サンドイッチと親の影①
「迷い人だね」
「迷い……人?」
私は聞きなれない言葉に首を傾げた。隣にはジルさんがいて、目の前には昨日の武器をもった人――ハンスさんが座っている。
ハンスさんは、見た目はあまり衛兵って感じがしない。恰好は、防具をつけて剣も持っているしまさに衛兵って感じだけど、細身だし、さらさらな金髪はどっちかというと王子様って感じ。まつ毛も長いし、とんでもないイケメンだから目のやり場に困ってしまう。
そんなハンスさんにここに来た経緯やら、昨日からのことを色々話したんだけど、それで返ってきた言葉がそれだった。
「迷い人って、おとぎ話じゃないか。いい加減なこと言うな」
私と違い、なにやら思い当たることがあるのか、ジルさんは少しだけ語気を強めて言い返す。
「いや、だってそれ以外考えられないだろ? 聞いたことのない国に、見たことのない服。聞いてみたら、料理に込める魔力のことだって知らないんだ。そんな人、この世界にいるわけない」
「だからって……」
ハンスさんの返答に口ごもるジルさん。私は、つい気になって口をはさんでしまった。
「あの、その迷い人っていうのはどういうものなんですか?」
「ん? ああ。そうだね。君――いや、マユだったかな? マユみたいな人は、今まで何人もこの世界に来たらしい。その人々は、この世の文化とはかけ離れた思想や知識を持ち、その地に繁栄をもたらすって言われてるんだ。だけど、その人々はどこから来たのかは決してわからない。だから、迷い人って呼ばれてるんだよ」
「それが、私――」
「うん。まあ、いきなりここに迷い込んで不安だとは思うけど、悪いようにはならないさ。一応、昔っからの法律で迷い人に対する保護は義務付けられているしね。――まあ、珍しすぎてそんな法律、適用されたところは見たことがないけどさ」
最後の最後で不安なことを言ったハンスさんは、ぱちりとウインクを飛ばしてくる。
いや、かっこいいけどさ。台詞と行動がかみ合っていない。
でも、過去にいたってことは、少しだけ希望がわいてくる。
とりあえず、ハンスさんを見ると不審者扱いされて捕まえられたりはしないみたいだし、何より前例があるっていうことはいろいろと模索されたはずだ。今の私に最も必要なあれが。
私は、希望を持って二人に問いかけた。
「その、おとぎ話の迷い人なんですけど……元の世界に帰った人っていましたか?」
だが、その希望とは裏腹に、二人の表情は堅い。
その表情を見て、私は察してしまった。こんなところで、空気が読める日本人だったことに後悔してしまう。
「えっと、マユ。それだけどね……」
「俺達が聞いたことのある話は、どれも生涯が書かれたものだった。途中でいなくなったり、帰ったりなどといったことは聞いたことがない」
言いづらそうなハンスさんの代わりに、ジルさんがはっきりと言い切った。
少しだけ予防線というか、もしかしたらと考えていたけど、実際に聞くと予想以上につらい。帰れない。突き付けらえた事実に、思わず涙をこぼしてしまう。
もう帰れない。
就活はすごく嫌だったけど、それでも家族がいて、友達がいて。まだ、その状況から離れて一日しかたっていないけど、もう戻れないなんて。目の前が真っ暗になったように感じる。なんだか、話しかけてきてくれてるけど、まったく言葉が頭に入らない。
どうしてこんなことになったんだろう。
今だって、ここが現実かなんて私にはわからない。いっそ夢だったらいいのにって思う。
異世界? なにそれ。わけわかんないし。
そんなことより、早く面接会場に私は行きたいのに!
ずっと昔から好きだった料理。
その料理にたずさわる仕事に就くためにこれから頑張ろうって思ったのに。どうして、どうしてこんなことに――。
「――ユ。マユ。おい、マユ!」
気づいたら、強く肩をつかまれていた。
見上げると、そこにはジルさんがいて、私の顔を覗き込んでいる。いつもそっけない態度なのに、今はちゃんと目が合っていた。ジルさんの瞳が、じっと私を見つめている。
「……帰れないって……嘘でしょ? そんなの、私どうしたら――」
ジルさんやハンスさんが見てるのに、涙が頬を伝って止まらない。
しょうがないじゃないか。
いきなりそんな事実を受け止めて、元気でいられる人がいるなら教えてほしい。
どうやって割り切れるの? どうやったらあきらめられるの? そんな軽い人生は送っていないし、送りたくもない。
もう嫌! もう嫌だよ!
「いきなり、こんなところに来てどうしたらいいのよ! 家族にも友達にも会えなくて! それで、どうやって生きていったらいいの!? 帰れないって、そんなの――どうしたら――」
感情が抑えられなくなって泣き叫ぶ私。
急に、世界に自分しかいないんじゃないかってくらいの孤独感に襲われてつい大声を上げてしまった。
そんなみっともない私。
涙でぐじゃぐじゃになって心も冷え切った私を、唐突に包み込んだものがあった。
それは、ジルさんだった。
「なっ――何を」
「いいから泣け」
私を力強く抱きしめるジルさん。身動きが取れないくらいの強さだったけど、崩れ落ちそうになった私を支えてくれるような、そんな抱擁だった。
「昨日出会ったばかりの男にこんなことされるのは嫌だろうな……けど、今は我慢しろ。頼むから……」
なぜだか、つらそうな顔をしたジルさんは、そのまま強く強く抱きしめてくれた。
私は、不思議にも少しだけ不安が減ったような気がした。寂しもちょっとだけぼやけてきた。
もちろん、悲しいのは変わりない。けど、ジルさんが抱きしめてくれる力を強くしてくれるごとに、崩れ落ちそうだった私はなんとか形を留めている。
しばらくそうしていると、涙も止まった。
そうなると、急に恥ずかしくなり、私は、ぐいとジルさんを押す。
「あの……えっと、もう大丈夫ですから……だから、その」
「あ? ああ。急に悪かったな」
すっと離れるジルさんを見ると、もうさっきまでのぶっきらぼうな様相になっていた。
未だに顔が熱い私に比べてなんと冷静なことだろう。
そのことに、少しだけむっとしつつも、ジルさんが抱きしめてくれなかったら私はどうにかなってしまっていたかもしれない。そう思い、私は素直にお礼を言った。
「取り乱してすみません。えと、その、ありがとうございます。ちょっと、大丈夫になってきました」
「気にするな。誰でもああなるさ」
互いに気まずげにそんなやり取りを交わす横で、ハンスさんが肩をすくめて苦笑いを浮かべた。
「よかったよ……あのまま熱烈な抱擁を見せつけられたら、俺、どうにかなっちゃうところだったから」
いや、ハンスさん。うるさいし。
ちょっぴりの苛立ちとともに、私の顔にはふたたび笑顔が戻っていた。