野菜炒めとプロローグ④
申し訳ありません。
どうしても全体のリズムの調整をしたく11/5に全面改稿いたしました。
大まかな流れは変わっていませんが、細かいところでの修正点はあります。
ご不便をおかけして申し訳ありません。
眩しさで目を覚ますと、日の光がこれでもかと私に降り注いでいた。
あぁ、もう朝か。
寝なれないベッドのせいで固まった身体伸ばしながら部屋の中を見る。
そういえば、昨日はとにかくつらくてベッドに飛び込んだからよく見てなかったけど、やっぱり地球にあるような部屋とは違う。
ベッドはそれほど違いはないけど、おそらくは堅いスノコのようなものの上に薄い藁のようなものが敷き詰められているのだろうか。クッション性はあるけど、ごわごわと寝心地は悪い。毛布はそれほど違いはないけど、かざりっけも何もない。
小さめの部屋に簡素な机と椅子、それと壁に荷物をかけるようなフック、小さなキャビネットが置いてある。それも堅めの蔓で編んだものや木でできたものであり、プラスチックなど見当たらない。電化製品もない現実に、昨日の予想が確信に近づく。
だめ。いけない。
また、沈み込みそうになる気持ちを顔をたたいて奮い立たせると、私は一階へと降りていく。
しわくちゃになったスーツがみっともないけど、着替えもないからしょうがない。
あぁ、シャワー浴びたいな。
もちろんそんな設備は見当たらず、食堂のような場所へと向かった。
下に行くと、すでにジルさんは起きていた。
カウンターの中でなにやら必死に野菜と格闘している。うん、これって格闘だよね? 私、料理の時にあんなに包丁を振り回したことないもの。
あっという間に、不揃いな野菜片が積み上げられていくのをみていると、ジルさんは私に気づいたのか作業を続けたまま声をあげた。
「起きたか。ほら、そっちに座れ。少し話がある」
「あ、はい。おはようございます」
忙しそうなジルさんを邪魔しちゃ悪いと思いつつ、私はジルさんの真正面。つまり、カウンターへと腰かけた。
カウンターはとても立派で、たくさんの傷はついているけど、汚い感じはしない。五、六人は座れるのかな。
後ろを見ると、そこには六つのテーブルが置いてあった。一つのテーブルに四人くらい座るとなると、ここだけで三十人くらい入ることができるんだろう。それなりの規模だけど、ジルさん一人でやってるのかな?
私が興味津々に周りを見ていると、カウンターから聞き慣れない言葉が聞こえてきた。
「万物より授かりし命の源――それを糧とするための祝福をここに」
あ! 昨日の不思議な光だ。
ぱっとそちらを向くと、じゃがいもの上で手をかざしているジルさんの姿があった。昨日と同じように光りを当て終わると、それを私に差し出してくれる。
「それはただの茹でたじゃがいもだ。なんの味付けもしていない、な。昨日の様子を見たところ、お前、魔力を込められないんじゃないか?」
唐突に差し出されたジャガイモを見ていた私だが、質問の意味がよくわからない。なんだ、魔力を込めるって。
「あの……昨日から思っていたんですけど、込めるってなんですか?」
「は?」
「料理を作るときに込めるって言ってますけど。私、料理に何かを込めたことなんてないんです。込めるって言われても、愛情とか怨念とか、そういうのしか思いつかなくて」
「愛情と怨念って、開きありすぎるだろ。それ」
私の言葉に呆れたのか、ジルさんは肩をすくめて渋い表情を浮かべた。
そんな顔されたってしょうがないじゃないか!
それしか思いつかなかったんだからさ。
「もう、それはいいんです! それで、込めるって――」
「込めるのは魔力だ。料理の最終的な味付けは魔力で決まる。ある程度魔力を込めた料理じゃないと、店で出すには値しない……が、本当に知らないのか? 魔力を込めるってことを……」
「はい……」
「どんな食生活を送ってたんだよ」
呆れ顔のジルさんを他所に、私は考え事にふけっていた。
魔力をこめる? あの呪文と光のことかな。とても一般的なことみたいだけど、私はできない。それに上手い下手があるっていうのも、なんか面白いな。そして、目の前にある料理が魔力の込められたものだっていうからなおのこと面白い。
「じゃあ、これは魔力を込めたジャガイモってことですよね?」
「そうだ。食べてみろ」
「はい」
ジルさんに言われ、私はジャガイモを口に含んだ。
すると、昨日と同じように、ジャガイモ本来の甘味と触感がこれでもかと私の味覚を刺激する。それに、あきらかに何らかの味がついているように思えるけど、本当にこれって茹でただけ?
「この味! 昨日の野菜炒めの味と同じような――」
「これが、魔力を込めた味だ。これをしないと普通は料理とはみなされない。魔力を込めて味付けをしないと、そっけない料理になっちまう」
私が今まで味わったどれとも似つかない味。これが魔力の味だと言う。
体験したことのない不思議現象に、心が沸き立つのを感じていた。
「だが、昨日お前がつくった野菜炒めは美味しかった。魔力を込めていないにもかかわらず、美味かったんだ。これは信じられないことなんだ」
「そう、なんですか?」
「ああ。しかも、それに魔力を込めた時のあの味――。あの味は、今までに感じたことのない味だった」
そういって、ジルさんは目をつぶってしまった。昨日の味を思い出しているのだろう。その気持ちは私にもわかる。あれは本当に美味しかったんだから。
思わず、記憶の美味しさに没頭しそうになったところで、ジルさんも正気に返り口を開いた。
「実は、俺はこの店の店主なんだ。まあ、店主と言っても一人でやってるんだが……」
「はぁ……」
「魔力を込められないお前は、魔力なしで美味しい料理を作ることができる技術を持っている。俺は、魔力を料理に込める技術を持っている。なら、だ。俺とお前、二人で料理を作ったら、昨日みたいな奇跡の味が何度でも生み出せるかもしれない」
ジルさんの言葉にドキリと心臓が跳ねた。
「お前は、迷ってここまで来たんだろ? なら、仕事もなければ住むところにも困ってるはずだ。幸い、ここは宿屋をしていたこともあって部屋はたくさんある。そして、俺とお前が力を合わせて料理を作れば、間違いなく人気がでる! ……だから、何が言いたいかっていうとだな」
ジルさんは、ぐいっと前のめりになったかと思うと私を強い眼差しで見つめた。さっきとは違う胸の高鳴りを感じる。
「俺はお前を雇いたい。しばらく、ここで働いてみる気はないか?」
就職活動二日目。
どうやら私は、仕事にありつくことができたらしい。