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魅惑の女性は恐怖と表裏一体だった

それは冗談だった。


僕は少し残念な気持ちを抱えつつも、外から風呂の薪をくべていた。


この村では、料理する時や風呂沸かす時など、薪が不可欠なので、各所にある供給所みたいな所から薪を貰えることになっている。

この家の横にも、大量の薪が積んであった。


お風呂は昔ながらの、人が一人やっと入れるくらいの木桶だ。

外から薪をくべて沸かす。


水は村の各所にある、湧き水から汲んで来る。水ももちろん生活する上で不可欠なので、常時湧き水が溜まるようなスペースが整備され、村人はそこから水を汲みやすいようになっている。

竹の筒から常時湧水が流れ出てるので、水は常に新鮮だ。


お風呂の水を汲む場合は、両端に水桶をセットした天秤棒を肩に担いで行くので大変だ。

なので一回お風呂の水溜めれば、一週間くらいはそのまま替えず、風呂入る度に沸かすんだ。



それにしても鷹山さんは、どういうつもりであんなこと言ったんだろう?

なぜ鷹山さんだけ、村人が皆着る和服ではなく、都会の人が着るようなボディコンなのか?

なぜ掟を破ってまで僕を助けようとしてくれるのか?


どう考えてもおかしいんだけど、美人だからまっ、いいか・・・

というわけにはいかないか?


「いいお湯」

中から本当にリラックスできたかのような、鷹山さんの声が聞こえて来た。

気持ち良いみたいで僕も嬉しい。


それはそれで良いんだけど、僕を助けに来てくれたはずの(ひと)を、いつの間にか逆に僕が助けてるってどういうことだ?助けるってのはつまり、鷹山さんがお風呂入るために、僕が薪をくべてお風呂沸かしてあげてるって意味だけど。


十分お風呂は沸いたし、とりあえず家の中に入ろう。


それにしても確かに僕は許可したけど、初対面の人の家の風呂に入るなんて、一体どういう人だ?

こんな閉鎖的な村だし、世の常識ってもんをよくわかってない僕ではあるけど。


今日はワケわからないことだらけで、何だかいろんな考えやら思いやら感情やらが、ぐるぐる駆け巡って・・・

ぶつぶつ考えながら引き戸を開けると、信じ難い光景が襲って来た。


「うわーっ!!!」


僕は思いっきし、また引き戸を閉めた。


はぁはぁ。


またもや信じ難いものが襲って来て、息が荒くなった。


まっぱだった。


そう、まっぱ。


でも暗くてよく見えなかった。暗くてよく見えなかったけど・・・

何だか艶かしいというか、何かこの世のものとも思えない、何か美しい形のものが目の前にあった気がする。美しいオーラというかフェロモンというか、何かそういうものを発した何かがいた。

よく女性の裸の美術画があるけど、美しいものを描きたいという心理、分かった気がした。



僕は恐る恐る、そーっと、また引き戸を開けた。


明らかに先ほどと同じものが目の前にあったけど、それは今度は風流な浴衣を纏っていた。

鷹山さんだった。

浴衣持参してたとは、初めから風呂入る気満々だったのか。


「あれ?」

「どうしたの?」

「あっ、いや、何でも・・・」

「まさか私の全裸でも見た?」

「えっ!!」

思いっきしデカい声を張り上げてしまった。

「それはきっと幻よ」

「えっ?」

この(ひと)は一体どういうつもりなのか、何が目的なのか、僕をからかっているのか?ワケわかんなくなって来た。


「人間ってね。自分の見たいものを、脳が補正して、見えるように出来てるの」

「えっ?」

「私の全裸が見たいと思えば全裸が見えたり」

「えっ?」

「恐怖のあまり、そこに幽霊がいるかも知れない! って思えば、幽霊が見えてしまうの」

「えっ?」

「恐怖のあまり、何か獣みたいなものがいる! って思えば、何だか本当にそういう化け物がいるように感じてしまうの」

「えっ?」


・・・何を言ってるんだろう?

何だかこっちのこと、というか、まるで僕の心理というか心の内を見透かされているような・・・

僕が何か獣のようなものがいたと感じたこと、知ってるのか?

この人は一体何者なんだ?


こう言っては失礼だけど、何か得体の知れない、恐怖が目の前に立っている・・・

と思った瞬間、それは“エロ”の見間違いだと判明した。


「なぁんてね」

大人の女性の魅惑的な笑顔があった。


ただただぽかんとするしかなかった。


そんな僕の様子に気付いているのかいないのか、立て続けにもしかしたらけっこう重要なことかも?という言葉が投げかけられた。


「ここは黒い雨、黒い霧とか日常茶飯事でしょ? 汚なくて湿っぽい中にいつも浸かってるわけだから、常にお風呂に入って、そういう汚いものを洗い流さないと」

確かにそうだ。ここに生まれてからこのかた、特に気にも留めたことはなかったけど。

ここの村人はもしかしたらけっこう頻繁にお風呂に入る習慣が身に付いているのかな? 全く気付かなかった。

そういえば両親は、休日とか余裕のある日は朝と夜2回入ってたような。


「総純君も早くお風呂に入りなさい。私が入ったばかりだから、まだお湯熱いし」

「あ、そうですね。分かりました。僕もこれから頻繁にお風呂入るようにします」

「1日3回は入りなさい」

「えっ? 3回? 鷹山さんは冗談もお上手なんですね。ハハハ。早速入って来ます」

鷹山さんに背を向けて、風呂場へと向かった。


「冗談で言ってるんじゃないよ!!」


背後から電撃が走り、僕の体を貫いた。

僕は恐怖に凍りついた。


「お風呂には1日に何回も入る方が良いよ」


恐る恐る振り返ると、大人の女性の魅惑的な笑顔があった。

「どうしたの? 幻聴でも聞こえた?」

「えっ?」

「もしかして私のこと、内心では怖いと思ってるのね?」

「えっ?」

「分かった。私はあなたの担当から外れるように言っておく」

「えっ?」

「せっかくゆくゆくは、一緒にお風呂入れれば・・・って思ってたのに」

「えっ?」

鷹山さんは引き戸を開けた。

「もう二度と来ない。さよなら」

恐くて魅惑的で得体の知れない何かは、引き戸を閉めて去って行った。


何だかとてつもない後悔の念に襲われた。僕はとてつもない大事な何かを失った気がした。でも同時に、恐怖から解放された気もした。

何が何だかワケわかんなくなったけど、とにかく追いかけなきゃ・・・

そう思って引き戸を開けた。


「うわぁぁぁあ!!!」

大人の女性の魅惑的な笑顔がスッゴい近くに迫って来た。


「なぁんてね」

僕はただただ呆然とした。


「明日の朝、学校行く頃に迎えに来るね」

「えっ? 学校?」

「私が入ったばかりのお湯、十分堪能してね」

大人の女性の魅惑的な笑顔は去って行った。

艶かしい、魅惑的な女性の魅力に、ほんの少し子どもじみたチャーミングさ、小悪魔的とでもいうのか、そんな得体の知れない魅力も加えた残り香を置き土産にして。


最後に言った言葉の意味、何となくわかるようなわからないような・・・

あれ、何か口の中から何かの液体がだらしなく垂れてきた。

今の僕は何だかとてつもなくだらしない顔をしている気がする。


とにかく風呂に入ろう。何だかニヤニヤしてきた・・・


「えっ?・・・」


風呂に入ろうとしたら、信じ難い光景が僕のにやけた顔をひきつらせ、凍りつかせた。

赤い何かがあった。


人がやっと一人入れるか入れないかというくらいの大きさの木桶のお風呂・・・

鷹山さんが入った後のお風呂は・・・

血のお風呂だった。

今までに見たことのないような、鮮やかすぎる赤い血のお風呂。


「うわあああああぁぁぁぁあああ!!」

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