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光と影 ~天使と悪魔の出会いと別れ~  作者: 御蔭クリケット
第二章 タチバナヨーコと天使の力
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第二章 タチバナヨーコと天使の力 4 オーヤマ

 地球の温暖化が危ない。


 IPCCによる地球温暖化の分析・予測をまとめた第四次報告書「気候変動二〇〇七――自然科学の論拠」によれば、過去百年間で地球の平均気温は〇.七四度上昇した。第三次報告書では平均気温の上昇は〇.六度と報告されており、第三次報告書の時の分析より地球の温暖化が加速していることが分かった。このまま化石燃料依存型の社会が続けば、今世紀末には平均気温は六.四度、海水面は五十九センチ上昇すると予想されている。北極海の海氷は二十一世紀後半の晩夏にはほぼ消滅してしまう。


 でも、一番危険なのは、地球の温暖化自体ではないと、オーヤマは思う。


 専門家が分析・予測し、方向性を示したとしても、化石燃料依存型の社会を本当に変えようとしない。地球の温暖化なんてグローバルな話題は、一般市民にしてみれば、大きすぎる問題で、個人的に何かをやったとしても、温暖化なんて止めることなんかできない。そう思って、警告が発せられているのに何もしようとしないのが一番危険だ。


 地球温暖化だから、何かしようと思ったことある? オーヤマは全ての人間に問いただしたかった。危険だと思っても、何かをしなければ、意味がない。


 オーヤマ自身、地球の温暖化に危機感を抱いていない。人間自身が生み出した科学によって、環境が破壊され、種が絶滅し、戦争が起こる。だけど、その科学が今の生活を形作っている。電気はスイッチを入れれば付き、電車やバスはダイヤ通りに運行し、テレビは深夜まで放送してる。今の生活を削ってまで、地球温暖化を食い止めなければいけないなら、このままオーヤマ自身が楽しい生活を送って、地球を傷つけてもいいじゃない。


 温暖化は危ないだなんてテレビで訴えたって、テレビ局は視聴者が少ないのに深夜番組は無駄に垂れ流し、地球に優しい太陽光発電を導入するには発電する電気代以上の設備投資が必要だ。人々は税金が上げるだけでも反発するのに、世界全体のための地球温暖化のために、全国民がお金を出そうと思うとは思えない。


 オーヤマは一時間ほど鴨川で悪魔の力の使い方を練習し、大学のキャンパスへ移動していた。


 悪魔の力の使い方には慣れた。


 悪魔の力は吸いこまれるような黒い力だった。悪魔の力に触れた物質は滅び、そして滅びが伝播する。煙草の先端が力に触れただけなのに、その力は煙草全体を灰にしてしまった。そして、滅びが伝播するスピードは使用者の心の闇が強い方が速くなる。幸せ者が悪魔の力を手にしても、利用価値は少ない。


 だからこそ、悪魔は俺を選んだ。心に多きな闇を抱く自分を。

 そう思い、オーヤマは頭を掻く。


 まったくやっかいごとに巻き込まれてしまったわけだ。


 悪魔の力に抗することができるのは、生命の力。悪魔の力に触れた物質は滅びが進行するが、悪魔の力に生命が触れた場合には必ず滅びが伝搬するとは限らない。生命の持つ成長のエネルギーが、悪魔の滅びのエネルギーとぶつかり合い、生命の死を防ごうとする。生きたいという気持ちが、悪魔の死のエネルギーに屈した時、物質と同様に生命もまた滅びが伝播してしまう。


 悪魔は鴨を殺したが、オーヤマにはまだ生物に対し力を行使することができなかった。ただ鴨川の河川敷に生えている雑草に向かって力を放っただけ。心の闇の深さにより悪魔の力の大きさが変化するため、興味本位で解き放った力では雑草の生命を奪うことはできなかった。悪魔の力を使うなら、行使する相手を殺戮してやるという強い意志がなければダメらしい。


 悪魔の力は、エネルギーとして放出することもできるが、使用者が想像した物質に固体化させることも可能だ。悪魔が鴨を標的にして放った槍も固体化した例だ。


 そして、相手を滅ぼす攻撃の力であると同時に、相手からの攻撃を防ぐ盾にもなる。その場で力を放出させ天使のエネルギーを相殺するバリアとして使用したり、あらかじめ力を固体化し盾を作り、それで身を守ることもできる。


 悪魔の力の行使にはただ心の闇が深ければいいというわけでなく、力の使用方法に対する応用力も必要だった。


 オーヤマは、漆黒のスナイパーライフルを生み出し、その出来映えに満足した。ライフルにはスコープが付けられ、自分の思った倍率に自在に変化する。悪魔の力は重力も受けず、空気抵抗もなく、風に流されない。つまり、スコープの照準が合えば、必ず命中する。ただし、個々の弾丸のパワーだけが問題となる。一発一発にできるだけの憎悪を込めなければ、致命的なダメージを与えることはできない。


 いつでも敵対者と戦う準備はできている。残された問題はまず天使に選ばれた敵対者が誰であるのか分からないということ。そして、そもそもオーヤマ自身が敵対者と戦うべきであるのかということ。勝利した時に、たった一つ叶えられる願いはすでに決まっている。しかし、自分自身の欲望のために、一人の人間の命を奪うことがそもそも考えられなかった。


 別に悪魔に選ばれたからといって、悪魔のような人間ではない。

 オーヤマは、至って普通の大学生だった。


 敵対者はすぐ近くにいる。オーヤマはそう感じ取る。今いる大学のベンチの北側で、三つの力が出現し、争っている。その中の一人が、オーヤマの倒すべき敵対者だ。


 後はオーヤマの体がどこまで持ちこたえることができるかだった。首が少し痛んだが、敵対者と戦うには問題がないだろう。


「戦う気なんてないだって、お前らは困らないかもしれないけど、俺の方は困っちゃうんだよなぁ」

 オーヤマの目の前に突如、甲冑の悪魔が出現した。


「天使に選ばれたやつと戦うために、お前は悪魔に選ばれたんだぜ。そんなあんたが戦いたくないだなんて考えていたとしたら、今年は悪魔の人選ミスだったなんて指摘されかねない。それも天使さんにねぇ。せっかく悪魔の力を手に入れ、やろうと思えば、その力を思う存分行使して、女としけこむことだってできる。銀行強盗すれば、使い切れないほどのお金だって手に入れることができるし、どんな軍隊が向かってこようとも悪魔の力さえ使いこなせれば、絶対に負けることはない」


「俺はやりたいようにやらせてもらう。あんたの指図は受けるつもりはない」


「だから言っているだろう。それじゃ困るんだよ」

 これまでが友好的であったため、オーヤマは悪魔の動きへの対応が遅れた。悪魔の右手がオーヤマの喉を掴み、腕の力だけでオーヤマの体を持ち上げる。大学のキャンパスに座っていたオーヤマの両足が地面から離れた。オーヤマは悪魔の手を引き離すため、両手でがっちりと悪魔の腕を掴む。


 オーヤマは悪魔の力を行使しようとした。

「ムダだ」


 オーヤマから溢れ出した漆黒のエネルギーが悪魔の体に触れると、漆黒の力が悪魔の体の中に吸収されてしまう。


「悪魔の力を悪魔に対し使ったとしても効果はないんだよ」

 ぐぅっとオーヤマの喉が鳴った。どんなに力を入れても、がっちりと喉を掴んだ右腕はびくりともしない。酸素の供給がなくなり、オーヤマの顔が赤くなっていく。


 オーヤマは再び力を行使した。


「だからムダだって――」

 オーヤマは悪魔の力を管状に固体化し、悪魔によって潰されている気管に押し込める。


「面白い。お前も悪魔の力の使い方になれてきたじゃないか」

 悪魔が右手をいきなり離したため、オーヤマは尻から地面に落ちた。喉をさすりながら、オーヤマは立ち上がる。


「でも、俺様も遊んじゃいられない。手っ取り早く行くぜ」

 悪魔は両手でオーヤマの顔を挟み込んだ。オーヤマの鼻と悪魔の鉄仮面がくっつくくらい顔を寄せると、


「大丈夫。痛くない」

 そう言って、悪魔は持っている力を全て解放した。悪魔の体から溢れ出した七つの大罪が、一気にオーヤマの体を包み込んでいく。


「何をした」

 オーヤマは自分の心が悪魔によって腐敗していくのが分かった。今自分に残っていた良心が消えていき、暗い、太陽の光も吸収してしまうような絶望が心に充満していく。


「よろしく頼むぜ」

 オーヤマは悪魔の力を行使し、漆黒のマシンガンを作り出した。オーヤマの頭上に闇が生まれる。オーヤマの心の叫びが、キャンパスを包み込み、太陽は出ているはずなのに、空一面に暗雲が立ちこめたかのように、太陽の光が遮断され、辺りがすぅっと暗くなる。


 タタタタタ――

 オーヤマは空に向かって、マシンガンを撃った。


 戦闘準備はできている。あとは天使に選ばれた敵対者を呼び込むだけだ。


 オーヤマは、マシンガンを構えると、手当たり次第キャンパスに来ていた人間に向かって、悪魔の力を放出し始めた。一人、また一人と、マシンガンの弾丸に触れ、何が起こったのかも理解できずに倒れていく。悪魔の力は直接命を奪うわけではない。絶望を呼び起こす悪魔の滅びの力を、人間の持っている意志の力で、打ち勝つことができれば、死ぬことはない。今、銃弾を受けて倒れた人間は、自分の心の中で自分自身の心の闇と戦っている。


 オーヤマの心は闇に染まった。


 ががぁぁぁぁ――

 オーヤマの身体から一気に悪魔の力が放出する。


 その力は空高く舞い上がり、絶えることがない。数分後には暗雲のように空一面を黒い力が覆い尽くし、台風のように力が渦巻き始める。


 貪食、淫蕩、強欲、悲嘆、怒り、怠惰、虚栄心、傲慢。七つの罪源が、オーヤマの精神に深く入り込む。その罪源により、オーヤマの漆黒の力、悪魔の力は、攻撃力の強さだけではなく、その力に触れた人間の精神への影響力を増した。


 ががぁぁぁぁ――

  ががぁぁぁぁ――

   ががぁぁぁぁ――


 俺はまだ死ぬわけにはいかない。

 オーヤマの体からは漆黒の力が溢れ、煙突から煙がもくもくと上昇するように、空一面に広がっていく。


 そのオーヤマは、大学の時計台を目指して歩き、近づいてくる人間に対して、容赦なく、マシンガンから漆黒の弾丸を打ち込んでいく。


 オーヤマは大学の時計台に辿り着く。

 空に広がった悪魔の力が空から時計台に向かってゆっくりと降下していく。悪魔の力が大時計に到達し、地面から空へと竜巻のように渦巻く柱ができあがった。


 そして、地上からはオーヤマの体から漆黒の力が溢れだし、時計台を包み込んでいく。


 時計台は周囲を漆黒の力に包み込まれ、そして、天まで続く、塔になった。

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