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癒しのポトフ①

 その日、私は街を歩いていた。

 

 最初にジルさんから買ってもらった服や消耗品が底をつきかけていたからだ。

 ランチ時の繁盛店になったジルさんのお店。まあ、お店というかテイクアウトの屋台みたいな雰囲気になっているが、お店の維持費や生活費を引いても、余裕が出るくらいの売り上げにはなったようだ。

 サンドイッチを売り始めてから早一か月。ようやく、私はお給料をもらうことができた。これまでは、現物支給だったから困ることはなかっただけどね。


「おう、マユ! もうサンドイッチは売れちまったのかい?」

「はい。今は明日の仕込みをしているところですよ。おじさんのとこは調子どうですか?」

「うちかぁ? この間、大量の肉の入荷があったからな! 景気はいいぜ!」

「そうなんですね! また、買いにいきます」

「おう! じゃあな!」


「あら、マユちゃんじゃない。また、ジルにおつかい行かされてるの?」

「こんにちは。今日はお使いじゃなくて、私の買い物です。洗いにつかう古布とかチコの実がきれちゃって。ジルさん、そういうのあんまり気にしないから」

「やだねぇ。男所帯はそういう所がずさんで。マユちゃんもジルのとこが嫌になったらうちにいらっしゃい? いっぱい、綺麗にしてあげるわよ」

「そうならないように頑張ります! では、失礼します」


 この街に住み始めて一か月。

 それなりに知り合いも増えていく頃だ。肉屋のご主人や、夜の飲み屋の女将さんと雑談をしつつ、私は雑貨屋へとやってきた。ちなみに、チコの実というのは石鹸みたいなものだ。山にいけば腐るほど生えているらしく、これをすりつぶしながら使うと、身体も食器もあら不思議。あっという間に綺麗になる。石鹸みたいにいい香りはしないから値段は庶民の味方なのがありがたい。それでも、使わない人のほうが多いみたい。私には耐えられないけど。


 この一か月で、私はこの世界――というよりもイーヴァルでの生活に段々と慣れてきた。生活の至る所に魔導具が使われていて、そんなに不便は感じなかった。そして、私がこの世界に慣れていくのを同じように、この世界の人もサンドイッチに慣れてくる。お客さんのサンドイッチ熱は落ち着き売り上げも以前より下がったが安定してきた昨今。ようやく、お店の中で食べるメニューを考える時が来たのだ。

 今日の夜はその打ち合わせの予定。


 私はどんなものを作ろうか、想像を膨らませながら家路についた。


「ジルさん、ただいま」

「お帰り、マユ。待ちわびたよ」


 私が店に入ると、そこには当然ジルさんがいたのだが、返事を返したのは別の人。イーヴァルの街の衛兵であるハンスさんがこちらを見てほほ笑んでいた。そして、その横には見慣れない一人の少年が座っていた。ジルさんは、カウンターの中で頭をぐしゃぐしゃと掻きむしっていた。


「こんにちは。ハンスさんがこの時間にいるなんて珍しいですね。お休みですか?」

「ああ。店をやっていないんだから暇かなって思ってね。今日は頼みがあってきたんだ」

「頼み……ですか?」


 私は思わずハンスさんの隣に座っている少年に視線を向ける。するとハンスさんはなぜだかぎこちない笑みを浮かべてその少年の頭をガシガシと撫でまわした。


「こいつに料理を作ってやってほしいんだ。あのサンドイッチみたいに、とんでもなく美味いやつをさ」


 私が少年を見ると、彼は視線を避けるように背中を丸めてしまう。

 その様子をみたジルさんは、大きくため息を吐いていた。


 ◆


「腕が……動かない?」

「ああ。この前、街の外で大量の魔獣が湧く事件があってね。もちろん、俺達も駆り出されたんだ。その時に怪我をしちゃってね。後遺症で、もう戦うことができないんだ」

「そんな」

「まあ、完全に動かないわけじゃない。前線には出れないが、衛兵を辞めなければならないほどじゃない。だが、やっぱりね……」


 少年は、改めて事実を突きつけられたせいか、顔をくしゃくしゃにして歯を食いしばる。

 それだけ悔しいんだろう。

 若くして身体にダメージを受けた代償は大きい。仕事を辞めなくていいというのは幸運だろうけど、きっと夢をもって衛兵になったんだろう。戦えないというのは、彼にとって夢を壊されたのと同じことかもしれない。それでなくても、腕が動かないというのは生活に大きな支障がでる。喪失感はきっと心を引き裂くほどの苦痛だろう。


「それで、こいつはうちにきたってわけだ。そんなこと言われても、今うちで出してるのはサンドイッチしかないんだが……」

「だからこそなんだ!」


 ジルさんがぼやいた直後、ハンスさんは急に立ち上がり声を上げた。


「あのサクリ、という小気味よい音……。パンを噛みしめたときの小麦の香り。その香りに酔いしれている最中から、ザク、パリ、シャクという三種類の食感が立て続けに襲い掛かってくる……。噛みしめると小麦と酵母の甘味が溢れてくるパンの後には、ベーコンの強烈な香りと油の旨みがやってくるんだ。どうしてこんなにベーコンの香りが強いのだろうか。そんな疑問をかき消すくらいの鼻腔をくすぐる燻製の香り。堅そうに思えたベーコンは、パリパリ、カリカリといった食感でむしろ心地よく、噛みしめるごとににじみ出る油はパンと混じりながらおいしさを強調する……。一見するとくどいようだけど、それを第三の触感であるシャクシャクレタスが中和するんだ! あの三位一体の味、俺には、これ以上がないんじゃないかってくらい美味しかったんだ! そんな料理を食べれば、スードルだってきっと元気を出すに違いない! そう思ったんだよ!」


 ハンスさんがすさまじい剣幕で熱弁をふるう。

 褒められたのはうれしいけど、あまりの勢いに私もジルさんもきょとんとしてしまった。そんな雰囲気を察したのか、咳ばらいをして座りなおしたハンスさんは、柔らかなほほ笑みを浮かべて呟いた。


「それだけ美味しい料理を食べれば、スードルも元気がでるかなって思ったんだ。だから、頼まれてくれないかな? このとおり!」


 そういって頭を下げるハンスさん。私とジルさんは視線を交わしながら困惑だ。

 だが、見方を変えればちょうどいいんじゃないだろうか?

 

 今日、私とジルさんは新メニューの話し合いをする予定だった。

 なら、ハンスさんと同じく、スードル君? にも味見をしてもらえばいいんじゃないかな? そうすれば、反応も見れるし、私達作る側も気合が入るというものだ。私はそっとカウンターに入ってジルさんとそのことを相談する。


「――というわけで、どうでしょう? 料理を作る代わりに新メニューの意見を聞くというのは」

「それは別にかまわないんだがな……」


 なんとも歯切れの悪いジルさんの様子に、私は思わず首を傾げた。


「えっと、何か問題でも?」


 私の問いかけに、静かに首をふるジルさん。


「いや、大丈夫だ。やろう……というわけで、ハンス。どうせ聞いてたんだろ? 料理は作ってやるから、食べるなら明日だ。明日、夕食時に来い」


 カウンターに座っていたハンスさんは、ジルさんの読み通り耳を澄ませていたようだ。

 嬉しそうに破顔すると、スードル君の肩を叩いた。


「お! ありがとね、ジル! ほら、スードルも。一緒に明日、食べに来よう」


 そういったハンスさんの手を、スードル君は唐突に振り払った。


「いい加減にしてください! 別に、俺はここの飯を食べたいだなんて思っちゃいない! ハンス先輩も余計なことしないでください! ジル先輩――いや、こんなやつが……戦いから逃げたやつの料理なんか食べたくもない! もう帰ります! 失礼します!」

「なっ――まて! おい! スードル!」


 そういって、スードル君は駆け出していった。ハンスさんも引き留めようと手を伸ばしたが、その手が何かをつかむことはなかった。

 振り向いたハンスさん笑みはどこか力がない。


「悪かったね。あんなことを言うなんて思ってなかったんだ……」

「いや、いい。気にしてないさ。事実だからな」

「スードルはジルを慕っていたから……喜ぶと思ったんだけど、逆効果だったかな」


 一人、話題に取り残された私は、二人を見比べながらおろおろすることしかできない。

 そんな私をみたハンスさんは、ジルさんに目配せをすると穏やかな表情で口を開いた。


「ジルはね。この店を継ぐまでは衛兵の一人だったんだ」

「え!? そうだったんですか!?」

「しかも、スードルのような若者が憧れる存在でね……この街の衛兵団長だったんだよ。ジルは」


 私がぱっとジルさんをみると、気まずそうに視線を逸らしていた。


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