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第9話 僕には簡単すぎてつまらないよ

「師匠、あそこに『試験会場はこちら』って書いてありますよ!」

「そうだな」


 カイトに先導され、俺は会場へと向かった。


 屋外の訓練場らしい。

 すでに入学希望者と思われる少年少女たちが集まっていた。


 入学試験は毎年この時期に、数日間に渡って行われるという。

 今はちょうどその期間であり、だからこそそれに合せてこの都市にやってきたのだった。


 天候の関係でもっと遅くなる可能性もあったのだが、むしろ予定より早く到着したため、余裕を持って試験を受けることができそうだ。

 まぁ天候くらい、どうとでもなっただろうけどな。


「受験生の人はこちらで受付用紙を記入してください」


 開場に入ると、スタッフらしき女性にそう呼び掛けられた。

 それに従って、用紙に必要事項を書いて渡した。


「えっと、アレルさんですね。カインズの町の出身、と。職業は……え? あの、書き間違えてませんか?」

「いや、間違いではない。俺は《無職》だ」

「つまり、スキルも何も書いてないのも……」

「何も持っていないからな」

「……」


 スタッフの女性は押し黙ってしまった。


 ふむ。

 やはり思っていた通りの展開になってしまったか。


 これだと試験を受けることもできず、門前払いに――


「で、では、受験番号は十二番になりますので、呼ばれるまであちらで待機しておいて下さい」


 ん?


「いいのか?」

「一応どんな職業であれ、試験を受ける権利はありますので……」


 どうやら受けて良いらしい。


 助かったな。

 もし受験資格すら貰えなかったとしたら、直接トップに直談判に向かおうと思っていたのだが、その手間が省けたようだ。


 カイトも受付を済ませたようで、こちらにやってくる。


「さあ、師匠! 行きましょう!」

「ああ」

「にしても、師匠くらいの人なら試験免除にしろって話ですよね」


 こいつ発言をさっきのスタッフが聞いたらどんな顔をするのか、少し気になるところだ。


 試験の内容は至ってシンプルだった。


 数十メートルほど離れた位置にある的――金属製の人形のようだ――へ向かって魔法を放ち、当てるというものだ。

 恐らく魔法の威力や命中率、あるいは発動までの時間などを見るのだろう。


 一人ずつ順番に番号を呼ばれ、受験生が魔法を発動していく。

 赤魔法を学ぶための学院なのだから当然だが、全員が赤魔法だ。


 ファイアボールが大半だが、中にはファイアランスといって、槍状の炎を撃ち出す魔法を使った者もいた。


 しかしあの的に使われている人形、ただの金属ではないな。

 さっきから何発も炎を浴びているというのに、まったくの無傷だ。

 鉄や銅でも多少は表面が溶けるはずだ。

 もしかしたらミスリルか何かでできているのかもしれない。


「では次。受験番号、十一番」


 俺の一つ前の番号だ。

 試験官らしき中年男性に呼ばれて、一人の少年が出てくる。


「ほう。その歳で《魔導師》か」


 先ほど記入した用紙は試験官に渡されるのか、手元のそれを確認しながら感心したように呟いている。


《魔導師》というのは【上級職】だ。

 恐らくあの少年は最初の祝福でそれを与えられたのだろう。

 もちろんかなり珍しいことである。


「……まったく。こんな子供騙しのような試験、僕には簡単すぎてつまらないよ」


 幼いながらも気品を感じさせる容姿をしたその少年は、どこか気障っぽく不敵に吐き捨てる。

 庶民には手が届かなそうな上等な衣服を身に付けているし、もしかしたら貴族の子供なのかもしれない。


 彼は試験官に訊いた。


「あの人形、僕の炎で壊しちゃっても大丈夫かな?」

「ああ、構わんぞ」

「それなら多少はやりがいがありそうだね」


 俺の横でカイトが不愉快そうに言った。


「師匠、なんか生意気な奴ですね、あいつ」

「お前が言えたことじゃないと思うぞ」


《魔導師》の少年は的に向けて手を翳す。


「焼き尽くせっ、イラプション!」


 人形を中心に、天を突くかのような巨大な火柱が立ち上がった。

 一瞬遅れて押し寄せてきた熱風に肌が炙られ、さらに大量の火の粉が降り注いでくる。


 火山の噴火を思わせるその赤魔法は、これまでの受験生たちが使ったものとは一線を画する威力だった。


「す、すげぇ……」

「あれが《魔導師》……」

「本当に私たちと同じ受験生なの……?」


 俺の横ではカイトも目を丸くしていたが、


「た、確かになかなかやるみたいだけどよ、おれの師匠の方がずっと凄いぜ!」


 何でお前が勝ち誇っているんだ。


「ですよね、師匠?」


 と、そんなカイトの言葉が耳に入ったらしく、先ほどの少年がこっちにやってきた。


「今のは訊き捨てならないね。そこの師匠とやらが僕以上の使い手だって?」

「その通りだ!」


 カイトが応じる。


「ははっ、さすがは平民、僕ら貴族には理解できないような面白い冗談を言う」

「んだとっ?」


 やはり貴族だったらしい。

 だがカイトはそれを知っても物怖じすることなく、それどころか今にも殴り掛かりそうな勢いだ。


「おい、落ち着け」

「師匠っ……」

「どうやらその師匠とやらの方はまだまともな頭の持ち主のようだね。ちゃんと僕との実力差が分かっているようだ。実際、金属でできたあの的を炎で溶かすなんて、たかが《魔術師》程度には不可能だからね」

「いや、的は元のままだぞ」

「はっ、何を言ってるんだい。僕のイラプションに、耐えられるはずが――っ!?」


 俺の指摘に鼻を鳴らした少年だったが、自分の目で見て愕然としたように息を呑んだ。

 人形はまったく変わらない姿でそこに立っていた。


「あれはただの金属製じゃない。恐らくミスリル製だな」


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