和解の食卓にて
予約投稿忘れまくっていた期間を埋めようとしている図
本日誕生日を迎えまして14歳JCになりました、おめでとうございます
「……クリス博士か?」
眩しすぎず目に優しい昼光色の灯った、対テロリスト組織を自称しているらしい施設の一室に、チャイムの音が鳴り響く。
ご丁寧に俺たちひとりひとりに個室が割り当てられていながらオートロックの部屋の中に鍵を忘れたことで俺の部屋で寛いでいたエアストも、姿勢を正してドアの方を向いている。
どうやら施設内では通信が制限されているらしく、せっかく充電できたスマホもそのほとんどの機能が意味を失っていたが、辛うじてオフラインでも使用できるアプリなら起動できる。そうしてエアストに大して面白くもないゲームを触らせたり、過去に購入、ダウンロードしておいた電子書籍版のラノベを読んでもらったりしてしばらく過ごした頃、予期せぬ来客が訪れた。
クリスは俺たちが軟禁状態になってからまだ顔を合わせていない。どこで油を売っていたのかはともかく、やっと来たかとドアスコープの確認もせずにドアを僅かに開けると、
「どーも。夕飯のお迎えに上がりました、なんてな」
「……あなたですか」
外に立っていたのは、俺たちをここに捕らえた張本人。この得体の知れない組織に属する金髪の青年だった。
「せっかくの来客なんでね。今日は人が少ないらしくて時間はかかるけど、食堂でご馳走を用意してもらってるから案内するよ」
「あなたたちってホテル経営者か何かなんですか」
「わざわざ客を誘拐してくるホテルだなんて客足に困りすぎじゃない? まず人目につく場所に建てろって話でしょ」
「冗談ですけど」
「わかってるよ。そんな経営難のホテルで働く俺は雷豪恭介だ、よろしく」
「いや……」
握手を求めてきた雷豪と名乗る青年は、ここだけ切り取ると悪者に見えない気さくさでどうも気が狂う。仕方なしにその手を取ると、彼は満足気ににこにこと笑い、不審がっている奥からの気配を察したのかドアを大きく押し開いた。
「おーい、そこの――えー、エアストちゃんだっけ? そろそろお腹空いたでしょ? ご飯の時間よー」
「ちょっと、何なんですか。いや、本当に何なんですか」
「だってもうすぐ七時よ、腹減らない?」
「減りますけど。あなたたちは俺たちを捕まえて監禁したいのか親切に飼い殺したいのか、どっちなんだって訊いてるんです」
「どっちも何も、俺らは和希君を監禁するつもりなんて一切ないけど?」
「……はぁ?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまい、雷豪とふたり同時に頭にハテナマークが浮かぶ。
「俺の知人を人質に取ってまで俺を拉致する理由があるんじゃないんですか」
「あー、あれは嘘。ちょこっと協力してもらいたいことはあったんだけど、薄っぺらい嘘並べてもエアストちゃんが了承しないでしょ。和希君に説得してもらわない限りはね。その代わりと言っちゃなんだけど、この部屋の住み心地はなかなかよくない?」
「はぁー……」
つい、我慢していたため息が漏れてしまう。
監禁するつもりはないし、家族や友人を盾に脅迫していたのも誘い出すための嘘。楽観的に考えたいだとか考えるのにも疲れただとか、先程まで嘆いていた自分が馬鹿みたいだった。
とはいえ、彼らが俺たちを誘拐したという事実に変わりはない。今はそれを突き止めるべきなのではないか。
「あなたたちはどういった組織なんですか。俺に協力してもらいたいことって?」
「そこら辺はちょっと長くなるからさ。ま、飯食いながらでも話そうや。ハカセももう向こうで待ってるよ」
雷豪は親指を後ろに向けて指しながら言った。間髪入れずに鳴った腹の音は誰のものか、雷豪の視線を追って振り向くと、お腹を押さえて頬を赤くするエアストの姿があった。
「そういうわけだから。とりあえずついて来なさいな、はぐれるとすぐ迷子になるぜ、ここ」
正直なところ、困惑は拭い切れないし、納得もできない。最初から説得で済むならそうすればいいものを、個人情報を調べ上げオフィスにカチ込んでまで拉致する必要はあったんだろうか。交渉下手なだけとは考えにくいが、その辺りはぜひ後程問い詰めたい。
ともあれ、今は彼に従おう。エアストに外へ出るよう目配せし、スマホだけポケットに入れてから彼女と同じ轍を踏まないよう鍵を抜き取った。
模様の入ったカーペットはなかなか遠くまで続いており、同じような客室のドアがいくつも並んでいる。数歩歩くだけでも自分のいた部屋の位置に自信が持てなくなり、キーホルダーの部屋番号を確認した。これだけの部屋数ともなれば維持費も馬鹿にならないだろうが、どう捻出しているかは恐れ多くて訊く気にもなれなかった。
「それにしても、男女だから部屋分けたのにわざわざ同じ部屋にいるなんて相当仲良いんだな。俺、邪魔しちゃった?」
「とやかく言われるのも面倒なんではっきり言いますけど、やましいこと考えてるなら違いますよ」
「いいっていいって、戻ったら監視とかは切っておくよう伝えるから」
「今、エアストのあなたに対する信頼が地に落ちましたけど」
妙に機嫌のいい雷豪の戯言を捌きながら、エレベーターを求めて同じ景色の続く廊下を歩く。
真横を歩いていたはずのエアストは、雷豪から離れるようにして壁際に寄っていた。
エレベーターで上階へ昇り、出た廊下をまた少し歩いていた。相変わらず廊下の壁には薔薇やら何やらの造花が一定間隔で飾り付けられており、これをよしとした施設の人間のセンスにうんざりする。赤が好きなのは構わないが、床も壁も何もかも赤で埋め尽くされるといい加減諄かった。
雷豪は俺に反して静寂を好まない性格なのか、度々こちらを振り向きながら話題を投げかけてきた。家族の話だの学校の話だの、既に預かり知らぬところで存分にプライバシーを侵害しているだろうに、面と向かって訊く必要があるのかは甚だ疑問である。
コミュニケーションにおいて重要なのは、相手が振ってきた話題を訊き返して相手にも喋らせることだというのをマナー講師が言っていた。それに倣ってみると、白峰と兄妹なのに苗字が違うのには家庭の事情が絡むだとかで微妙な空気になってしまったので、二度とマナー講師の言葉は信じないと決めた。
「さて、ここだよ」
雷豪は両開きの扉の前で立ち止まる。両開きといえばつい先日の嫌な思い出が蘇るが、頭を振って記憶の底へ押し込んだ。この扉はあの日の質素で安っぽい素材とは違い、傷も手垢も付いておらず装飾過多、そしてセキュリティ装置までついている。
彼がカードを翳し、その後指静脈の二段階の認証を経てロックを解除してからその扉を引くと、そこには最早言い逃れのできない、広々としたホテルのような食堂が設えられていた。
彼の後ろに続いて俺とエアストもその中へ踏み入れる。テーブルクロスで継ぎ目の隠されたテーブルが長々と続く様は、まさに有名な魔法使い映画に登場する魔法学校の食堂の姿そのものだ。
滅多にお目にかかれない壮大な景色に感動すら覚えるものの、その分とてつもなく違和感が際立つ。それだけ席が用意されているのにも拘わらず誰も着席していないのだ。既にキッチンの準備が進んでいるなら、ひとりくらいはいてもいいはずなのに。
「妙に空いてますけど、人気ないんですか」
「別に普段から使ってるわけじゃないのよ。掃除の手間はかかるしシェフも必要でしょ? いつもはみんな大体自分らで済ませてんの、今日は客人を饗すためにやってるだけ」
「勝手に社食みたいなもんだと思ってました。宝の持ち腐れみたいですね」
「これまで歩いて見てきた個室の数覚えてる? そんな施設なんだよ、ここは」
雷豪は俺の質問にかったるそうに答える。
言われてみれば確かに、俺たちが放り込まれた客室からエレベーターまでは結構な距離がありながら、その間に全く同じドアが無数に並んでいた。中に人がいるなら多少は音漏れしてもおかしくないのに、それすら一切なかった。エレベーターのフロア表示によれば更に階下が存在しているらしいが、いくつもこの様子が続いているなら大層なものだ。
社員寮と考えると優良物件ではあるものの、利用者より管理者側の維持費が気になるところだった。
「つーか、わざわざ好き好んで職場に寝泊まりする人なんていないしね。そもそも仕事で常駐している人もほとんどいない。あの一帯はいつも無人だよ」
「施設として大丈夫なんですか、ここ……」
「さあ、下っ端の俺らにはわからんね。お偉いさんが上手いことやってくれてんじゃねーのかな」
対テロリスト組織とは聞いたが、素性を疑いたくなるほどに施設の在り方との整合性が取れない。第一にホテルにしか見えない上に、人はほとんどいないときた。
根底から覆すようだが、大体対テロリストだなんてご立派な看板を掲げる組織が、まだ二十歳前後に見える雷豪や女子高生くらいの白峰を雇うだろうか。バイト感覚で請け負える仕事ではないし、超能力者を学生のうちから利用しているのだとすればそれはもうラノベの世界だ。
まだ人手不足のホテルマン候補として俺をでっち上げようとしていると考えた方が現実的だった。ますます俺を選んで拉致する理由を見失うけれど。
先頭の雷豪が向かう先は、厨房の入口に近い端も端の席。そこだけ五人分の食器が予め用意されており、全体的に見渡すと笑いが込み上げてくるほどに不格好だった。料理は後程運ばれてくるのだろうか、用意されているのは取り分け皿と赤茶色のカラトリーケースだけだ。
また、端すぎて今の今まで気付かなかったが、角の席には既にクリスが退屈そうにしながら腰掛けている。こちらの視線に気付くと小さく手を振って来たので、俺も軽く会釈を返した。
俺、エアスト、クリス、雷豪、白峰。席の準備から察するに、どうやらこの広大な食堂で会食を楽しむのはその五人だけらしい。それを贅沢と捉えるかうら寂しいと捉えるかは人によるだろうが、俺は特に気にしないタイプだ。客の入っていないラーメン屋を探して入るのも、意外な発見があって損ばかりではない。
「ハカセ、白衣脱ぐと普通のお兄さんっすね。大学で必ずひとりはいる意識高い系の奴。特に白縁眼鏡が本物感を醸し出してます」
「はは、褒め言葉として受け取っておくよ」
雷豪がクリスの向かいの椅子を引き、カトラリーケースに手を伸ばしたのを見て、俺とエアストもクリスの横に並ぶように着席した。
あとこの場に足りないのは白峰の姿だ。
「白峰さんはどこへ?」
「静はまだ用事があるんだとさ。和希君の件の話でもしに行ってんのかな。料理ができるまでには来るよ」
「上層部の人はいるんですね。普通こういう時って、偉い人から直々に俺に話があるんじゃないんですか?」
「じゃあ、ここは普通じゃないんだろうな。きっと上の人も部外者に構っていられるほど暇じゃないのさ。横目でここを監視くらいしてるかもしれないけどね」
すると、厨房からコック帽を被った女性が現れ、こちらへ向かって一礼した後、俺たちの背中側へ回る。何をしているのかと思えば、ドリンクバーのディスペンサーの準備をしているらしかった。五人しかいないのに機械を使用する必要があるのかと疑問をぶつけたくもなるが、ファミレスでもファストフード店でもお馴染みのメロンソーダがセットされたのを見届けると黙って正面へ向き直った。
「で、もっと訊きたいことあるんじゃないの? 今なら答えるよ、エアストちゃんもハカセも」
雷豪は全員に取り分け皿とナイフやフォークを配りつつ切り出した。訊きたいこと、と言えばいくらでもあるけれど。彼に第一問を投げかけたのはエアストだった。
「何度も訊くようだが、和希を欲しがる理由は? 対テロリスト国際連合とは何の話だ?」
「和希君を欲しがる理由ね。これはうちの組織の目的に絡んでくるんで、後者から話すとするか」
左手の指でテーブルをトントンと叩きながら、彼は最初の問いに答え始める。
「対テロリスト国際連合『Atlantis』。そりゃあ皆さん初耳だろうけど、それもそのはず。俺らは決して表には出ず政府のバックで暗躍する、その名の通り反社会的勢力を撲滅せんとする武力組織だ」
「武力組織? 日本にどうしてそんなものが」
「自衛隊を国同士の戦争に備える対抗力とするだろ。それに対して俺らは国内の小規模のはみ出し者を片っ端から叩くのが仕事だ。誰もが口を酸っぱくして平和な国と言うけど、本当にどうしようもないアウトローは表に出て来ないだけなのよ。となると、それ専用の掃除屋が必要なわけ」
「警察に任せておくんじゃ駄目なんですか」
「警察もやれることが限られてるからね。報道に掴まっちゃあ大変だし、表沙汰にしたくない仕事をうちが請け負うようなイメージ。あとは……日本の法で裁けない国際問題になってくるとうちが活躍することになる。そのための国際連合だな。会うのは基本アメリカンばっかだけど」
要約すると、この組織は政府をバックに裏社会で動いて、武力を以て悪を裁いている。にわかに信じ難いことだが、証拠もなしに疑いにかかれるほど単純な話でもない。
ただし気になるのは、そんな危険極まりない仕事を手がかけているうちのひとりが、正面に座るへらへらした男だということだ。
「雷豪さんや白峰さんはどうしてそんな組織に?」
「まー、何かの縁だな。幸い俺たちは一般人に見せびらかすのも憚られる超能力者で、その能力も隠密行動には持って来いってもんだ。裏の仕事はやりやすいし大学の学費も賄えるし、いいこと尽くめさ」
「大学生なんですか……」
「一応な。恭介先輩って呼んでくれてもいいぜ、後輩君」
そう格好つけて彼はウィンクを飛ばしてくる。俺はそれを躱すように、視線を横にいるクリスの方へ逸らした。
「それで、反社会的勢力に抵抗するための裏社会の組織が、どうして米石君を捕らえようとするんだ? 彼の家族は債権回収会社に追われでもしているのかい?」
「それなんですけどね、和希君にはうちの組織のもんに協力して欲しくて」
答えながら雷豪は席を立ち、俺の後ろの壁に設置されたドリンクバーへ向かった。まず自分の分かコーラを八分目まで入れ、それからこちらへ振り返る。
「みんなは何飲む?」
「エスプレッソを貰おうかな。ホットで」
「俺はメロンソーダで」
「……烏龍茶を」
「はいよー、了解」
彼は全員の注文を受けてそれぞれグラスとコーヒーカップに用意すると、器用にすべて一緒にテーブルへ運ぶ。そうして席に着くなりコーラを呷り、くぅーと鳴く。それには見向きもせずに、クリスは受け取ったカップの縁を手元のフォークでなぞった。
「この食器、銀製だね」
「ああ、そうだったっけ。さすがハカセ、触っただけでもわかるんすね」
「銀は銀イオンによる殺菌作用がよく働く金属だ。それはそれは遠い昔から、世界中のあらゆる文明が抗菌剤として使用してきた。そこから転じて、銀は神聖なもの、魔除けだとか退魔の道具として利用されたりもしたね」
「あ、そういうの俺も知ってますよ。確か毒殺予防に使われてたんでしたっけ? あれも殺菌作用?」
「よく知っているね。そう、中世ヨーロッパではヒ素化合物――硫砒鉄鉱による毒殺が横行していた。銀がそれに含まれる硫黄に反応して硫化するとわかりやすく変色するんだ。だから、一般に銀食器は毒に反応するだとか言われている」
カップの縁をフォークで軽く叩いて鳴らしながら理系らしい豆知識を披露するクリスは、その先をコーヒーに付けて見せた。
「……それ、ここでも試してみる価値あると思う?」
「……はっ、それは俺らをまだ信用してないってことっすかね?」
挑発的な眼差しを受けて鼻で笑い飛ばす雷豪。彼はこれを宣戦布告と受け取っているかもしれないが、クリスはもとよりこういう人間だ。それをこの場で一番理解しているエアストがため息をつき、彼の右手をテーブルの上に押さえた。
「……クリス」
「わかってる。冗談だよ、冗談。話の腰を折ってすまない、続けてくれ」
「……へぇ。ま、いいっすけど」
俺もその様子を見て呆れながら、手元のメロンソーダのコップを手に取った。
冷たい炭酸が弾けながら渇いた喉を潤していく。マックスコーヒーや激甘のカフェオレに次いで俺が好んでいるのがこういった炭酸飲料だ。刺激が欲しい時はこちらを選ぶこともしばしばある。特に真夏の炎天下で飲むサイダーなんかは厭う人の方がいないだろう。
「……で、何の話だっけ」
「どうして和希を狙っていたか」
「あ、そうそう。そうだったね」
コップと一緒に頭まで空っぽにしてしまった雷豪は、エアストの苛立ち混じりの言葉を受けながらそれそれ! といった様子で指を指す。既にエアストの中で雷豪の信用度はクリスと同レベルに落ち着いてしまっていたようだが、本人がそれに気付く様子はない。
「で、話を戻すと、まず俺はこの日本東京第三支部を主な拠点として、組織の情報科に所属してるんだけど」
「……東京だけでいくつもあるのか」
「ああ、関東は特に多いけど、それを除いてももうそこかしこにあるよ。こんなだだっ広い地下施設が。……で、同じく東京を拠点にしてる特務科の子がいるんだけどさ」
「特務科?」
情報科と言えば、情報収集と整理が主な仕事であろうことは容易に想像がつく。実際、彼は俺の個人情報を中学時代にまで遡って調べ上げてきたわけだから、そこは疑う余地もない。
しかし、特務と言うと……意味的には特別な任務ということだが、何が特別なのかまではわからない。外部の俺からしてみれば、他人のプライバシーに土足で踏み込んで来られるのも特別かつ卑劣な任務に思える。どこがとりわけ特別なのだろうかと考えを巡らせる前に、雷豪が右手で拳銃のジェスチャーを示しながら答えた。
「一言で言ってしまえば、戦闘専門よ。正面から突撃して悪を懲らしめるエリートだね。銃の携帯だって許可されてる」
「銃……」
ふと俺はエアストから借りたパーカーの内ポケットに入れたままにしているベレッタを思い出す。
当然、一般市民は銃刀法による取り締まりがあるので、持っているだけで罪となるが、あれはエアストのものだと心の中で言い訳をする。というかエアストのものだとしても問題だ、きっと入手ルートは裏社会と繋がりのある欧米人のクリスだろうから、また後で彼に問い質すとしよう。
「その沢山いるエリートの中でも特に上から数えられるほどの超エリートがいるんだけど、その子に和希君の協力が必要でね」
「何の能力も持たない俺の協力が? 無理矢理拉致して来なきゃいけないほどに?」
「俺はこういうのに疎いから説明するのも難しくてさ。実際に会ってもらった方が話は早いかな……ちょっと予定合わせてみるか」
「簡単にでもいいんで、説明できませんか」
「んー、そうね……」
俺が若干身を乗り出してせがむと、彼は渋々といった表情で答えた。
「和希君、超能力適性ってわかる?」
「……正直よくわかってませんけど、文字面だけならなんとなく」
「あれってね、本人は自覚ないことが多いんだよね」
それを聞いて、客室のエアストの話を思い出す。
彼女は幼い頃から超能力適性というものがあって、それがどうやって存在するものなのかはわからないけれど、見つけた科学者の研究対象となって長い年月を過ごしたという昔話。
彼女も確かに、超能力適性を持っている自覚はないと言っていた。はっきり超能力者であるなら操れる超能力がその証明になるが、超能力の発現に満たない適性の有無などどう判断するというのだろうか。答えられる者は恐らくこの中にはいない。
「その超能力適性の中にも、かなり特殊なタイプが存在するって話なんだ」
「特殊?」
「ああ。超能力適性って言うと、普通は『超能力が発現し得る適性』を指す」
そして、エアストの場合は超能力開発の研究の被検体となった。その他、成長途中で偶然目覚めてしまいましたなんてケースもあるのかもしれない。
「けど、その特殊なタイプは――、」
俺だけでなく、こちら側に座る一同が揺れる人差し指を見つめながら集中して耳を傾けている。
文字通りの意味に含まれない、特殊な超能力適性とはどのようなものを示すのか。
彼が唇を動かし、その続きを紡ごうとした時。
――――ドォン!!
突如として乱暴な音が入口の方から聞こえる。
そちらを注視すると、両開きのドアを両手で勢いよく開けるスーツ姿の男の姿があった。
「……三上?」
雷豪がそう零したのを聞いて、俺も記憶を掘り起こす。あの短髪と営業向きの好青年じみた印象は、ここまで移動する際の車を運転していた男だ。初めて雷豪と会った時、俺を囲んでいた取り巻きの中にもいたのを薄らと覚えている。
つまるところ雷豪の同僚だということだが――胸のざわめきが収まらない。雷豪の納得のいっていない表情も一因だが、あの好青年に不気味なほどの無表情を向けられるのは、誰だって寒気を感じるはずだ。
「三上、お前今日は帰ったんじゃなかったのか」
あの中でもリーダー的存在だった雷豪が立ち上がって歩み寄るが……三上と呼ばれた男は答えない。
「……聞いてる? おい、三上?」
堂々と扉を開けて入場した手前、唐突に気を失うなんてこともないはずだが……あまりに微動だにしなくなってしまったため、ついに駆け寄った雷豪が名前を呼びながら彼の肩を揺さぶる。
まるで生気の感じられない瞳をした彼がされるがままになって――数えること、約五秒。
三上は雷豪の肩越しにこちらを見るなり、ニィと顔を歪ませて笑った。
「――いたぞ!! 女だ!!」
直後、開けっ放しの扉から雪崩込んで来たのは数人の黒服。
全員が真っ黒のスーツを着込み、グローブをはめ、そしてサングラスを掛けている。
――この軍隊じみた統一感には、見覚えがある。
「秦野の……!?」
愕然とするエアストを横目に見て確信した。
でも、どうやってここが特定できたんだ。一般人の寄り付かない辺鄙な地下に作られた施設まで、どうして目の敵にしている反社会的勢力の秦野の手下が。
黒服の声に応じるように、三上は雷豪の両腕を振り解く。ヤクザの登場に追いつけていない様子の雷豪は、何やら口の中で呟きながら俺たちの前まで下がった。
「三上、これはどういった了見だ……?」
彼は苛立ちを含んだ口調で訊ね、エアストも臨戦態勢で前へ出る。
そのふたりを三上は興味津々に見つめ、そして鼻で笑うと、ゆっくり、間延びした声で言うのだった。
「見つけた……米石和希さん……!」




