが、謝礼金の部分だ。

 俺は彼らのために何をした覚えもない。俺が関わらなくても超能力者である彼らならいずれ暴力団くらい黙らせられただろうに、謝礼金を含めて総額百万の高校生に似つかわしくない大金を押し付けてくるのは非合理的すぎる。

 こんな大金を家に置いていても親に見つかると口止め料の意味がなくなってしまいかねない。少しでも減らそうと宝くじが当たった時ならどうしただろうかと妄想してみたものの、思いつくのはラノベの新刊を買うとか、ソシャゲのガチャ代に注ぎ込むとか、ライトなオタクにとってはそれくらいである。あとはそろそろ遊戯王の新しいデッキでも組もうかしら。たとえゲーム版が出ようと俺は紙派なので。やってる友達いないけど。


 もっと有効活用する方法はないものかと考え抜いた結果、決意の向いた先は引越しだった。

 可能ならば二度とあって欲しくないとはいえ、一度関わりを持ってしまった以上、またいつ超能力的あるいは裏社会的な何某が現れるか予測できたものではない。

 今回のケースで苦労していたことのひとつが家を空けることに対する母親への言い訳で、つまり余計な迷惑をかけないためにも俺が一人暮らしを始めることは優れた解決手段だ。金はある、全額をいきなり払うと当然怪しまれるだろうが、バイトを始めるとでも虚偽の弁明をして、以後毎月借りを返す方針にでも持っていければいい。穀潰しだった俺の汚名返上も兼ねられて一石二鳥、我ながら素晴らしい作戦だった。


 おかげで昨日一昨日は新居の選択肢になり得る物件を歩き回って疲労困憊、今だって眠気が取れていない。だが今日さえ乗り越えれば土曜日、ここが峠だ。

 校庭に降りて何やら啄いているカラスを頬杖をつきながら眺め、ホームルームの時間を待ちわびていると。


「和希、聞いた? 転校生来るって話」


 俺の名前を呼んだ男が横向きに椅子に座りながら、爽やかな笑みを浮かべていた。


八重樫(やえがし)龍弥(りょうや)』。

 出席番号が俺のひとつ前、つまり定員より二人欠けて三十八人が在籍している我が二年F組で出席番号ラスト、窓際最後部を堪能している俺の目の前が彼の席だ。

 進級して知り合い早一ヶ月、こうしてことある毎に話しかけてくるから鬱陶しいとも断れず、しかしその実、一年次に知り合った唯一の友人こと平澤祐樹とクラスが分かれてしまった俺の孤立を防いでくれた恩人でもあり、興味のない話だろうが無碍にできずに友人をやっている。


「初耳だけど。どこからそんな情報入ってくんの」

「嘘、周りに興味なさすぎじゃね? 結構噂になってんよ?」

「知らねぇよ。噂は噂でしかない、デマに踊らされないためにもググって確証を得てから言えって話」

「ググってヒットする話じゃないんだよなあ……ま、これに関しては本当だぜ。生徒会にも流れてきたしね」


 それにこの呆れ顔の男、頭はまあまあよく運動はでき、それでいて誰に対しても分け隔てなく接するコミュ強である上、一年生の頃から生徒会書記も務めているカースト上位者である。次の選挙では生徒会長に立候補したいとの話も聞いた。

 じゃあなんでそんなハイスペックな奴が俺の相手してるんだって話だが、彼にとって理由はないのだろう。たまたま後ろの席に俺がいたから話しかけただけ。友人の多い彼にとっては誰と話そうが友人との会話というタイトルに変わりはないのだ。


「……そう。ま、どうでもいいけど」

「もっと興味持てよって言いたいのは山々だけど、和希はそういう奴だもんなあ。あ、そうだ、約束の新刊持ってきてくれた?」

「あいよ、どうぞ」

「あれ? 未開封じゃん。珍しい、いつもすぐ読んでんのに」

「色々忙しかったんだよ……」


 本当、色々だ。

 龍弥に鞄から取り出したラノベの新刊を手渡しながら卑屈に笑う。彼は深くは訊かずに納得してくれたようだが、それは単に興味がないのか、彼の気遣い故か。

 既刊を読み終えてしまっている俺は特にやることもなく、再び窓の外を眺めたりクラス内の喧騒に耳を傾けたりしているうちにチャイムが鳴る。

 程なくして担任の女性教師が入口の扉を引いて教室内に足を踏み入れると、賑々しい生徒たちは徐々にその声量と言葉数を潜め始めた。


 教壇の上に立った担任がファイルを教卓に放れば、ピシャリと鳴った音を合図に生徒たちの声は打ち切られる。皆さんが静かになるまで何十秒かかりましたなんていう無意味で無益な共有事項を必要としないほど訓練された愛すべき生徒たちの様子を満足気に見渡した担任は、手元のファイルを開きながら、全員に聞き渡るように明瞭な声色で言う。


「おはよう、みんな。このクラスに転校生が来るという噂は聞いているな? 早速だが紹介をしようと思う。喜べ男子ども、女子だ。しかも可愛いぞ」


 教師がそういうこと言っちゃうのはあんまりよろしくないんじゃないですかね。ただこの人は教師としては一風変わり者だから、真には受けずに聞き流す。

 男子ですら話す相手がそういないのだから、女子ともなれば尚更関わりを持つことはない。実際、このクラスの女子の名前も覚えているのはほんの一部の目立っている人間だけだ。俺ほどにもなれば男子の名前すらうろ覚えなまである。誇れることじゃないんだよなあ……。


「さ、入ってきていいぞ。そう緊張することはない、私の子たちは皆寛容だよ」


 それって俺も含まれてるんでしょうか、などという疑問の解答は誰も欲しがっていない。人間、居心地のいい空間に部外者が現れればウイルスを前にした白血球の如く団結して淘汰しようとする節もあるが、そうでないからと言って受け入れようと前向きに構えているとも限らない。

 そう、これは言うなれば無関心だ。別にクラスメイトがひとり増えたところで俺の学生生活は変わらない。そう決めつけて、なんとなく窓の外のカラスの群れを目で追っていたのだが。


 その何でもない上履きの靴音に耳を奪われる。卸したてのブレザー、揺れるスカートの裾、高い位置でふたつに結んだ髪、そのすべてに目が吸い寄せられてしまう。

 整然とした歩き方は覚えがあるなんてレベルじゃない。それらが思い起こさせる記憶はもっと複雑で、鮮明なものだ。

 担任にチョークを受け取り、名前を書けと目配せで告げられて教壇に立った彼女は、とめはねはらいが意識された贔屓目なしに綺麗な文字を黒板に書く。


 最後のはらいを終えてチョークを置くと、ツインテールを揺らしながらこちらへ振り返った。

 腰近くまで伸びた黒い髪。強い意志を象徴するかのような赤い瞳。女子の平均身長ほどの背丈と、芸能人かと見紛うほどに整った顔立ち、赤いリボンがあしらわれたブレザーに包まれているのは女子の憧れの視線を受けるスレンダー体型。

 予想だにしなかった再会に呆れの混じった吐息が漏れ、前の席の龍弥が何かと振り向いてきたが構っている場合ではなかった。


 ――この数日間で忘れるはずがない。

 ――一生分の非日常を共に過ごした、極度のお人好しで正義感の擬人化みたいな命の恩人の顔なんて。


 そして彼女は数秒だけ瞑目してから、真っ直ぐな眼差しでその名を口にした。




「『黒羽(くろは)未來(みく)』です。今日からよろしくお願いします」




 凛とした声音を切ってぺこりと一礼すると、どこからともなくぱちぱちと拍手が鳴り始め、それが大きくなるとやがてやかましい喝采が混じり始める。クラス替えを経てまだ一ヶ月しか経っていないというのに、やけに団結力に優れるクラスだった。

 初めこそ堂々とした態度を見せていたものの、思わぬ歓迎のされ方に気圧されてか彼女の目には困惑の色が浮かんでいる。そのまま喧々たる教室内を左から視線だけで見渡して――窓際最後部の俺と目が合ったところで静止した。

 勘付いた生徒が彼女の視線の先を探るようにこちらを見やるより早く、俺は三階から見える外の景色へ再三目を逸らす。別れ際に下手にかっこつけてしまった恥ずかしさもあるが、何より彼女がこの学校に現れた理由に察しがつかず、若干動揺しているのを悟られたくない。というかそれ以上に、本日の主役とばかりに目立ちまくってる美少女転校生の知り合いだとか言われて表舞台に引き上げられるのを恐れて肝を冷やしているところだった。


「はい、そこまで。質問コーナーは休み時間にでもやるように」


 担任が拍手喝采を割って一言発すれば、それだけで教室内はまた静寂を取り戻す。早速くだらない質問で一発笑いを取ろうとでもしていたのか挙手していたウェイ系の男子も、喧噪のフェードアウトに紛れるようにおずおずと手を下げていった。

 それを見届けた担任は、今度は俺の方を見た。目が合ったような気がしたが、しかし相手がこの人ともなると目を逸らせば何か非があるのかと問い詰められる可能性を危惧して、眉根に皺を寄せながら睨み返す。すると、担任は腕を組み一度頷いてから、転校生の方へ視線を戻して続けた。


「知っていると思うがこのクラスは定員割れしていてな、窓際の列が空いている。黒羽は一番後ろに座ってくれ」

「はい」


 その言葉の意味することを理解して、俺は額を押さえながら瞑目する。

 この席に着く前に、後ろに机が増えていることには気付いていたが、さして気にも留めていなかった。

 男女混合名簿で出席番号順に並んでいるからと言って、転校生までそれに倣って割り込ませるのは手間がかかる。どうせ定期的に席替えすることにもなるだろうから、今この場は「とりあえず空いている席に」となるのは自明である。席順以前に、生徒番号の管理の面から考えれば、転校生が最後尾につくことくらい至極当然だった。


 担任に肩をそっと押された彼女はまっすぐこちらへ歩き、俺の後ろへ回ると椅子を引いて席に着く。

 こうしてようやく朝のHRの開始へと至ったが、その中での担任の言葉は何ひとつ頭に入ってこなかった。

 ゴールデンウィークで区切りがついたであろう騒動を共に体験した――俺の『変わらない日常』をぶち壊した『非日常』の住民と思わぬ再会を果たした朝。

 最初に手の届かないそれを求めていたはずの俺は、新たな頭痛の種が生まれそうな予感を認識せずにはいられなかった。

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