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黒羽根導くその未来  作者: 霜山美月
第1話 望まずして手に入れたもの
11/24

檻の中

30万ちょいでおニューのPC買いました


予約投稿忘れ続け仕事が多忙のため余裕もなく気付けば1ヶ月経っていました

申し訳なさ

 あれからどれだけ経過しただろうか。

 時計を見ることもできず、聴覚に頼りっきりな状況下では、時間感覚すら曖昧だ。

 ただ、かえってその分気付いたこともある。今乗っているこの車以外のエンジン音が、何ひとつ聞こえなくなっていた。

 ――目的地に近づいている。言われはしなくとも、それだけは直感的に理解できた。


 やがて――これはシャッター音だろうか。金属が擦れ合うような音が響き、一度停止した車体が再び動き出す。その後はそれまであったはずのあらゆる環境音が止み、エンジンの音だけが反響していた。

 トンネルか、それとも立体駐車場のような建築物の中なのか。視覚を奪われてしまってはそれすら見当がつかないが、俺の判断に構うことなく車は走り続ける。

 それから間もなくして車体はバックで駐車し、俺たちは手を引かれて車の外へと出た。


「ちょっと歩くけど、足元に気を付けてね」


 見えもしないのにどう気を付けろというのか、なんて喉から出かかった愚痴を押さえ込み、先導する声と靴音の方へ向かって歩き出す。視覚が奪われると聴覚が研ぎ澄まされるというのは本当で、彼に続くこと自体は難しくはなかった。

 両手を縛られている都合上、躓いてしまえば幼稚園児のような怪我の仕方をしかねないことに警戒するも、地面はずっと平坦なコンクリートが続いていた。


 これはエレベーターだろうか。言われるがままに歩みを止めると、声も響かなくなったところで何とも言えない閉塞感を覚え、間もなくして僅かな振動とともに身体が宙へ引っ張られていくような妙な浮遊感に襲われた。

 それが止まると、そっと背中を押されて再び歩き始める。さっきと明らかに違うのは、地面を踏みしめる感覚、そして靴音の広がり方だ。離れていても聞こえるような反響は止み、コツ、コツと乾いた音だけが鳴る。青年の手で何度も進む方向を補正されてはいたものの、ここでわざとらしく少し脇に逸れてみると、滑らかな素材の壁にぶつかった。紛れもなく、屋内へ入った証拠だった。


「はい、ストップ。この辺で目隠し外してもらおうか。静、その子の方よろしく」


 何分か歩き続けたところで青年の号令だ。俺たちは一斉に歩きを止め、目隠しの布が外されるのを待つ。そんな中、俺の耳に届いたのは、エアストが息を飲む音だった。


 布の擦れる音から察するに、きっと俺が最後。この邪魔な拘束を取り払い、眩しい視覚を取り戻した先にあったのは――、




「ようこそ、皆さん。対テロリスト国際連合『Atlantis(アトランティス)』、日本東京第三支部へ」




 高い天井に吊るされる昼光色のシャンデリア、床に隙間なく敷き詰められるのは赤を基調としたカーペット。

 ホテルのフロントのようにしか見えない煌びやかな空間で、青年はわざとらしく深くお辞儀をして俺たちを迎え入れるのだった。




 誘拐とは、犯罪である。

 勿論、その事実に関しては言うまでもなく、誘拐罪に該当すれば誘拐犯には懲役が言い渡される。

 ニュースではよく幼い少女が被害者として報道されているが、稀なケースと言えなくもない俺の場合とて対処は変わらない。親告罪ではあるものの、俺は未成年なのだから、法定代理人にあたる親が告訴することはできる。叶うことなら、あの極悪非道な青年らをさっさとしょっぴいて欲しかった。


 千葉県在住の高校生、米石和希は誘拐された。

 理由は不明。身代金目的なら労力を費やしてわざわざ俺ひとりを付け狙う意味がわからない。第一、あれだけの情報収集能力があるなら、誘拐に頼らずとももっと上等なやり方があるだろうに。


 冗談はさておき。問題はかの金髪の青年の発言だ。

 ――対テロリスト国際連合『Atlantis』。

 どこを取っても理解に苦しむ単語の連なりに、俺は首を捻るほかない。

 後に続いた『東京第三支部』なら辛うじてわからないこともない。この得体の知れない施設は東京に居を構えていて、今俺が捕らえられている場所以外にも複数が点在する。

 だが……対テロリスト、とはどういうことだろうか。


 アトランティスとは――俺が持っている知識はほとんどゲームで得たものだが、ギリシャ神話に関する大陸の名前だ。

 別称、『失われた大陸』。あくまで伝説に過ぎないものの、遥か昔に海中に没したから実在するだとかしないだとか、近年まで数々の論争が起きている題材でもある。

 そのアトランティスになぞらえてか、この施設は相当な地下にある。目隠ししながら案内された際、エレベーターで降下していく感覚があったし、この部屋に外を眺望できる窓はひとつもない。そして――恐らく、そうやって案内する必要があるほどには、一般人の寄り付かない、機密の場所だ。


 俺は今、拘束をすべて外され、それなりに値の張るホテルの一室にしか見えない部屋に放り込まれている。所謂、軟禁状態だ。

 ふかふかのダブルベッドに腰掛けながら、部屋の中を見回してみる。

 壁際に設置されたデスク、小型冷蔵庫、丸テーブル、大画面のテレビとマッサージチェア。窓はない代わりに、間接照明が部屋の中を心地よく照らしている。入口近くの方を見ればクローゼットとトイレ、そして浴室まで別に設けられている。ドアはオートロック式で、部屋の電気もキーホルダーを挿してつけるタイプだ。これをホテルと呼ばずして何と呼ぼうか。


 状況さえ忘れてしまえば数日だけとは言わず暮らしていけそうな部屋だ。閉塞感が気になってしまう人にはおすすめできないが、引きこもりの性質の強い俺にとっては十分すぎる物件と言える。問題は、この部屋を寄越してきた相手が誘拐犯だということだけで。


 デスクの上のコンセント周辺にはご親切にLightningケーブルが置いてあったので、勝手にお借りしてスマホを充電させてもらっている。一旦復活した時点で試してみたところ、どうやら施設内ではモバイルデータ通信が使えないらしい。機密性の高い施設なのだ、意図的に遮断されているに違いない。こうなってしまっては文明の利器も無用の長物だった。


 さて、今の俺にできることは適当にチャンネルを切り替えてテレビ番組を漁ることだけである。部屋の外へ出ること自体は咎められていないものの、廊下へ出たところで施設の出口はわからないし監視もあるだろうから脱出という選択肢は絶望的だ。

 敵に捕まらないために練ろうとしていた策も捕まってしまえば無意味なもので、抵抗手段は残っていない。これだけの窮地に立たされていながら、思考は酷く落ち着いている。もう踏ん切りが付いているのかもしれない。覚悟と呼ぶには杜撰すぎる、将来性のない感情が心を埋め尽くしていた。


 スマホの時刻を見ると、まだ夕刻だ。中途半端な時間に俺好みの番組は放送されておらず、消去法でクイズ番組を選んでリモコンを置いた。

 俺と一緒に捕らえられたあの少女なら解けるだろうが――素養の足りない俺には少々問題がハイレベルで、画面に映る回答者と一緒に視線を左上に彷徨わせていると、ピンポーン、とチャイムの電子音。

 立ち上がってドアを開けると、俺を魔の手から必死に救い出そうとあの手この手を尽くしてくれた結果、一緒に捕えられることになってしまった少女・エアストが、オフィスに置き去りにしたものと思い込んでいたチョコレートケーキとマックスコーヒーの缶を持って立っていた。


「……それは」

「組織の人間が取ってきてくれたらしい。食べ物を腐らせるべきではないという常識はあいつらにもあったということだ」

「そりゃありがたいね。……入る?」

「……ああ」


 立ち話もなんだし、というか囚われの身になったとはいえ体裁上何か話しておくべきかとエアストを中へ招き入れる。今朝まで彼女の家に入り浸っていたので、逆に彼女を入れるというのは不思議な感覚だった。


「クリス博士は?」

「チャイムに出なかった。たまたま離席中か、あるいは奴らについて行ったか、だが」

「トイレも部屋の中にあるのにわざわざ外に出る理由はないよな。……何事もなければいいけど」


 自称エアストの保護者であり、俺たちの手助けをしてくれようとしたものの、タイミングが悪くただ巻き込まれるだけの形になってしまった哀れな科学者・クリス。相談事をするなら是非彼も交えたかったが、不在なのであれば仕方がない。エアストが備え付けの小型冷蔵庫にケーキとマッ缶を入れに行くのを見送りながら、せめて彼が無事であることを祈った。


「見ての通り窓もなく、部屋から直接外へ出ることは不可能。地下だからいくつも出口があるとは考えにくい上、フロントまで出たとしてもセキュリティを突破できる手段はない。どう脱出するかより、どう奴らに上手く付き合うかを考えるべきか。そうして隙が生まれる可能性は低いけれど……」


 エアストは困難さの増した問題に直面していながらも、まだ助かることを諦めてはいない。一人分のスペースを空けてベッドに腰を沈み込ませ、軽く伸びをしてから額を押さえた。


「今のところは何しても無駄だと思うよ。監視カメラなんかそこら中にあるし、この会話が盗聴されている可能性だってある。作戦立てたって全部筒抜けだ」

「なら、説得しよう。対テロリスト国際連合……どういった組織なのかは名前程度にしかわからないが、きっと百パーセントの悪じゃない。話のわかる奴が中にいるはずだ」

「……無駄なんだよ」


 できる限り優しく諭すように、ゆっくり息を吐くように。

 俺は静かに笑いながら、仰向けにベッドに倒れ込んだ。


「それだけでかい組織なら上層部の命令で動いてるんだろうし、情に訴えかけたところで何も変わらない。というかまだ悲惨な目に遭うものだと決まったわけじゃないんだから、少しくらい楽観視させてくれ」


 それが本音だった。

 思い返せばこの数日間、色々なことがあった。

 始まりは友人と行ったカラオケの帰り。

 所属も目的も明かさない連中に拉致されかけたところをエアストに助けられ、彼女の家に匿われることになった。

 奴らを振り切るための手段を出来損ないの頭で考えられるだけ考え、特に思いつかないまま数日を過ごし、エアストに頼りきって暴力団に持ちかけた交渉は白紙に、何とか生還したかと思えば彼女が連絡もなしに消え、救出に向かえば相手は味方、今度こそ助かると思ったその時に奴らの手に落ちることになった。


 物事を悲観的に考えることは昔から慣れている。そうした方が失敗のリスクは未然に防げるし、言い訳を用意しておけば仮に失敗したとしても精神的ダメージを軽減できるからだ。

 それにしても、もう色々と考え疲れた。どちらかといえば、どう解決するかを考えるより、どうメンタルを保つかを考えていたことの方が多かったかもしれない。

 策を練らない限り助からないことくらいわかっている。でも、今はそれ以上に休息が欲しかった。他のことはどうだっていい。用事が終われば帰してくれるだろう、そんないい加減で根拠のない願望に逃れて、思考を放棄することを俺は選んだ。


 エアストが黙り込んでしまうと、クイズ番組の司会者の問題を読み上げる声だけが残る。

 ああ、この程度なら俺の頭でもわかる。初めて見たのは確か、授業前の暇潰しに古典の教科書をぺらぺらと捲っていた時。ひとつの災難を逃れても、また別の災難に襲われるたとえの故事成語は、前門の虎、後門の狼だ。今の俺を皮肉っているようで何とも気分が悪い。回答者より早く答えられてしまったことに満足することもなく、狼の胃の中で抵抗する気力も残っていない俺は、目を閉じて温かな光を遮った。


「……ごめん、俺は何もできてないのに」


 掌の熱で目を休めながら、謝罪する。

 嘆きたいのは、巻き込まれたエアストの方だろうに。

 彼女の顔を直視するのが怖かった。彼女はこれほどまで尽くしてくれているというのに、俺は自分の面倒すら見ることすらできない。挙句の果てに投げ出したくなる始末だ、行き場のない罪悪感に苛まれながら、実家暮らしの無職もこんな気持ちなんだろうかと誤魔化すようにため息をついた。


 お互い、口を利くことなく、数分が経過した。退屈なクイズ番組もいよいよ終盤で、誰が優勝するかだの一発逆転なるかだのと騒ぎ立てている。

 冷静になってみれば、ホテルの客室にしか見えない部屋のベッドの上に年頃の男女が一組というのも精神衛生上よろしくないシチュエーションだが、もう思春期ではないのでそれ以上に考えることはしない。

 もういっそ眠ってしまおうかと思考を停止させかけた時、少女の優しげな声が沈黙を破った。


「少し、昔話をしてもいい?」

「……何、クリス博士の真似?」

「あいつは……確かに口癖のようなものだけど。これは他の誰でもない、私自身の話」


 それは、クリスと同じ切り出し方だった。

 一度として自分語りをして来なかった彼女が昔話だなんて、どういった風の吹き回しだろう。真意は掴めないまま、俺は無言を答えに続きを促した。


「私は自覚がないんだけど、どうやら白峰静たちのような超能力の適性があるらしくて。昔、とある科学者に目を付けられた私は、超能力開発の研究の被検体に選ばれた。あの頃の私は信憑性の低いオカルトに関心があったんだろうか、どうして了承したのか覚えていない。超能力の適性なんて、どうやって調べたのかも想像がつかないのに」


 語り口で紡がれたのは、ほんの数時間前にクリスから聞いた話と一致していた。超能力に魅入られた狂気的な科学者と、被検体の少女の昔話。

 思わず息を呑みながら彼女の方へ目を向ける。エアストは、ふかふかの手触りを確かめるように掛け布団を撫でながら、過去を懐かしむように続ける。


「被検体の仕事も楽じゃなかった。超能力開発の過程で禁忌と言われる人間のクローン技術にも平気で手を出すような奴だった、そんな奴の研究に付き合って無事でいられるはずがない」

「……超能力とクローンにどういう関係があるんだよ」

「和希が思っている以上に、超能力という存在に酷く取り憑かれた奴でね。開発が上手くいった素体を複製できるか、なんて課題もあったんだろう。どこを目指していたのかはあいつにしかわからない」

「超能力者を自分の手で増やそうってか。ロマンではあるけど、現実でやろうだなんてさすがは科学者だな」


 人権もへったくれもない話だ。

 知っての通り、日本では人間へのクローン技術は法律で禁じられているし、世界的にも禁止する枠組みが存在している。全く同じ能力を持つ人間がふたり存在するというのは一方では便利かもしれないが、便利に感じるということは我々のいいように利用するということであり、クローンに人間としての尊厳を認めていないのに等しい。

 倫理的に問題があるのは勿論、行き過ぎれば奴隷制度の復活にも繋がりかねない。高い能力を持つ人間を思いのままに生み出せるというのはそういうことだ。その地獄を超能力者で生み出そうとしているのであれば――科学者とは言えどもたちが悪いことこの上ない。


 アニメやラノベの世界におけるキャラクター設定としては優秀な属性であるものの、現実で許されるべき行為ではない。

 それに関連して彼女の呼び名をふと思い返し――俺は少し戸惑いながら問う。


「こういうのを訊くのも気が引けるけど、エアスト――一番目というのも、それに関係していたりする?」

「いいや。私はそっちには無関係だ。正真正銘オリジナルだよ。あいつが本格的に手を出し始めたのは、私より後の世代だと聞いている」

「後の世代……?」


 愚問を力なく笑い飛ばしたエアストは、朧気な眼差しでクイズ番組のエンディングを眺めている。どこか物寂しそうな彼女を見ていられなくて、俺は上半身を起こしながら聞き返した。


「最終的に、私の超能力開発は失敗に終わった。奴は粘ったけど、他にいい被検体が見つかるや否や躊躇なく私を見捨てた……乗り換えたんだ。それ以降の研究は私もよく知らない。当時理解できたことはただひとつ……超能力者になることも許されなかった私は、数年の自由を奴に奪われただけだったということだ」


 コマーシャルに入ったタイミングでリモコンを手に取ってテレビの電源を切る。それだけでふたりの会話以外の音が何もなくなって、静寂が訪れる。

 間接照明に照らされて温かく燃えるような瞳は、そこではないどこか遠くを見つめているようで。


「あの科学者を許すつもりはない。復讐……というのは言い方が悪いが、これ以上犠牲者を増やさないためにも、あいつの研究を止める必要がある。だから、裏で繋がりのある――あいつの『情報』を持っているヤクザ連中とだって、コンタクトを取った」


 やがて決意を示すかのように、エアストは俺の方へ向き直って告げる。


「私は絶対にあの科学者を突き止める。そのために、まずはここから抜け出す。和希も助ける。私の我儘で、私の勝手だけど、ここで諦めるつもりはないから」


 据わった瞳に迷いはない。この一言で、俺は彼女に何を言おうが無駄だと悟った。

 俺の意思に関係なく、彼女は俺を助けようとする。

 俺が自ら動くことを諦めていても、彼女は強引に俺を動かそうとするだろう。

 好きにしてくれ、と小さく呟いた。そこまで言うなら、彼女の言う通りにするだけだ。上手く行けば感謝するし、裏目に出れば彼女のせいにするだけ。そう考えると、多少気が楽になった。誰かに責任を押し付けるというのは、メンタル回復の常套手段なのだから。


「でも、いきなりどうしてこんな話を?」

「この状況で私だけ事情を話さないのも不平等だろう。和希になら、わざわざ隠す必要もないだろうし」

「別に平等とか不平等とか俺は気にしないけど」

「……私の行く末を見守っていて欲しいんだ。私を知る、唯一の友人として」

「……保証はできないな」

「構わないよ。所詮は自己満足に過ぎないから。でも……和希と出会えたことに、私は感謝してる。今はそれだけでいい」

「……何だよ、今から死にに行くみたいに」


 エアストはおもむろに立ち上がると、ドアの方へ向かって歩き始めた。

 この短時間で彼女のことを多く知ることになった。

 超能力の適性があること。それ故にクリスの話していた科学者に目を付けられたこと。何年も被検体として自由を奪われていたこと。暗い過去を抱えていても、諸悪の根源に報いを受けさせるべく強く生きていること。


 平凡な俺なんかと比べればよっぽど凄惨な生き様をしているのに、俺の前で一度として挫折する様子は見せなかった。一番報われたいのは自分だっただろうに、俺のことばかりを考えてくれていた。

 そんな身なりで身勝手な恩を売られてばかりいるのは懲り懲りだ。ドアを開けて振り返るエアストに対して、俺は不敵に笑って見せた。


「じゃあ、また後で。私なりに、どうにか考えてみるから」

「ああ。頼りにしてるよ」

「……勿論」


 結局、作戦なんて何ひとつ決まっちゃいない。つまるところ行き当たりばったり、出たとこ勝負だ。

 俺とエアストにとってはある意味それが合っているのかもしれない。消去法と言われてしまえばそれまでだけれども。

 ドアから手を離し、踵を返してホテルで一度はやってみたいベッドダイブを試みようとした時――、


「和希」


 振り返ってみると、手慣れたセールスマンの如くドアの隙間に爪先を挿し込んでいるエアストの姿。何か忘れ物かとまた彼女の方へ戻ると、


「……鍵、部屋に忘れてきた」


 オートロックなる防犯機能に牙を剥かれた彼女は、心なしか頬を朱に染めながらぼやいた。

 俺たちの意味を為さない作戦タイムは、もう少し続くようだった。

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