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サンドイッチと親の影③

 ハンスさんもジルさんも、サンドイッチをじっと見つめていた。

 あまり、こっちの世界には見ない感じなのだろうか? 私は少し心配になり二人の様子を窺ってた。


「たしかに、とっても美味しそうだね……漂ってくる香りも、食欲をそそられる」

「ああ、そうだな。これだけでも十分美味そうだ。……親父の料理に、そっくりだ」


 ジルさんはお父さんの料理だと言っていた。じっと見つめるその眼差しの向こうには、亡くなったご両親が見えているのだろうか。

 ジルさんはご両親が亡くなったから店を継いだっていっていた。きっと、ご両親のことも、このお店もとても好きだったに違いない。そんなジルさんの家族想いな部分を垣間見て、私も思わず胸が熱くなった。

 

 ジルさんは、二人ならすごい料理が作れるかもしれないって、そういう理由で雇ってくれた。

 けど、本当はすこし違うんじゃないだろうか。

 本当なら、見るからに怪しい私なんて雇いたくないだろう。料理の件があったとしても即断できることじゃない。

 きっと、ジルさんは私に同情してくれたんだろう。ここの場所がどこだかわからず不安になっている私を、不憫に思ったのかもしれない。

 それも、きっとジルさんの優しさなんじゃないだろうか。


 私は、異世界から迷い込んだ迷い人。

 そんな私は、もう家族には会えない。この世界で一人きり。でも、孤独なのは私だけじゃなく、ジルさんもだった。ご両親を亡くされて、一人きりだったジルさんは、私に手を差し伸べてくれた。

 自分もつらい状況なのに、それなのに私にこんなにも優しくしてくれて。

 本当にありがたいことだと思う。

 そして、とてもとても優しい人なんだと思った。まあ、言葉づかいが荒かったり、態度もぶっきらぼうだったりと、不器用なんだなとは思うけど。


 だからこそ、私がつくったこのサンドイッチが、ジルさんにとって美味しいものだといいな……そんなことを強く思った。

 ご両親の面影が透けて見えるこのサンドイッチ。

 所詮は私があり合わせで作ったものだけど、私の感謝の気持ちが伝わればいいなと心から思う。


 どうか。

 どうか、ジルさんが美味しいって思えて、少しでも幸せな気持ちになれたら……。


 そんなことを、私は強く願っていた。


 その刹那――。


「えっ――!?」


 私の手元が輝きはじめ、そしてその光りは私共々あたりを包んだ。


「ジ、ジルさん!?」


 思わずジルさんの名前を呼んでしまったが、ジルさんも驚いた様子でその光を見つめている。

 やがて光は目の前のサンドイッチへと吸い込まれていき消えていった。私は、光りを吸い込んだであろうサンドイッチを、じっと見つめている。


「えと……これって」

「魔力を込めたのか?」


 ジルさんに聞かれて、私は反射的に首を振った。

 そりゃそうだ。

 だって、魔力を込めるとか私にはわけがわからない。ただ、美味しいって思ってほしいって思っただけなんだ。

 訳の分からない現象に、文字通り開いた口がふさがらない。


「私にも何がなんだか……」

「ま……まあ、わけもわからず魔力を込められることに驚くが、込められている分には問題はないからな。食べるとするか」

「はい、どうぞ」


 お互いにきょとんとしながらだけど、ジルさんはようやくサンドイッチに手をかけた。隣のハンスさんは、肩をすくめながら軽い口調で話し出す。


「一口目はこの店の主人に譲るとしようかな……一応反応を見てからのほうが安心だし」


 さりげなく失礼なことをいうハンスさんを後目に、ジルさんはサンドイッチにかぶりついた。


 すると、ジルさんの顔がぱっと弾けた。

 いや、なんとも表現に困るのだが、目は当然のこと、なんか、こう、毛穴から何まで見開いたような、そんな驚きに満ちた表情を浮かべてくれたのだ。

 

 そのまま無言で食べていく。

 一口、二口と、あっという間に食べられていくサンドイッチは、どんどんと小さくなっていった。

 そして、とてもわずかな時間。

 ジルさんはサンドイッチを全部食べ切ってしまった。


 えっと、この食べっぷりからして美味しかったんだろうとは思うけど、なんで無言なんだろう。


 私は不安に思ってついジルさんに問いかけてしまった。


「あの、ジルさん……? どうでした? 私の作ったサンドイッチは――」


 私が言い終わるかどうか。その瞬間。思わず言葉に詰まってしまった。

 というのも、信じられないものが目に飛び込んできたからだ。


 凄まじい勢いでサンドイッチを食べきったジルさんの目から、一筋の涙が流れていたのだから。


「え、えと……あの」


 私はジルさんが泣いているのを見て、言葉に詰まってしまった。となりにいるハンスさんも驚いている。

 同い年くらいの男の人が泣いてるのって、なんていうんだろう。なんか、気まずいというか、気恥ずかしいというか、つっこんじゃダメな空気がぷんぷんしている。

 そんな私の様子を悟ったのか、ジルさんは涙を拭って口を開いてくれた。


「悪い――もう大丈夫だ。うまかった。本当にうまかったよ」

「ほんと、ですか?」

「ああ。ありがとな」


 そういって自然なほほ笑みを向けてくれたジルさんを見て、ドキリと心臓が高鳴った。なんか、嬉し恥ずかしって感じだね。でもよかった! 喜んでくれたかな。


「お前の料理はうまいだけじゃないんだな。なんていうか、暖かかった。俺に足りないのはこれかもしれない」

「俺に足りないもの……ですか?」

「ああ。この店って流行ってないだろ? 言われたんだよ、客にさ。親父とは違うって。それが、これなのかなって思ったんだ。漠然としてるけどな」


 なにやら意味ありげな言葉をこぼしながら、ジルさんは空になった皿をみてぼんやりと考え事をしているようだった。となりでは、ようやくハンスさんがサンドイッチに手を付けている。


「なにこれ! うまっ!」


 うんうん。ハンスさんの反応もよさそうだ。

 ハンスさんも、すぐさま食べおわりそして、カウンターに身を乗り出して声を上げた。


「ねぇ、マユ! これのおかわりってあるかな?」

「なに? おい、俺にもくれ。おかわりを!」


 なぜにおかわりがある前提かわからないけれど、その申し出に私はつい嬉しくなってしまった。そして、大きく頷くのだ。


「はい! 少々、お待ちくださいませ」


 初めてのお客さんには、大変満足していただけたようです! 

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